第9話
「マジかよ……」
逃げようとした矢先、ドアを開けてみてビックリだ。
自警団員たちが壁を作るように僕の家を取り囲んでいる。ざっと見積もって三十から四十はいるだろう。
まだ夜が明けきらぬというのに、よくこれだけの人間が集まったものだ。
家から出てきた僕を見た瞬間、団員たちはクワを持ち替えなおして構えた。敵意も刃先も、その矛先は間違いないく僕に向けられている。
まるで言葉の通じない魔物か凶悪殺人犯とでも相対しているかのような顔つきだ。
すると左右に人壁が割れて、町長が姿を現した。
「ユーリッド、抵抗はしないでくれ。この者たちにもお前にも無駄な血は流させたくはない」
「聞いてください! 僕が町の人に言ったことについては理由があって、ちゃんと説明すれば――」
町長は手をかざして僕の発言を止めた。
今まで優しくしてくれたこの人なら、もしかしたら僕の話に耳を傾けてくれるかもと期待したけど、それは思い上がりだったようだ。
僕が肩を落としてうつむいたのを合図に、町長は「連れていけ」と指示を出した。
◇◇◇
手を縛られて連行された僕は、中央広場に設置された処刑台の柱に縛られたまま放置された。
朝日が昇り、人々が活動を始める。
中央広場を行き交う町の人たちは、遠巻きに忌避の視線を向けてくるだけで何もしてこない。
異端者は火炙りにされるって書いたあったけど、晒し者にするだけで終了なのだろうか……。それとも裁判めいた儀式がこの後に始まるのか?
剣と魔法のファンタジー冒険がここで終わるのは嫌だ。まだ冒険にすら出てない。町の中をぐるぐる回って終わりだなんてクソゲーだ!
ああ、クソ……やっぱりあのときに死んでいればよかったんだ。
火炙りは苦しい……よな、きっと……。
そのとき、馬の駆ける足音が近づいてくることに気付いた。
町の大通りを真っ直ぐこちらに向かって馬が走ってくる。その数は5頭、どの馬も背中に甲冑を身に付けた騎士を乗せている。
騎士を乗せた馬たちは処刑台の前で止まる。
白亜のマントに細密な細工が施された甲冑と兜を装備した騎士たちが、馬から降りて処刑台の前に並び、5人の騎士の中で一番背が低く華奢な騎士が真ん中に立った。
その人物は柱に縛られた僕を見上げて兜を外す。
兜の中からラベンダーのような桃色の長い髪がふわりと舞った。その素顔は思わず息を呑むほどの美女だった。
「貴様がユーリッドか?」
こんなときだというのに、彼女に見惚れていた僕はこくりとうなずく。
「私はリタニアス王国騎士団特務隊長ラウラ・シエル・ヴォーディアットである」
「リタニアス王国の隊長?」
「貴様には異端の疑いが掛けられている。王都の大聖堂まで貴様を連行し、異端審問官に引き渡すのが私の役目だ」
ああ、そうだったのか――。
愚かな僕は町長が毎日食べ物や飲み物を持ってきてくれる理由を悟った。
騎士団が到着するまでの足止めをしていたのだ。
この騎士たちが到着するまで拘束して閉じ込めなかったのは、せめてもの慈悲といったところだろう。
つくづく、自分が哀れに思えてくる。
「あの、質問いいですか?」
「許可する」と女騎士隊長は簡潔に答えた。
「連行するのなら、なんで僕は火炙りの準備が万全の処刑台に縛られているんですか?」
「それは本人が異端を認めた場合、または異端だと認定できる証拠が見つかった場合、特務隊長の権限によりその場で処刑を執り行うことができるからだ」
ということは、まだ処刑は確定してはいないのか。シチュエーションは焼く気マンマンだけど。
「貴様は自分が異端者だと認めるか?」
死刑が先延ばしになるだけかもしれないが、桃色女騎士隊長の良心に訴えかけて同情を誘う作戦にワンチャンを掛けるしかない。
「僕は異端者なんかじゃありません! 教会の教えに背くような発言をしたことはございません! 大地は平らです! 世界はこの世の中心にあります! お願いです助けてください! 僕はまだ死にたくありません!」
「異端者は皆そう言うのだ」
「そんな身も蓋もないっ!?」
「貴様の師匠も異端術を研究していた罪で処刑されたと聞く。貴様も師匠と同じ研究をしていたのではないか?」
「僕は何も知りません! 全部師匠が勝手にやったことです!」
「弟子の不始末を師匠が償うと同じように、弟子もまたしかり。師匠の責任は弟子の責任でもある。知らず知らずのうちに手伝っていたとしても同罪だ」
「無茶苦茶だ! 僕は異端者じゃありません!」
「ほう? ではこれはなんだ? 貴様の家から見つかったものだ」
彼女は袋からある物を取出した。
「そ、それは……」
それを見た瞬間、冷たい汗が背筋を伝い落ちていった。
ま、まさか、町長はこのために僕の家に来ていたのか……。
彼女が手にしていたのは地球儀だ。この前、売ろうとして色んなお店に持ち込んだ僕の地球儀。
「それはこの大地を表わした物ではありません!」
「では、どこだ?」
「地球という星です」
「地球だと?」
「こことは別の世界の星のことです」
「ほう? 別の世界か、なるほど確かに大陸の形は違うな……」
彼女は手のひらサイズの地球儀をくるくると回す。
「でしょ? だから――」
「異端だ」
「は?」
「たとえ空想であったとしても危険な思想である。あまつさえそれを具現化するなど許されることではない。いずれ大地は丸いと吹聴し始めるに違いない」
「吹聴なんかしませんからッ!」
「それに貴様、『別の世界』と言ったな?」
「あ……」
そうだった。教会は別の世界という概念も認めておらず異端としている、そう手紙に書いてあった。
「語るに落ちたな。それでは王国騎士団特務隊長ラウラ・シエル・ヴォーディアットの名において、この者を異端者と認定し、本日の日没と同時に火刑に処す」
詰んだ……。
――と、長くなってしまったがここまでが事の顛末だ。この後まさかゴブリンと戦うことになるなんて夢にも思っていなかった。
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