第3話 新製品開発
本日は休業日。
休みの札を店の扉にぶら下げている。
当然、客は一人もおらず、そんな店内で私は
考え込んでいるのは、新しい商品について。
何か店の看板となる商品を作って、売り上げを増やしたい――そう思っていた。
幸い、店の経営は今のところ安定している。だが、だからと言って現状に甘んじているわけにはいかない。
私の店は個人経営の小さなものなので、何かあるとまともにその影響を受け、一気に経営が傾く恐れがあった。
常に最良を目指し、努力し続けなければいけないのだ。
というわけで、貴重な休みの日を潰して、新薬開発に頭を悩ませているのだが……。
先ほどから、店の外に誰かの気配を感じる。
窓からそっと伺うと、案の定――見知った顔が店の前をウロチョロしていた。
「……はぁ」
思わずため息が漏れるが、仕方ないだろう。
私は眉間に手をやり、しわを伸ばす。それから無理やり顔に笑顔を張り付けて、表へ出た。
「ジャンヌッ!!」
背の高い赤髪の青年、レオンは満面の笑みでバッと手を広げた。だが、私はそれに気づかないふりをしてお辞儀をする。
そもそも私と彼は元同級生だが、抱擁を交わすような間柄ではない。
こちらは平民。あちらはこの街を治める領主のご子息――つまり、貴族サマだ。その身分には天と地ほどの差がある。
「申し訳ありませんが、レオン様。本日、当店はお休みでして」
「ああ、分かっている。でも、店の中に君の気配がしたものだから。気になってしまって」
「そうでしたか。一瞬、不審者かと思い、騎士団に通報してしまいそうになりました」
「ハハハ。ジャンヌは面白いことを言うなぁ。そこのトップは俺だよ」
そう、この男。なんと騎士団長という肩書を持っているのだ。
こんな不審者が騎士団の頂点なんて世も末である。
「私には仕事がありますので。本日はこれで。またのご来店をお待ちしております」
別に待ってはいないけれど、一応の礼儀としてそう言う。扉を閉めようとする私を見て、レオンは慌てた様子で引き留めてきた。
「仕事って……今日は休みだろう?俺も君に合わせて――じゃなくて、俺も偶然休暇なんだ。二人でどこかに行かないか?」
そう言えば、今日のレオンはいつもの軽鎧を身に着けていない。あれにはこの領地のシンボルである竜が装飾されていて、彼が騎士団の一員であることの証明になっていた。
その鎧を装備していないということは、今はレオンにとって完全にプライベートな時間なのだろう。
「店は休みでも、やるべき事はたくさんあるんです。貧乏暇なしというやつですよ」
だから、とっとと店の前から居なくなってくれ。
私はそう念じるが、どうやら目の前の男には届かなかったみたいだ。
*
結局、レオンに店の中へ上がりこまれてしまった。
「仕事の邪魔は絶対しないからっ!君の仕事風景が見たい!!」
何とも強引に押し切られたのである。
これならご近所の目など気にせず、レオンを締め出したままにしておけば良かった。どうしてわざわざ声なんて掛けてしまったのだろう。
自らの浅慮な行動を私は後悔する。
くそぅ。相手が貴族じゃなければ、叩き出してやるのに……。
奥の部屋から椅子を引っ張り出し、カウンターの前に置いた。そこにレオンを座らせて、次はお茶の用意をする。
「粗茶ですが」
「ありがとう。でも、俺のことは気にしないでくれ。君は君の仕事をしてくれれば良い」
本人がそう言うのだから、これ以上相手をしなくても良いだろう。それで、レオンなどいないように、私はまた新商品開発のための作業に戻ることにした。
ちょうどカウンターを挟む形で、私はレオンと向かい合って座る。
私は黙々とペンを走らせ、新商品になりそうなアイディアを書き連ねていった。
「……」
「……」
見られている。めちゃくちゃ見られている。
レオンのことなど完全に無視して作業をしていたのだが、あまりに彼の視線がうるさいので、私はたまらず顔を上げた。
こうもジッと凝視されては落ち着かない。
彼の琥珀色の目と合う。たちまち、レオンが笑顔になった。
「……何か御用でしょうか?」
「何を書いているか、聞いてもいいかい?」
レオンは私のノートを指して言う。
それで私は、新商品の開発について考えているのだと話した。
「この店は品ぞろえも十分だと思うけれど?」
確かに、小さな店ながら回復系から日用品、美容系の魔法薬まで一通りそろえてある。ただ、それだけでは競合店との差別化が難しい。
「店の看板になるような新商品が欲しいんですよ。それで売り上げを増やしたいんです」
「……さっきも貧乏って言っていたけれど、もしかして店の経営が危ういのかい?」
心配そうにレオンはこちらを伺ってきた。
「それなら、この店にある商品を全て俺が――、いや。何でもない」
言いかけて、慌ててレオンは口をつむぐ。
おそらく、以前同じことを言って、私が怒ったのを覚えているのだろう。
この店のものを全て買って、売り上げに貢献してやるというのは――あくまでレオンの好意だと私も分かっていた。
