第15話

 隠密行動で移動した僕らはニ十メートほど離れた位置で腰を降ろし、彼らの様子をうかがうことにした。


 水瓶と月桂樹の葉が描かれた商会旗が見える。

 荷馬車の数は全部で二台だ。ここから確認できるだけで四人の男たちが野営の準備をしている。


 正確に状況を説明すれば、恰幅の良い剥げたオヤジは突っ立ているだけで何もせず、むさ苦しい三人の男共がいそいそと動いている。


 上等な身なりからしてあのハゲオヤジがボスで間違いない。


「いたぞ、インプだ」


 双眼鏡を覗き込むラウラが小声で言った。


 ラウラの視線の先に目を凝らすが、僕の視界にはそれらしき影は確認できない。たまにハゲオヤジの近くでチラッ、チラッと光る物体が宙を漂っているようだけど、あれはハゲ頭に太陽光が反射したのではなく、妖精が放つ光のようだ。


「本当か? 僕の服や荷物は見えるか?」


「ああ、ユウのローブは地面に落ちている。む、行商人とインプがなにやら会話しているぞ。……………………ふむ、『たかが銀貨七枚じゃお前らを解放するには全然足りない』と言っているようだ」


「すごいな、読唇術か?」


「退屈な舞踏会で王女とこうやって遊んでいるうちにできるようになってな。それから『こんなイカ臭い服なんて売り物にならない』とも言っているぞ、イカ臭いとはなんのことだ? まさかユウ、私に黙って海産物を食べているのか? それが本当なら承知しないぞ」


 食いしん坊かよ……。ラウラさん、そんなことまで読唇せんでええんやで。


「四六時中あんたと一緒にいるのにそんな訳ないだろ」


「む? それもそうだな……。ではイカの臭いがするのはどういう訳だ?」


「今そこを掘り下げる必要ないよね……。そんなことはいいから双眼鏡を貸してくれ、僕が見たインプかどうか念のため確認する」


 ラウラから双眼鏡を受け取りレンズの覗く。

 ハゲオヤジの視線と同じ高さで宙を浮遊するのは可愛らしい小さな妖精、アメジスト色の羽根にビリジアンの髪色、間違いなく僕が見たインプだ。


「状況からしてインプはあの行商人に働かされているってことだよな?」


「ああ、インプが首に付けているのは相手を強制的に使役させる魔道具『《奴隷の指輪》スレイブリング』だ。間違いないだろう」


「でも、あの小さな体で僕から身ぐるみを剝いだのか……すごいな」


「いや、幻惑魔法に掛かったユウが自分で脱いだのだろう。運搬は風魔法を使えばできないこともない。妖精は魔法に長けているからな」


「あそう………。とにかく、インプは仲間を助けるために奴隷として働かされていて、一番悪いのはあいつら、商会の奴らってことだな」


 仮にあのインプが病気の母親を助けるために、仕方なく追い剥ぎをしたのであれば目をつむるのもやぶさかではないが、脅されているとなればやることはひとつだ。


 すくり、と立ち上がった僕をラウラが見上げる。だが、すぐに顔を逸した。どうやらムスコと至近距離で対面してしまったようだ。


「どうする気だ?」


 顔を背けたままラウラは言った。


「もちろん取り返してくる」


「メンデルソン商業組合は小国並の規模と財力を持っているぞ、敵に回すのは危険だ」


「巨大な力ね、それって教会よりもか?」


「とんてもない。教会に比べればヤツらなど赤子に等しい」


「ははっ、なら話は簡単だ。でも僕だって敵をむやみに増やしたくない。要は顔を隠したままやっつければいいんだ」


 股間を覆っていた葉っぱに穴を二か所開ける。それで顔を覆えば仮面の完成だ。


「んじゃ、行ってくるからここで隠れていてくれ。たぶん僕ひとりでなんとかなる」


「あ、ああ……くれぐれも無茶はするなよ」


 それは僕の魔法に対する信頼か信用か、どうやらラウラは僕よりも相手の心配をしているようだ。

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