【第二章】出立

第12話

 僕らは王都に向かって歩き出した。道先案内人は依頼主でもあるラウラだ。なにせ僕は生まれてこの方、この町を出たことがない。

 しかしながら、なんの愛着もない我が家だけど、いざ出て行くとなると切なく感じるのは不思議なものである。また戻ってくることがあるかもしれないとしっかり鍵を掛けるほどの未練があった。


「あんたらこの町まではどれくらい掛かったんだ?」


 道ながら僕はラウラに尋ねた。


「馬で四日だ」

「じゃあ徒歩なら王都までどれくらい掛かる?」


「徒歩で移動した経験がないから正確には分からない。単純に考えて倍は掛かるはずだが、補給のために途中で経由する村が増えるから実際はもっと掛かるだろう」


「ふーん」


 日程が伸びるほど、僕にとってはそれだけ稼ぎが増えるのだからありがたくもある。しかも美人と一緒の旅だ。

 なんだかんだやっと剣と魔法のファンタジーっぽくなってきたぞ、よしよし。



 僕らは途中で休憩を入れながら歩き続けた。

 丘を越え、川の浅瀬を渡り、草原を進む。

 ラウラの話ではこれから森を抜けるらしいのだが、もう日が傾き始めている。


「次の村まではどれくれいで着くんだ?」

「まだ半分ほどだ。予定より時間が掛かってしまっている」


「そうか。それじゃあ、日が沈む前に今日はこの辺で野営しよう」


「……致し方ないな」


 ラウラは不安そうな声色で言った。


 彼女の気持ちはわかる。僕だって怖い。

 魔物が出てきたら本当に自分が戦えるか不安だ。足が竦んで動けないかもしれないし、ゴブリンロードより強い魔物には、時空転移魔法が効かない可能性だってある。


 周囲を見渡した僕は、ちょうど風避けになりそうな大きな岩で三方が塞がれた岩場でリュックを降ろした。


 こんなに長い距離を歩いたのは、大学生のときに終電を無くして家まで歩いて帰ったとき以来だ。

 足は筋肉がぷるぷると痙攣しているし、重いリュックを背負っていたから肩は痛い。

 もうヘトヘトだ。


 それでも意外なことに、ニート生活で落ちているだろうと予想していた体力は、外見通り十代並みに戻っていることが分かった。


 荷物を置いたラウラは護衛役の僕に何も告げずにどこかへ行ってしまった。

 きっと花を摘みにいったのだろう。チャンスではあるが疲れて覗きに行く気にもなれない。



 しばらくするとラウラは木っ端や木の枝を両手いっぱいに抱えて戻ってきた。


 なるほど、暖を取るための燃料か。侯爵令嬢といってもこの世界では彼女の方がサバイバル慣れしているんだなぁー、と普通に感心してしまう。


『精霊サラマンダーよ、我にささやかな灯と安らぎを与えん』

 

 そう唱えたラウラの指先に小さな火が灯る。彼女はその火が消えないように優しく小枝に移していく。


「おお、これが精霊の加護ってやつかぁ」


「なにをそんなに驚いている。この程度の魔法なら少し勉強すれば誰でも習得できる。貴様が使ったような高位の魔法とは訳が違うからな」


「へぇ……」


 ラウラは簡単そうにやってのけたけど、なんとなく自分にはできないような気がした。


「貴様、名前はなんと言ったか?」

「名前? ああ、ユーリッド……いやユウだ」


「そうか、いつまでも貴様じゃ呼びにくい。これからはユウと呼ぶ」

「……ラウラ、あんた意外と優しいな」


 僕がそう素直に告げると焚き火に照らされたラウラの顔が仄かに紅くなった。


「名前ぐらいで大げな……意外は余計だ」と言ったラウラのお腹がぐぅと鳴る。さらに顔を赤くして彼女は自分の腹部を押さえた。


「そういえば昼食も食べていないし歩き通しで腹が減ったな、夕飯にするか」



 村長からもらった食料の中に入っていた干し肉とパンをラウラと分け合って夕食を取る。

 ラウラが何も食料を持っていないのは痛い。一週間分の食料も二人で分ければ節約しても四日が限界だ。

 

 経由する村で補充するにしても全財産はラウラから前金として受け取った銀貨七枚だけ。


 道中の飲食も護衛料に含まれていると諦めて、食料が減ってきたら野生動物を狩って食べるしかなさそうだ。

 獣や魚、最悪飢えそうになったら魔物……。魔物かぁ、オークなら食べられるかな……。


「この辺りも勇者様のおかげでほとんど魔物を見なくなったのだが、最近また増えてきている。今夜は交代で寝よう」


 ラウラが焚き火に新しい薪をくべると炭化した薪が音を立てて弾けた。


「ちょっと待て、この世界には勇者がいるのか?」


「何を言っている、当たり前ではないか。勇者様が魔族に奪われた土地を取り戻してくださっているから我々がこうして生きていられるのだ。占拠されてた北方大陸も残すところローレンブルク地方のみ」


「へぇ……会ってみたいなぁ、勇者」

「我々がおいそれと会える相手ではない。それに勇者様は今も前線で戦っているのだぞ」


「前線って魔王城か?」


「私には魔王城がどこにあるかなど知る由もない。なにせ魔境の話だからな。しかし、いずれ必ず魔王を撃ち滅ぼしてくれるだろう」


 魔境ねぇ……。魔境ってさ、あんたらが否定する違う世界のことじゃないのかね? 色々といい加減だな。ま、自分たちの都合の良いように解釈するもんだし多少ね……。



 それから僕たちの間に会話はなく、ぱちぱちと焚き火が爆ぜる音が闇夜に響いた。何気なく空を見上げると今まで見たこともない満天の星空が広がっていた。夜なのに明るく感じるほどだ。


 うはぁ、と思わず感嘆の声が漏れる。


「先に休ませてもらうぞ、何かあればすぐに起こせ」

「ああ」

 

 ラウラは焚き火の近くでごろりと横になった。そのまま目を閉じようとせず、じっとこちらを見つめている。

 なんだこいつ、ひょっとして寂しくて添い寝してほしいのか?


「な、なんだよ?」

「……くれぐれも余計な気を起こすなよ」


 そっちですか……。男との二人旅なんだから警戒するよな。


「ちなみにラウラって何歳?」

「……」


 あ、しまった。女の子に歳を聞くなんてデリカシーのない非モテ男の発言だったぜ。 


「十七だ」

「へ、へぇ……」

 

 マジか……、二十代前半くらいかと思ったらまだ十代かよ。ずいぶん大人っぽく見えるな。


「まだ騎士隊長になったばかりの新米だ……そんなことより、しっかりと……休んでおけ……」


 次第にラウラの目がとろんと虚ろになっていく。


「……明日も……早い……の、だからな……」


 彼女も歩き通しで疲れていたのだろう。緊張の糸が解けるように眠りについてしまった。

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