とある英雄の物語《弓》7

 僕らは階段を下りながら警察官の男と簡単に自己紹介を済ませた。


 彼の名前は西戸丈二、階級は巡査長で、歳は二十九だそうだ。

 ベテラン冒険者のように落ち着いているから、もっと年上に見えた。禅宮游だったときの僕より若いのにしっかりしている。

 職業的な理由もあるだろうけど、それ以上にこんなデストピアみたいの世界で生きているからに違いない。

 

 階段を降りた先に廊下があって、さらにその先に両開きのドアがあった。


「ここがシェルターだ」彼は言った。


 開かれたドアの向こう側には体育館ほどの空間が広がっていた。天井が高くて開放感はあるけど薄暗い。地下だから日光が差し込まないという理由だけではなく、電力が不足しているのか設置されている照明がほとんど使われていなかった。


 フロアには四角い簡易テントが整然と並んでいて、僕はその光景に震災時の避難所を思い出す。


「おーい、みんな、食料を持ってきたぞ!」


 西戸巡査長の声にテントの中からぞろぞろと人が出てきた。その人数はざっと数えて百人近くいそうだ。


 彼が地上でゲットした缶詰の量では全然足りない。限られた缶詰をどうやってみんなに配るのかと思っていたら、そうではなかった。


 彼からリュックを受け取った女性たちが缶詰の種類を選別し、大きな鍋に中身を移していく。

 女性たちが作業する前には列が出来ていき、準備が終わると配給が始まった。使い捨てのお椀に盛っているのはサバの味噌煮のようだ。


 当然ながら一人に与えられる量はほんの少し、男も女も年寄りも子供も、みんな同じ量が配られていく。

 列に並ぶ人たちの眼には光がない。長い避難生活で疲弊しているのだろう。僅かな食料を受け取ったときに僅かな精気を取り戻しているようだった。


「さあ、キミたちも食べなさい。お腹が減っているだろ」


 西戸巡査長が僕とジーナの分を持ってきてくれた。


「いえ、僕たちは大丈夫です」


 さすがに貴重な食料をもらうのは忍びないので断ろうとするも、「ダメだ。子供はしっかり食べなさい」と怒られてしまった。


「分かりました」


 そう僕が答えると彼は眉間に寄せていたシワを緩める。


「あそこのベンチで食べて休んでいなさい。後でキミたちのテントを手配しよう」




 サバの味噌煮が盛られたお椀と割り箸を受け取った僕とジーナは、シェルターの入口近くにあるベンチに腰を降ろした。同時に僕の口からデカい溜め息が漏れる。


「いやはや、まいったな……。先生を連れて戻りに来ただけなのに、まさかこんな事態になっていたなんて……」


 アルデラとの戦いにで街を破壊してしまったのは、完全に僕のせいだ。あのときはああするしかなかったといえ、まさか五年もこの街が復興されずに放置されているなんて予想もできなかった。


 それにあのラットマンと呼ばれるモンスターは一体なんだ?


 ロイの生まれた世界には半人半獣のモンスターはたくさんいるけど、ネズミの頭を持ったモンスターは存在しない。

 なにが起こった? なにが起こっている? もう分からないことだらけだ。


 なにより魔力が空っぽ、これが一番の問題だ。魔法が使えなければ時空転移魔法は使えない、元の世界に戻れない。


 一体どうしたらいいんだ――、僕は無意識に頭を抱えていた。


「ししょー、元気を出すッスよ」


 そう言ってジーナは僕の頭を撫でた。


「ジーナ……、ありがとう。けっこうショックが大きくて……、思った以上に堪えているよ。ああ、キミが一緒にいてくれて良かった。ごめんね、置いてこうとして悪かった……」


「もういいっッスよ、ししょーは自分がいないとダメなことは分かっているッス」


 ニカリと歯を見せて笑う彼女に対して、僕は無理やり元気を出そうにも乾いた笑いしか出てこない。


「はは……」


「なんのらもう一度、魔法を使って時間遡行すればいいッスよ」


「もう一度?」

 

 そう言えばジーナにはまだ伝えていなかったな、僕が魔力を失っていることを。それについては、もう少し情報収集して落ち着いたときに話すことにしよう。


「ししょーとアルデラの戦いが終わった直後に戻って、この街が今みたいにならないようにするッス」


「それはつまり、あのラットマンとかいうモンスターや街が放置されている原因を解決するってことかい?」


「そうッス」


「……いや、それはできない」


「どうしてッスか?」


「僕らはこの現在を既に〝観測してしまっている〟からだ」


「?」


 首を傾げるジーナに僕はテーブルの上で指を走らせて線を引いた。さらに先端を分岐させる。


「過去に戻ってもそこから枝分かれすれだけで、この現状は変わらない」


 ただの仮説だけど、おそらくそうなるはずだ。


「ふーむ、じゃあ自分たちは当初の目的であるししょーの先生を探すしかないッスね」


「ああ、そうだね」


 ジーナから視線を離した僕が、食料を配る西戸巡査長を眺めていたときだった。


「西戸さん、いつもありがとうございます」

 

 列に並んでいた一人の若い女性が配給を受け取って深々と頭を下げた。


「いえ、これが本官の役目ですので。それにこうして生活できているのも聖女様のおかげです」


 西戸巡査長は厳しい顔を保ちながらも顔を赤らめ女性に対して敬礼する。


「せ、聖女様はやめてください……」と謙遜する彼女は聖女と呼ばれて満更でもなさそうだ。


「あっ……」僕は立ち上がっていた。


 そのおどおどしたオッドアイは忘れもしない。間違いない、彼女だ。

 

「ヘンリエッタ先生ッ!?」


 そう声を上げる僕に顔を向けると同時に彼女はオッドアイを大きく見開かせた次の瞬間――。


「ぎょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇえぇッ!!」


 驚いた彼女の叫びがシェルターに響き渡り、同時に案の定の反応に僕は胸をなでおろす。



 ――僕の担任が聖女と呼ばれていた件。

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