第11話
次の朝を迎え、旅の支度をしているとドアがノックされた。
町を出て行く僕に、こんな早朝からいったいなんの用だ……。
不思議に思いながらドアを開けるてみると、そこには女騎士隊長のラウラが立っていた。
甲冑は傷だらけで、白亜だったマントも煤で薄汚れている。表情から疲れが窺えるが務めて毅然とした態度を保とうとしている。
「なんか用か? 僕はもうすぐここを出ていかなきゃならないんだ。用があるなら手短に頼む」
言いづらいことなのか、ラウラは一度視線を逸らした。
「その……、こんなことを頼める立場ではないことは承知しているのだが……。リタニアス王都までの護衛を頼みたい」
「護衛? 僕に?」
「ああ、我が隊の騎士たちはゴブリン共に殺されてしまった。馬も失い、徒歩で移動するしかない。その間、王都にたどり着くまでの護衛を貴様に依頼したい」
「なるほどね、騎士たちはあんたの護衛も務めていたのか。あんた、見るからに家柄だけで出世したっぽいもんな」
図星だったようだ。ラウラは悔しげに唇を噛んだ。
「ぐ……。確かにヴォーディアット家は名門侯爵家、侯爵令嬢である私は隊長などと言っても所詮お飾りに過ぎないことは認めよう」
自分で令嬢って言っちゃたよ、この子……。だいぶ昨日とイメージが違うな、随分しおらしいことだ。
権力の笠を着る人間なんて一枚皮を剥いでしまえばこんなものなのだろう。
「あんたの部下の騎士たちって侯爵令嬢の護衛にしては弱すぎるんじゃないのか? 相手はゴブリンだぞ」
「何を言うか! 彼らは王都でも優秀な騎士たちだ! 不意を突かれなければゴブリンなど相手ではない!」
「魔物は騎士道に則って正々堂々となんて戦ってくれないぞ」
「うう……、とにかくだ。頼まれてくれないか」
「馬や護衛が欲しけりゃこの町の人間に頼めばいいじゃないか?」
「馬はゴブリン共の餌になってしまった。この町の人間も家や家族を失いそれどころではない。それに王都までの旅路で少なからず魔物と遭遇するはずだ。この町に来るまでも決して安全とは言えなかった。護衛を頼めるのはゴブリンロードを一人で屠(ほふ)った貴様しかいないのだ」
彼女の口調には様々な感情が綯い交ぜになった焦りがあり、そして真剣だった。
「そう言われてもなぁ、だいたい僕って異端者なんだろ? 異端者の力なんか借りて大丈夫なのか?」
「問題ない。町長から貴様の異端行為は間違いであったと申告があった。貴様の所有していた丸い玉もどこかの星を模しているだけなら全く問題はない」と、きっぱり言い切やがった。
「えー……」
あんた、いくらなんでも雑過ぎやしませんかい……。
さて、どうする? こっちの世界で生きていくには銭が必要だ。ラウラを護衛して王都に行けば、ひょっとしたら仕事を紹介してくれるかもしれない。
いや、待てよ。いっそのことこれを職業にしてしまえばいいんじゃないか? うん、そうしよう。
「分かった。でも護衛すると言ってもこっちもボランティアって訳にはいかない。だから僕をボディーガードとして雇うということでいいか?」
それを聞いたラウラの表情がパッと明るくなり、直後に緩んだ頬を悟られないように引き締めた。
「うむ、問題ない。金で雇った方がこちらも安心だ」
「で、いくら持っている?」
「今はこれしか持ち合わせがない。これでどうだ?」
ラウラは革の小袋から銀色の硬貨を取り出して手のひらの上に置いた。
銀貨が七枚だ。
この世界で数日生活してみて硬貨の価値はおおむね把握している。
銅貨一枚が二百円くらい。銀貨がニ、三千円くらい。金貨は見たことも使ったこともないから分からない。
銀貨七枚だと一枚三千円換算で二万千円。日本のバイトなら三日もあれば稼ぐことができる。
王都まで護衛する対価として妥当なのか相場が分からない。とりあえず吹っ掛けてみるか。
「よし、これは前金としてもらっておく。それから護衛料は一日に付き金貨一枚だ」
それを聞いた途端、ラウラは翡翠色の瞳を見開かせた。
「一日金貨一枚だと! 冗談を言うな、金貨一枚で慎ましく暮らせば十日は余裕で暮らせるぞ!」
「あっそ、それならあんた一人で王都に帰るんだな」
それじゃ、と言ってドアを閉めようとしたらラウラはドアの隙間に腕と足を差し込んできた。
「ちょ、ちょっと待て……」
傲慢だった彼女が焦る姿はなかなか愉快だ。
僕は再びドアを開ける。
「了承した……。王都に戻ったら支払うことを約束する」
「交渉成立だな。んじゃ、さっそく行こう」
ラウラの白い手から銀貨を受け取り、僕は一週間分の食料と抱き枕が詰まったリュックを背負いあげた。
考えようによっては最高じゃないか、こんな桃色美女と旅ができるんだから。こんなこと異世界に来なければあり得なかった。
僕はあきらめない。なにがあってもこの世界を満喫してやるんだ。
ここから本当の意味での僕の冒険が始まる。
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