とある英雄の物語《弓》4

 あれから何年経ってる!?


 えっと……、僕とアナスタシアとレイラでアルデラを倒したあの日からだから――。


 指を折って数える。折った指を戻してはまた折ってを繰り返して、両手の指を何度も往復させていく。


 うぅッ、うーん、ざっと数えて半世紀以上も経っているんですけど……。


 ――完全にオワタ。


 自分のしでかした大失態に血の気が引いていく。このまま卒倒できればどれだけ楽になれることか。


 あのときヘンリエッタ先生は二十代後半だったから、とっくに寿命で死んでるはず。いや、ワンチャンでギリギリ生きているかもしれない。だとしても百歳オーバーのおばあちゃんだ……。


 寿命を全うできたなら御の字だけど、もしかしたら早々に知らない世界で路頭に迷って若い身空で野垂れ死んでいるかもしれない……。


 そうだとしたらあまりにも不憫だ、よね?


 あわわわわわわああああわあっわわっ……どうする?

 どうする、どうするどうする!?

 現実を確かめに行くか?


「……くぅッ」


 もはやそうするしかない。

 気付いてしまった以上、スルーはできない。

 すでに死亡しているのなら、僕は元の世界に戻って先生の骨を拾いにいくべきなのだ。それが僕のケジメだ。


 もしもまだ生きているなら、会ってちゃんと謝罪しなければならない。


 ――ん? でも待てよ。


 僕の時空転移魔法は別の世界に移動する魔法だけど、そもそも異なる世界の時間が並行して進行しているとは限らないのではないか?


 こっちの世界にいたユーリッドは並行世界にいる自分に照準を合わせて転移してきた訳であって、僕が生まれた世界がたまたまその時間軸だったに過ぎないのでは?


 つまり相互の世界に時間的な繋がりななく、こっちの世界で百年経っていようと必ずしも向こうの世界でも百年が経過しているとは限らない。


 ならば過去に行けるかもしれない。僕と先生がアルデラから逃げるために世界を跳んだあの時点に。


「ししょー、どうしたんすか?」


 撃ち落としたきじに似た鳥を回収したジーナは、僕の顔を覗き込んで首を傾げた。我が弟子ながらピュアで可愛い。思わず見惚れてしまう。


「あ……、うん、ちょっと考え事があってね……」


「ふーん?」


 並行世界に渡り、かつ時間軸を指定する魔法……。

 それには針の穴を通すほど繊細な魔力のコントロールとイメージが必要だ。


 アナスタシアなら出来るのだろう。現に彼女は僕たちを今いる紀元前の世界に送り込んだ。この〝過去〟に移動できたのは、アナスタシアが設置した転移魔法陣があったからだ。


 あの魔法を応用して、この街に来たときのように座標を定めればきっと過去に跳べるばずだ。


「ししょー、さっきから何を考えているんすか?」


「うん、ここに来てちょっと元の世界に戻る必要が出てきてね。でも一筋縄ではいかなそうでさ」


「元の世界って前にししょーが話してくれた前世のししょーが住んでいた世界ッスか?」


 僕はジーナにロイに生まれ変わる前の過去とこれまでの経緯を打ち明けている。


「うん、そう、まさかもう一度あの世界に帰るなんて思ってもみなかたけど。どうしても行かなきゃならないんだ」


「帰って何をするんすか?」


「先生に会いに行くんだ」


「先生って?」


「僕が通っていたグランベール学園の先生だよ。実はアルデラとの戦いの最中で向こうの世界に置いてきちゃったんだよね……」


 僕がそう言うとジーナは表情を引き締めて黙り込んだ。


「置いて来てしまった先生を助けにいかなければらない。それには過去に跳ぶ必要がある。その方法を考えていたんだ」


「……自分も行くッス」


「え? なに言ってるんだダメだよ。ジーナ、キミにはやらなければいけないことがある。今回の転移は時間移動もするから不覚的要素が多すぎるし、キミを危険な目には遭わせられない」


 僕にたしなめられた彼女はぷくっと頬を膨らませる。


「可愛くしてもダメだからね?」


「違うっッス! 自分は怒っているんすよ!」


 怒っていたのか……、可愛すぎて思わず抱きしめそうになってしまった。


「心配するなって、すぐに帰ってくるからさ」


 まったく根拠のないセリフを見透かしたようにジーナが僕に詰め寄る。


「ししょーはずっと自分と一緒にいるって言ったッス、そう誓ったッス!」


「う……」


 確かに僕は誓った。

 彼女のそばにいると、絶対に一人にしないと。


 それでも危険が伴うなら話は別だ。向こうの世界に渡った影響がどんな形でジーナに現れるか分からない。これからの彼女の役目と存在の重大性を考えれば回避するのは当然だ。


「ジーナ、聞いてくれ」

「聞かないッス」


 ……めっちゃ睨んでいる。

 

 ジーナは頑として僕に付いてくる気だ。

 彼女を勇者に育てると決めた日から彼女の意思を一番に考えてきた、優先してきたけれど――。


「とりあえずこの問題は保留にする」


「ししょーッ!」


「一旦家に帰ろう。ヴァルに並行世界の過去に戻れるのか相談してみるよ。戻れたとしてもリスクがあるなら僕は先生の救出を諦める、それでいいだろ?」


「……リスクがなかったらどうするッスか?」


「キミたち《三英雄》がラスボスを倒してすべてが終わった後に救出に行く。過去に戻れるなら戦いが終わってからでも遅くはないはずだからね。そのときは僕と一緒に元の世界にいこう」


「……約束ッスよ」


「ああ、約束だ」


 そう言って僕は彼女と指切りげんまんをした。




 ――で、家に帰った僕はジーナとセツナも交えてヴァルに時空転移魔法で過去に行けるのか、その可能性について聞いてみた。

 

 ヴァルの回答は成功率五分五分とのこと。

 50%とは、なんて微妙な数字なんだ。


 時間遡行は僕が考えていたよりも遥かに繊細な魔法で失敗すれば時空の狭間に閉じ込められる危険があるらしい。アナスタシアの補助があれば九割九部成功するだろうと彼は付け加えた。

 

 なので僕はみんなの前で「危ないからいーかない」と宣言してこの一件に幕を降ろした。



◇◇◇



 次の日、ジーナは僕のことをずっと監視していた。

 どうやら一人で過去に行くのではないかと疑っているらしい。


 うーん、さすがジーナだ。師匠である僕のことをよく分かっている。

 その通りだ、行かないと宣言しておきながら僕は行くことを決めていた。


 だって先生のことを考えると夜も眠れず落ちつかないのだ。帰ってきたらめちゃくちゃ怒られるだろうけど仕方ない。


 ヴァルには万が一のことがあればジーナを任せると伝えてある。


 そして、彼女の監視が解けた僅かなタイミングを見計らい、ローブに腕を通した僕は杖を高く掲げた。


 イメージだ。イメージがあればなんでもできるとアナスタシアは言っていたじゃないか。思い出すんだ、初めて魔法を創作したあの日のことを。

 

 僕ならできる、疑うな――。


 気合を入れて時空転移魔法を放ち、黒球が全身を包み視界が暗転する。いくらも経たずに視界が光を取り戻した。


「よしッ! って……あ、あれぇ??」


 眼に映ったには倒壊したビルや家屋、電柱が倒れ、歩道橋が崩れている。

 周囲を見渡すと至るところで狼煙のように煙が立ち昇っていた。


 足元にはアパートの屋根に使われていたガルバリウム鋼板、僕は瓦礫の上に立っていた。

 

 僕がいた世界はデストピアになっていた。



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