第16話
葉っぱを顔で隠しながらインプと行商人のおっさん目掛けてずんずん近づいていく。
どうやらあちらさんも僕に気付いたようだ。
「な、なんだてめぇはッ!」
まるで変態にでも行き合ったかのように、おっさんが声をあげた。
「なんだキミはだと? そうです私が正義の魔法使い、その名も『仮面魔導士』です」
「仮面魔導士だと! ふざけやがって、顔を隠す前に股間を隠しやがれ!」
「股間を隠すことに何か意味があるのかい?」と僕はなまめかしいポーズを取る。
「うるせえ! この変態野郎が!」
変態とは心外だな。服を奪われたから仕方なく裸でいるというのに、僕だって好きでやってる訳じゃないんだ。まあ、ちょっとは観られるのも悪くないけどさ……あれ? なんか目覚めた?
いや、今は考えるな。
「さて、そのインプの子を奴隷から解放してもらおうか。それからあんたの持っている銀貨と足で踏ん付けでいるそのローブは僕の物なんだ。返してもらおう」
「知ったことか! おう、お前ら不審者だ! やっちまえ!」
さっきから変態だとか不審者だとか、なんてひどい表現をするんだ。僕は憤らずにはいられない。
おっさんが声をあげると野営作業にあたっていた若い衆が集まってきた。彼らは僕の姿を見るなりゲラゲラと笑い始める。
「旦那、こいつは一体なに者ですかい?」
「ぎゃはは、気がふれてやがるぜ!」
「おいおい、まだ幻惑魔法に掛かっているんじゃねぇのか?」
若い衆は口々に僕をバカにしてあざ笑う。
「なぜ笑うんだい? 僕の姿は完璧だよ」
「うるせぇ! お前ら早く叩きのめせ!」
僕のしれっとした態度におっさんの堪忍袋の緒がプチンと切れる音が聞こえてきた。
「へいへい、分かりやしたよ」
「お前ともう少し話してみたかったが残念だ。湖に沈んでくれや」
男たちは一斉に腰の剣を抜いた。じりじりと距離を詰めてくる。
左手で葉っぱを抑えたままゆるりと右腕を伸ばした僕は、人差し指と親指を立てて拳銃を形作った。
今ここで時空転移魔法の可能性を試してみるのも悪くない。
イメージはショットガン、弾のサイズはBB弾くらいでいいだろう。
無詠唱でもいけるけど僕は敢えて「ばんっ!」と口ずさんだ。
次の瞬間、指先から野球ボールほどの黒い球が射出され、男たちの前で弾け飛んだ。黒球から飛散した無数の小球が扇状に広がり、男たちの体にバスバスと直撃、肉を削り穴を開けていく。
「ぐがっ!」
「うげっ!」
「ぐふっ!」
男たちはたまらず地面に膝を付けてうずくまった。あれだけ威勢が良かったのに痛い痛いと叫んで転げ回っている。
よし、大成功だ!
魔物と違って対人戦闘はいかに相手の戦意を挫くかが重要、このサイズなら効果も威力も申し分ない。
「さて、残るはあんただけだ」
僕は行商人のおっさんに股間を向けた。
「うぅ……」
一瞬で護衛を失ってたじろぐオヤジに、僕はたたみ掛ける。
「僕の生まれた国では部下の責任は使用者が取ることになっている」
ずいっと足を踏み出すと、おっさんは踏んづけていた僕のローブから足を外した。
「わ、わかった! これはお前の銀貨だ! ローブも洗って返そう! なんなら新しい物をくれてやる!」
「それだけじゃダメだ。妖精を解放しろ」
「それはできない! こいつらは貴重な商品なんだ! もっと稼いでもらわなきゃならない! 勝手に解放したら俺が殺されちまう!」
「あそ」
僕はおっさんの右手を指さした。シュバッと黒球が現れて彼の右手を呑み込んで消える。
「うぎゃああぁぁぁっぁぁっぁ! 俺の! 俺の右手がぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっ!」
おっさんは必死に血が噴き出す手首を抑えている。
「僕の生まれた世界には『窃盗を働いた者の手を切断する』って刑がある。次は左手だ」
「わかった! わかったから助けてくれ! この鍵でリングが外れる! だからどうか見逃してくれ!」
涙目で差し出してきたのはヘアピンみたいに細く小さな鍵だ。
「うむ、よろしい。で、この子の仲間はどこにいる?」
「あの荷馬車の中だ! 鳥籠に入っている!」
「そうかい、じゃああの荷馬車を馬ごと置いて今すぐ仲間を連れて立ち去れ!」
「ひいいっ!」と声をあげて行商人たちは荷馬車を走らせ去っていった。
「ふっ、正義は勝つのだ」
カッコよくポーズを決めてニヒルにほくそ笑む僕を、ぽかーんとした顔で可愛らしいインプの妖精が見つめている。
「あんた、一体何者なのよ? あの魔法は一体なんなの?」
僕は葉っぱを顔から外して素顔を晒す。
「僕はユウ、異世界からやってきた異端者だ」
「異世界? 異端者? まあ、なんでもいいわ。あたしはあんたを騙したのよ、なんで助けたの? これからあたしをどうするつもり?」
「仲間を助けるために仕方なくやったんだろ? だからこうする」
僕は目の前でホバリングしているインプの首に嵌められたリングの鍵穴に、細い鍵を差し込んだ。すると手品みたいに首からリングがするりと抜け落ちる。
「あ、ありががとう……」
「君の名前は?」
「あたしはアルテミスよ」
「めちゃくちゃカッコイイ名前じゃん!」
ふふん、とアルテミスは得意げに鼻を鳴らす。
「でも長いからアルトって呼ぶよ」
「なんでよ!」
「それからアルト、君の幻惑魔法は実にエクセレントだった。素晴らしい体験ができたよ」
「へ? それはどうも……。人族ってホント幻惑魔法好きよね、呆れるくらいに」
そして、僕は鳥籠に監禁されていたアルテミスの仲間を解放した。
これまた可愛らしい美少女の妖精である。プラチナブロンドのはねっ毛ちゃんのお名前はカノンと言うらしい。
いやはや、二人とも家に持って帰ってしまいたい衝動に駆られる。こうやって事案は発生するんだな、きっと……。それにしてもこんな子たちを奴隷にしやがって、あのクソ野郎どもめ。もっとしっかりお灸を据えてやればよかった。
さて、そのお礼にまた幻惑魔法をかけてもらおうかと思っていたら、隠れていたラウラが業を煮やして出て来てしまったのだ。オナろうとしたら部屋に入ってくる母ちゃんみたいだな。
インプたちは僕らに礼を言って月が輝く空に飛んでいってしまい、僕に残ったのはアルトが嵌められていた奴隷のリングとその鍵だけだった。
「いい加減に服を着ろ」
いつまでも裸で夕焼けを見上げている僕に、ラウラが言った。
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