とある英雄の物語《弓》5
アスファルトを鬱蒼とした雑草が覆う。
まるで戦争の被害を受けたまま放置された廃墟のようだ。
人気のない、誰もいない街を僕は歩き出した。
一体どうなっているんだ……。
ここは僕がいた世界じゃないのか? 転移が失敗してどこかの並行世界に迷い込んでしまったのか?
いや、でもそうは思えない。だって僕の魂が間違いないと告げている。この世界は並行世界ではなく、僕が生まれ育った世界だと。
しかし、それすらただの既視感である可能性はある。
この眼で確かめなければならない。
歩き続けて街の中心部までやって来ると、至る所に僕の記憶にはなかった丘が出来ていた。
足を進める僕の眼に、次第に丘だと持っていた『それ』が輪郭が帯びていく。
「こ、これは……」
それは丘ではなかった。
人工物だ。
木々の蔦や草に覆われていて丘に見えていただけで、その奇妙な丘は海上自衛隊の護衛艦だった。
陸の上にいくつもの護衛艦がゴロゴロと転がっている。さらにテレビでしか観たことがない海外の戦艦や空母、戦闘機まである。はるか昔の戦艦まで、数えきれない軍艦が放置されていた。
僕は悟る。
間違いない、僕とアナスタシアが召喚した軍艦だ。
ここはアルデラとの最終決戦で傷付いた街。
だけど、ずいぶん緑が生い茂っている。あの戦いから何年も放置されているようだ。
一体なぜ?
確かにこの街はアルデラの攻撃を受けた。軍艦の砲撃や爆弾による衝撃もあっただろう。だけど、それは日本全土で視れば局地的な被害に過ぎない。
いくらでも復興する余力はあったはずだ。それなのにどうして?
ここはあの最終決戦から何年の時を経た世界なのだ。
なにより、この街に住む人はどこにいってしまったんだ……。
「ここがししょーの元いた世界ッスか……、なんか寂しいところッスね」
「いや、これには理由があってだな――……え?」
いつもの調子で自然に答えていた。僕は思わず振り返る。
すぐ後方に愛弟子が立っていた。ピンク髪の少女はキョロキョロと周囲を見回している。
「ジーナ!?」
う、嘘だろ……、今の今まで気配に全く気がつかなかった。
以前にアルトが勝手に付いてきたことがあったけど、あの頃とは事情が違う。
ロイに生まれ変わってスニーク&ハイドスキルを極めたこの僕が尾行に気が付かないなんて信じられない。
街が廃墟になっていたショックの影響もあるだろうけど、ジーナのハイディングスキルは驚異的だ。
「い、いつの間に……。コラッ! なんでここにいるの!」
僕に怒られた彼女はムッと頬を膨らませて僕を睨む。
「ししょーッ! 自分は本気で怒っているッスよ! ししょーは自分に嘘を付いたッス!」
ごもっとも、怒られるのは僕の方だ。
「ご、ごめん……」
はぁ、と深い溜め息を吐いたジーナは微苦笑を浮かべる。
「ま、ししょーがこうするのは最初から予測できていたからいいスけど……。しょうがないッスね、チューしてくれたら許すッス」
「ちゅー、ですか?」
セツナが良からぬことを吹き込んだのだろうか。最近はマセたことを言うようになってきている。
今はまだ知識が小学生レベルだけど、そのうちオシベとメシベのレベルに発展して「子種をくれなきゃ嫌ッス」とか言うようになるかもしれない。
それはそれで悪くはないのだけど、ジーナを穢させてなるものか。帰ったらあいつをX指定にしなければ、ピュアなジーナにとって悪影響を及ぼす。
「おでこじゃダメっすよ」
「じゃ、じゃあ……どこに?」
「ん……」
彼女は目を閉じて顔を唇を差し出すように顎を少し上に傾けた。
きゃ、きゃわい――ッ!
抱きしめてキスをしてしまいそうになったが、自分の舌を噛んでギリギリで耐えてみせた。
ここで言いなりになってしまったら師匠としての威厳が失墜する。
「って、今はそんなことしている場合じゃないから!」
「ぶー……」と口を窄めたジーナは、「そういえばさっきから誰かがこっちを見ているッスよ」と言ってヘカートモドキの肩ベルトを握りしめた。
「え? どこ?」
またしても気付かなかった。僕はかなり動揺しているようだ。それにしても、こっちの世界に来てからどうも調子がおかしい。
「あっちッス」
彼女が指さしたのは錆びた自動販売機。確かに自販機の裏から生き物の気配を感じる。
確かに……、意識しなければ気付けない。覗き魔は野生の獣並みに気配を殺している。こいつは相当の手練れだな。
なんにせよだ。これでやっと第一町人と接触できる。ここは友好的態度で相手の警戒心を解いて表に出てきてもらわなければ。
「えっと、そこに隠れている方いますよね? 警戒しないでください。僕たちは怪しい者ではありません。あなたに危害は加えませんん」
僕は穏やかな口調で語りかけた。
やはり簡単には姿を現さない。自販機の裏に潜んでいた覗き魔がぬっと姿を現したのは、しばらく経ってからだった。
「は?」
正直かなりギョッとした。
そいつの全身は灰色の体毛で覆われ、長い尻尾が生えていて頭部は獣、まるでネズミだ。
言うなればネズミの頭を持った二足歩行のモンスターである。
な、なんだあれは……、ネ、ネズミ? ネズミ人間??
「ししょー、あれはこの世界の住人の方ッスか?」
いや、そんなはずがない。僕の世界にあんな生物は存在しない。
僕らは互いに見つめ合っていたが、突然ネズミのモンスターが某ライダーに出てくる戦闘員みたいな「ギーッ!」という甲高い鳴き声を上げた。
「ジーナ、僕の背後に!」
攻撃に備えて杖を構えた僕は自分の体の異変に気付く。
あれ? うっそ……、魔力がないんですけど? 空っぽのエンプティー、ゼロなんですけどー……。
理由は分からないけど魔力が失われている。
前回戻ってきたけど保有する魔力分は魔法が使えたはずなのに……。ちょっと待てよ、てことは帰れないじゃん!?
ネズミ人間が僕らの方へにじり寄ってきたそのときだった。ネズミ人間の足元に発煙筒が投げ込まれ、大量の煙が吹き出す。 瞬く間に煙がネズミ人間を覆っていく。
「ギーッ!?」
「何をしている、早くこっちに来い」
誰かが叫んだ。男の声だ。崩れたビルの柱の陰から身を乗り出して手を振ったのは警察官だった。
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