第8話
「まいったな、いきなり前途多難だ。働きたくなかったが仕事を探すしかないか……」
異世界いったらなんとかなると思っていたが、なんともならないのが現実だった。
しかし働くにしても僕を雇ってくれる人がこの町にいるだろうか。彼らの態度を見るからにかなり厳しそうだ。
とりあえず当面の食料だな。
野生動物を狩って料理するのが一番堅実だ。魔物を倒したらアイテムやゴールドがドロップする可能性にワンチャンを掛けてみるのもいいかもしれない。
どちらにせよ、明日は町の外に出てみるか……。
先行きの見えない未来に僕は首をもたげた。
転機が訪れたのは、家に残っていた僅かな野菜っぽい植物をかじっていたときだった。
こんこん、とドアがノックされたのでドアを開けると老人が立っていた。
「夜分にすまない。すこし話をせんかね?」
老人はワインボトルとパンの入ったバスケットを持ち上げて僕に見せる。
「え、ええ……はい……」
顔見知りかもしれない。「あなたは誰ですか?」とも聞けなかった。
今年は麦の収穫が減ったやら、働き手が都会に出て行ってしまい人手不足しているやらと一方的なご老人のトーク内容から、この老人が町の町長であることが判明する。
一体何をしに町長がわざわざ僕の家に来たのかは分からないけど、町の人たちから疎外されている感じだったから素直に嬉しかったし、全員から嫌われている訳ではないのだと安心することができた。
それから一週間が経った。町長は毎晩お酒と食べ物を持って僕の家にやってきてくれた。
町の人たちの態度は相変わらず冷たくよそよそしいものだったが、挨拶をすると、よそよそしい態度ながらも挨拶を返してくれるようになった。
町の人たちと関係を築くには、まだまだ時間が掛かりそうだ。
その夜、町長が帰った後で、ふともうひとりの僕がくれたスクロール、指南書の存在を思い出した。
なにか生きていくうえでヒントがあるかもしれないと紐を解いて開いてみると、僕の字で『もうひとりの僕へ』と書き出されていた。
『初めに僕について。
もしキミがこの世界で僕として生きるなら僕の情報を伝えておかなければならない。
僕の名前はユーリッド・ゼングーだ。
もう町の人たちと接触しているなら気付いたかもしれないけど、僕はこの土地の出身ではない。東方からの異邦人だ。
だから外見で差別を受けることもあるだろう。
僕は十歳のときに魔法を学ぶため西方に来たんだけど、いくら努力しても基本属性魔法が覚えられずに魔法学校を落第した落ちこぼれだ。
寮を追い出された僕は、家出同然で家を飛び出したから国に帰ることもできずにその日暮らしの路上生活を続けていた。この頃の僕は、この世界では自分は魔王を倒す勇者には決してなれないことを悟り、夢を絶たれて自暴自棄になっていたんだ。
そんな僕にも転機は訪れた。
基本属性の才能はなかったけど体内に保有する魔力量を師匠に見込まれて、僕はその人物の弟子になった。
この町に師匠と移り住んだのもその頃だ。
僕には無属性魔法の才能はあったみたいで、師匠が研究していた時空転移魔法を引き継ぐことになり、そして師匠の念願だった時空転移魔法を完成させた。
さて、僕についてはこれくらいにして次に進むとしよう。
それから師匠が今どこにいるのかは後述する。
次にこの世界で生きていく上で最も注意しなければならないことを伝えておく。
この世界の人間は枢機教会のせいで大地は平面であり、大地を中心に天が動く天動説を信じている。
そんなこと嘘だって星や月を見ていれば分かるのに教会の信者たちはまったく疑おうとしない。
それだけ教会の力は絶大だ。書状ひとつで国を動かすほどの力を持っている。
だから決して大地が丸いだとか大地が太陽の周りを回っているなどと言わないように。地動説を提唱する学者や地動説を信仰する者は、見つかれば間違いなく異端審問官に殺される。
しつこく繰り返すけど、冗談でも独り言でも決して口にしないように、誰かに訊かれでもしたら密告されて火炙りの刑だ。
それから僕の師匠だけど、今はあの世にいる。
師匠は異端認定されて処刑されてしまった。
実は時空転移魔法も異端の術に指定されているんだ。
この世界以外に他の世界など存在しない。この世界こそ精霊神が造った唯一の世界である――、と教会は平行世界の存在も否定している。
師匠は知人に時空転移魔法の研究を密告されて捕まり、拷問を受けた末に火炙りにされた。
ちなみに師匠の弟子だった僕にも異端の疑いが掛けられている。
けれど、すべては自分の独断であり弟子は何も知らないと師匠が罪をひとりで被ってくれたおかげで今のところは安全だ。
だけど油断しないように。町の人は密告するチャンスを狙っている。疫病神である僕を排除したいんだ。
最後に謝罪を。
騙した訳じゃない。言えなかったんだ。
全部打ち明けてしまうと世界を交換してくれないと思った。
現に今まで何度か他のパラレルワールドの僕と交渉したことがあるんだけど、僕は何度も失敗している。羨ましいことにみんな自分の世界でそれなりに成功していて、世界に愛着を持っていた。
それでも、なんとしてでも僕は違う世界に行きたかったんだ。
僕はこの凝り固まった真実から目を背け続ける人間が住むこの世界が大嫌いだ。
そんな世界を支配している枢機教会が大嫌いだ。
教会が変わらない限り世界は変わらない。
世界が変わらないのなら自分が動くしかない。
それから僕らが世界を交換しなければいけない必要性について明確な根拠はない。
師匠が生前に同じ人間が同じ世界にいると何らかの歪が生じる可能性があると語っていたのだけど、その歪が何なのかは分からない。でも、なにか良からぬ事、予期せぬ反動が起こる可能性を排除したかった。
要は僕の直感でしかない。
それでもキミがこの世界に来たということは、こっちの世界に魅力を感じたからだろ?
この世界交換が互いにとって良い結果になることを願っている。
もうひとりの僕に神のご加護を――』
「あの野郎……、一番重要なことを黙っていやがったのか……」
そう呟いて僕はスクロールを放り投げた。
今までの町の人たちの態度も道具屋で店主が青い顔をした理由も合点がいった。
「でもまあ、なんだ……あんたのその行動力は素直にすごいと思うよ」
もうひとりの僕に、神のご加護……。
柄にもなく僕は手を合わせて、神に祈りを捧げた。
さて、もっと早く読んでいれば良かったと後悔しても仕方ない。早々に町を出て行った方が良さそうだ。
早朝には町を出ようと決めた僕だったが翌朝、日が昇る前には僕の家の周りを農具を手にした町の自警団が取り囲んでいた。
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