第7話
「ただいま」と言って玄関を開ける。
一応念のために言ってみただけで、かわいいダークエルフのお嫁さんが「ごはんにする? お風呂にする? それともあたいにするかい?」なんて言いながら出迎えてくれるようなことはなかった。
どうやらこの世界の僕も一人暮らしの様であり、ひとりの食卓で食事を済ませる。
まあ、これに関しては今まで通りで違和感はない。
食事の後で家の中を探索したところ、椅子の数だったり食器だったりベッドだったり、もうひとり別の誰かと暮らしていたような形跡はあった。
しかしそれ以上詮索しようとは思はない。こっちの僕にも何らかの事情があったのだろう。
さてと、風呂もないし寝るまで時間を持て余すのももったいないから、本棚に並ぶ本をパラパラと捲ってみることにした。
ほとんどがお堅い専門書で読んでもよく分からない内容だった。哲学だとか神学だとかそっち方面の本である。
各種の図鑑(といっても写真ではなくスケッチ画だ)が一通りそろっているのは助かった。この世界の草花や魔物の種類など把握することができる。
というか、魔導士の家なのに魔法に関する本が『今日からできる基本魔法』の一冊しかないのは一体どういうことなのだろう。なんにせよ、今はこれが一番重要そうだ。
サラッと読んでみて分かったのは、魔法を発動する方法は主に二通りあることだ。
一つ目、詠唱、術式などを介すことにより体内の魔力を使用して発動させる場合。
体内に保有する魔力量には個人差があり、生まれつき魔力を持っている者もいれば魔力を持たない者もいる。前者は修練次第で増幅させることができるが、持って生まれた才能によるところが大きく、大幅な上昇は望めない場合がある。後者にあっては元から魔力がないため増やすことはできない。
魔力を使用すれば減っていき、休めば時間と共に回復して元に戻る。
枯渇するまで魔法を使い続けた場合、全身が鉛になったようなひどい倦怠感を覚え、限界を超えて魔法を使い続けると最悪死に至るケースもある。
無詠唱魔法については応用編で記載する。
二つ目、精霊から加護を受けて魔法を発動させる場合。
火、水、風、木、地、雷、光、闇などの精霊に祈りを捧げることによって魔法と同等の効果を得る方法であり、この方法も広義で魔法とされている。
教会関係者は「加護」と呼称し、魔力による魔法と区別する傾向にあるが、世間一般では太古の時代から広く魔法として認知されている。
魔力を持たない人でも簡易的に魔法を使うことができるが、無限に加護を受けられる訳ではなく制約も大きい。また、悪魔との契約により強大な魔法を発動させることもできるが、対価として魂を要求されるためあまりお勧めしない。
「いやいや、そこは『ダメ、絶対!!』でしょ!? この本の作者、大丈夫かな……」
それから魔石は魔力の増幅装置のような役割をするらしい。だから魔力を持たない人にとってはただの石ころだ。
残りは明日にでもゆっくり読むか、と僕は本を閉じた。
本を読んでいたときに妙案を思い付いた。当面の生活費については本棚の書物を売って稼ぐことにしよう。こっちの世界で本が貴重品ならそれなりの高値で売れるはずだ。
ついでに寝る前に、せっかくだから魔法を試してみることにした。
もうひとりの僕が「この世界の僕が保有する情報がうんたらかんたら」と言っていたから、きっと僕にもできるはずだ。
もうひとりの僕が詠唱していた呪文を真似して『アナザーディメンション』と唱えてみると、空中にバスケットボールくらいの黒い球体が発生することが確認できた。
やはりこっちの世界にいれば僕も魔法が使えるようだ。
そして、どうやらこれが時空転移魔法らしい。
この中に入れば異なる時空へ飛ぶことができるのだろうけど、人が入れるサイズではないし中に入る気にはとてもなれない。
正直に言って不安すぎる。だってどこに転移するか分からないのだ。どこかの惑星とは限らない。いきなり宇宙空間かもしれないし、海底かもしれない。
他人が素手で握ったおにぎりを食べるくらい勇気と覚悟がいる。
僕は固い木製のベッドに横たわり、愛用の枕を抱きしめた。
明日はあそこに行ってみよう。
明後日は町の外に出てみよう。
魔物も見てみたいと色々考えてしまう。
まるで遠足前日の夜みたいにわくわくして眠れない。
まだまだこの世界について知らないことばかりだ。剣と魔法のファンタジー要素も今のところない。けれど異世界を体験して心が動かないはずはない。だから僕は、もう一度この世界でちゃんと生きてみようかと思い始めていた。
そして翌日、町の人たちに変な目で見られていた原因が、ひょっとしてローブの下に着ていた
もうひとりの自分の服だけあってサイズはぴったりであり、なんとなく魔導士っぽく見える。それから、ただでもらったローブを
目的は本を売るためだ。
道具屋らしき看板を見つけた僕が店に入ると「いらっしゃい」と野太い声で店主が振り返った。
僕と目が合った瞬間、カウンターの向こう側に立っている店主の顔が明らかにぎょっとなったのだ。
「こ、こんにちは……」
精一杯の愛想笑いで挨拶するも、
「なんの用だ?」
なんの用だとはずいぶんなご挨拶が返ってきた。
「いや、その、実はこの本を買い取ってほしいんですけど……」
「じょ、冗談じゃねえ! そんなもの買い取れる訳ねぇだろ!」
本を見せようとしたらすごい剣幕で怒鳴られてしまった。
「じゃ、じゃあこれはどうですか?」
それならと僕が次に取り出したのは地球儀だ。
本がダメでもこれなら珍しくて買い取ってくれるかもしれないと期待して持ってきたのである。
「あ? そりゃなんだ?」
店主はカウンターから身を乗り出して地球儀を見つめている。
お、食いついたぞ。これは期待できそうだな。
「これは地球儀……じゃ分からないか。えーと、丸い形の世界の地図です。ここを押すと光るんですよ、ほら」
ボタンを押すと世界の首都の位置を示す赤色のLEDが点灯した。
「まるいせかいの……地図だと……」
そう言って店主は息を呑んだ。
「おお、なんてことだ……。頼むからもう帰ってくれ!」
その後、店を追い出された僕は地球儀と本を抱えて他の店を回った。
武器屋、魔道具屋、宿屋、服屋、八百屋、肉屋、本屋と巡り歩いたが、どこへ行っても道具屋の店主と同じ反応だった。
僕が嫌われていることは分かった。でも、さすがにあの反応はおかしい……。
みんな僕以上に何かを恐れている。
一体なにを恐れているんだ……。
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