第6話
転移したその場所は、質素な部屋の中だった。
壁も天井も壁紙のようなものはなく、木材が剥き出しになっている。
良く言えばロッジ、悪く言えば掘っ立て小屋といったところだ。
部屋は寝室とリビングの2LDK、暖炉があっても風呂はない。棚には様々な文献らしき本や訳の分からない道具が並べられていた。
「ここが……異世界なのか?」
ふと、壁に掛けられた鏡を見るとそこに映し出されていたのは、高校生くらいの頃の自分の姿だった。
あっちの僕はまだ十代だったのか、それともこの世界ではこれが三十歳という年相応の姿なのかは判らないが僕であることは間違いない。
「そんなこと考えてもしょうがないな。せっかく来たんだからとりあえず外に出て異世界とやらを確かめてみるか」
僕は元の世界から持ってきた抱き枕と地球儀、めんつゆと双眼鏡、それからもらったスクロールをテーブルに置いてドアに向かった。
ぎぎぎと軋みながら異世界の扉が開いていく。
太陽が青く澄み渡る空を昇っている。
ほう、と思わず息が漏れた。
僕の眼前に西洋の田舎町のような風景が広がっていた。
「ナーロッパとはよく言ったものだな……」
澄んだ空気が排ガスまみれの肺を浄化していく。
少し肌寒く感じたため、一度部屋に戻った僕は椅子に掛けてあった黒いローブを羽織って再び家を出た。
◇◇◇
その後、僕は町を歩き回った。
異世界人との接触はまだちょっと怖かったから、なるべく目立たないように移動を続け、半日近く歩いて町の様子をだいたい把握することができた。
町は円形に形成されていて中心には時計台が立つ広場がある。中央広場では衣類や食料品を扱う出店のようなテントが並ぶマーケットがあり、その周囲を飲食店や道具屋、宿屋などの専門店と民家が囲んでいる。
さらに外周は農家や牧場となっている。主な移動手段は馬車のようだ。
この街の人口は分からないけど、彼らの容姿は想像していたとおりのナーロッパ人である。
ついでに僕の家の位置は町の外れに位置していることが分かった。
なるべく目立たないようにしているにも関わらず、町を歩いているとジロジロとなにやら見られている視線を幾度となく感じた。
僕の外見が彼らと違うからかもしれないけど、もうひとりの僕はこの町の人間ではないのか?
いつの間にか日が傾き始め、歩き回ってお腹が減ってきた。
マーケットにはファストフード的な食べ物が置いてあったがお金がない。
しかし幸運なことにローブのポケットに手を突っ込むと硬貨のような物に指が触れるではないか。
銅貨っぽい小銭を6枚ゲットした僕はマーケットに向かった。
夕時を迎えてマーケットはさらに人が増えていた。
活気があって賑わっているのだが、どういう訳か僕が店の前を通り過ぎると、辺りは息を呑んだように静まり返ってしまう。
なんとも言えない居心地の悪さを感じていた僕は、ふと衣服が並ぶテントの前で足を止めた。
店先に白いローブが吊るされている。
なんとなくだけど僕はそのローブを一目で気に入ったのだ。
今着ている黒いローブはもうひとりの僕の物だ。僕は僕で自分用の自分の色のローブが欲しくなった。これを手に入れたら本当の意味での第二の人生がスタートするような気がした。
値札に目をやると値段は銀貨三枚だそうだ。
今もっているお金ではとても足りない、ということは容易に想像できる。
「はあ……」と息が漏れた。
「おい、ユーリッド……」
立ち止まってローブを見つめる僕に、そう呼びかけたのは服屋の店主と思しき大柄な男だった。
ユーリッドって僕の名前か?
「はい、なんでしょう?」と、とりあえず返事をしてみる。
「そのローブが欲しかったらくれてやる」
「え? いいんですか?」
「ああ、だが二度と俺の店の前をウロウロするんじゃねえ。分かったか?」
「え……は、はい」
店主は吊るしてあるローブを力任せに剥ぎ取ると僕に投げつけてきた。
「ど、どうも……」
僕は頭を下げてその場を後にする。
これが異世界町人とのファーストコンタクトでありファーストカンヴァセーションだった。
その後、浮いたお金でケバブ的な食べ物を買った時も同じように邪険な対応を受けた。
ひょっとしてこの世界で僕は嫌われているのではないか?
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