第3話
――そんなこんなでゴブリンになんとか勝利した訳だが、僕が目を覚ます前に自己紹介と今回の事の顛末を済ませておきたい。
では、こほん。
ふはははは、我が名は
日本という平和な国で生まれ、鼻水を垂らしながら平均的な少年時代を過ごして何事もなく大学を出て、地方都市の企業に就職した絵に描いたような平凡な男だ!
と、自分の人生を振り返るとリア充といえるほど充実してなかったけど不幸と呼べるほど不幸なものではなかったと思う。
僕には友達がいたし彼女もいた。
美人で
断っておくがこれは自慢ではない。
その理由は、僕が不幸になったのもその彼女が原因だったからである。
彼女は二年前、他の男に寝取られてしまう。
NTR(寝取り)だ。
しかも取られたのはそれだけじゃない。
コツコツと貯めていた貯金を、彼女がゴッソリ持って逃げてしまったのだ。
同期入社の彼女とは、知り合ってしばらくしてから付き合いだした。
僕と彼女には互いの趣味が料理だという共通点があり、彼女には自分のカフェを開業するという夢があった。
僕も彼女の夢を自分の夢として重ねて、それを実現したくなったのだ。人生を賭けたくなった。平凡な人生を打ち破りたくなった。
今でも『一緒にカフェを立ち上がるために口座を一つにしましょう』と言っていた彼女の声が頭をかすめる日がある。
是非もなく僕は給料のほとんどを彼女と作った共用の口座に振り込んだ。
二十代半ばの僕らは決して高給取りという訳ではなかったが、互いの夢のためにボロアパートに住み、車も持たず節約に節約を重ねた結果、通帳の数字は五年で一千万円を超えた。
それが合図だったかのように、『他に好きな人ができました。別れましょう』と手紙を残して彼女は消えた。
三日間は落ち込んで何も手に付かなかった。会社も休んだ。
四日目に、まさかと思ってネットバンキングにアクセスすると口座の数字もキレイに消えていたのだ。
最初から騙すつもりだったとは思いたくはない。確かに僕らには普通のカップルがするような肉体関係はなかった。
夢を叶えるまでは我慢よ、それが彼女の口癖だった。僕は愚直にそれを守った。
〝好きな人〟なる人物がホントに存在するのか考えてしまう。彼女の単独犯行なのではと思ってしまう。だから手紙のとおり、他の男に寝取られたと思い込むことにした。
その方が精神面的には健全だから。
その後、僕は彼女を探した。
ケータイは通信拒否、会社も彼女が消えた日付で退職届が提出されていた。
以前、彼女から聞いていた福島にある彼女の実家の住所を訪ねてみたが、そこはコンビニだった。
年季の入ったマイナーなコンビニだ。彼女の実家の跡地に後から建ったのではなさそうだ。
いちおう店長さんに『お嬢さんに会いに来ました。こちらにいらっしゃいますか?』と伝えてみると、『俺はこの年でまだ独身なんだ。しかも童貞だ。悪かったな』との答えが返ってきた。
償いの意味で一番高い肉まんを購入した僕は、コンビニの駐車場で肉まんを握りしめたまま途方にくれた。
地元に戻ってきた僕は駅の改札で偶然再会した旧友と居酒屋で吞みながら新幹線に乗っていた経緯を打ち明けた。
それを聞いた友人はなんとも言えない苦々しい顔をしながら『やられたな』と肩を叩いて支払いを奢ってくれた。
それでも僕はまだ半身半疑だった。けれど、友人の勧めで警察に相談することになった。
でも、被害を訴えても門前払いだった。
『民事不介入。それはあなたたちの問題です』
これが国民を守る機関の正式回答だった。
その手の相談ってよくあるんだよね~、と中年の警察官に憐みの眼で見られて僕はやっと彼女に騙された事実を受け入れた。
今思えば貯金していた一千万のうち八割は僕が稼いだお金だ。
今思えば同棲といっても彼女が帰ってくるのは週二回くらいだった。しかも日帰りだ。
今思えば彼女とは手をつないだだけでキスすらしていない。
「いやいや、普通に気付くだろ」と振込詐欺の手口をテレビで観る度に何度も口ずさんでいた。
けれど騙されて初めて分かる。騙されているうちは気付けないのだ。
以来、お金がなくなったことよりも裏切られたことがあまりにも悲しくて、働く意欲を完全に失った僕はアパートに引き籠った。
上司が心配して家を訪ねてきたことがあったが居留守を使ってやり過ごした。
無断欠勤が続き、ポストに投函されていた通知で会社を首になったことを知った。
晴れて無職になった。
それなりに勉強してそれなりの大学を出て、それなりの企業に就職した結果がこれだ。
底辺高卒のウェーーーーイな同級生は、とっくに結婚して子供もいるというのに。
良い大学に入れば成功か? 良い会社に入れば成功か?
知的で美人な彼女がいれば幸せか?
人生なにが正解かなんて分からない。どこで転ぶかなんて分からない。
僕には何も分からない。
これから何をしていいのか分からない。
それから二年間、僕は失業保険と自分の口座に残っていた僅かな貯金で食いつなぎながら親の仕送りでなんとか生きている。
僕の行動範囲は狭いアパートの中と近所のコンビニまでの道のりだけだ。
それが僕の世界のすべて。
アニメ三昧、ゲーム三昧、ネット三昧の自堕落な生活も悪くはなかった。
でも、もういい加減飽きたし疲れた。
突然、ふと『死んでしまおう』と思ったんだ。
「世の中にはもっと辛い目に合っている人は大勢いる」と言う人もいるだろう。
そんなことは分かっている。
でもそれを自分の尺度や基準に合わせて考えるのはおかしいと思う。僕は僕でやっぱり辛いんだ。周囲から見ればたいして辛くないことでも死にたくなるときはある。
人が自死を選ぶ瞬間なんて存外そんなものなのだ。
「こんな世界……、まっぴらごめんだ……」
そう呟いた僕は使命感のようなものに突き動かされて動き出した。ドアノブにタオルを結んで輪っかを作り、首を入れて眼を閉じる。
さあ、後は体重を掛けるだけだ。
「死ぬつもりかい?」
それはどこかで聞いたことがある声だった。
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