店の魔法薬には高価な品もあるが、彼の実家であるクローヴィス侯爵家の財力なら全く問題ないだろう。
問題は、彼の言葉が私の仕事を侮辱していることだ。
こんな小さな店だが、私は魔導士として誇りをもって魔法薬を全て自らの手で作っている。私の商品は必要としている人の手に渡って、使ってもらいたい。
それを欲しくもないのに、ご機嫌取りのために買われるのは腹立たしかった。
まるで、私の仕事など価値がない――そう言われているような気さえする。
「今のところ店の経営は問題ないですよ」
私がそう言うと、レオンはホッとした顔になった。
「ただ、こんな小さな店ですし、常に努力はしなければいけません」
「君は昔から努力家だったものね」
努力家なのはレオンも同じだ。彼と学生時代を共にした私はよく知っている。
ただし、彼にはその上に『天才』の二文字がつく。
私にはなかった才能だった。
「俺にできることなら何でも協力するから」
協力――と聞いて、私は「あっ」とひらめいた。
どうせレオンの相手をしなければならないのなら、彼から何か商品開発のヒントをもらえないだろうか。
庶民ではない貴族からの意見は、案外使えるかもしれない。
「参考までにお聞きしたいのですが」
「君が?俺に?何だい!?」
「レオン様なら、どういう魔法薬が欲しいですか?」
「俺が欲しいもの…」
「既存のものでなくても良いです。あったらいいなぁ~と思うものとか」
レオンはう~んう~んと、しばらく考え込んだ。それから、ふと何か思い当たったような顔をする。ただ、それを口に出すのは
どうでもいい話だが、大の男がもじもじしている姿というのは、あまり良い絵面ではない。
「ほ……惚れ薬、とか」
おずおずと言い出したレオンに、私はこれでもかと冷たい視線を投げかけた。レオンの発想は、まるで思春期の男の子のソレだ。
途端に、彼は慌てふためいて
「――なんて、そんなモノは邪道だよなっ!好きな人は自分の力で振り向かせなきゃっ!!」
そう、弁解する。
私はジトリと彼を見つめた。
レオンと私には貴族と平民という身分差がある。
実際問題、貴族という権力を行使すれば、レオンは私などどうとでもできる立場なのだ。
ただ今のところ、レオンがそういった権力を振りかざす様子はない。彼はそういう卑怯な手は使わないだろう――そう思う。
それでも万が一、彼に惚れ薬なんてものを使われたら一大事だ。少しけん制しておいた方がいいだろうかと、私はそう考えた。
「レオン様。世間でいわゆる『惚れ薬』と言われている物は、二種類に大別されます」
「に、二種類?」
「精神に作用するものと性欲に作用するもの。前者は、そもそも作製方法が難しく、法律でも厳しく取り締まられているため、ほとんど出回っていません」
「えっ、そうなのか?」
「だって、人の好き嫌いを自由にできる薬ですよ?そんなの、洗脳や記憶の改ざん……犯罪の温床じゃないですか」
「それもそうか」
「――で、後者の性欲を高めるものですが、こちらは気持ちの
「……」
ポッとレオンが顔を赤らめる。
なぜ二十歳の男が乙女のように恥じらうのか――ちょっと不気味だった。
「こっちは歓楽街などでたまに見かけますね。もっとも……」
「うん?」
「私なら……こんなモノを使われたと知った日には……相手の男をキュッとしたい、そう思いますが」
私が手で何かを絞めるような仕草をすると、レオンの表情が強張った。
このまま会話を続けるのはマズいと思ったのか、レオンは急な話題転換をし始める。
「そう言えば、わざわざ洗濯してくれてありがとう」
そう言って、自らの上着を指す。
私は「何のことだ?」と一瞬思い、それから「あっ」と思い出した。
以前、デボラ伯爵令嬢の一件で、私が暴漢に襲われた後の話だ。
私はブラウスを破かれてしまい下着が丸見えの状態だったので、気を利かせたレオンが自分の上着を貸してくれたのである。
もちろん、丁寧に洗ってすぐに返したのだが――そのことを言っているのだろう。
「でも洗ってくれなくても良かったのに。むしろ洗わない方が…」
「何か?」
「いや、何も」
何やら変態くさい発言が聞こえたような気がして、問い返せば、レオンはふるふると首を横に振った。
あの暴漢事件の後、レオンが手をまわしたのか、デボラはすぐにこのクローヴィス侯爵領から出て行ったらしい。
その後も何かあるかもしれないと、私は警戒していたのだが、ソレきり音沙汰はなかった。
どうもデボラは、レオンのことは本当に諦めてしまったようである。しつこそうな女性だと思っていたから、私としては意外だった。
そのとき、私はふと思いつき手のひらを打った。
「あっ、暴漢対策の魔法薬とかいいかもしれません」
このオルレアの街は比較的治安が良いが、それでも強姦やその他の性犯罪はあった。
こういう事件で腹立たしいのは、被害者が泣き寝入りしかねないことだ。嫁入り前の娘ならなおさら、醜聞を恐れて被害を訴えない可能性がある。
被害者は何も悪くないのに怯え、加害者が罪にも問われず、のうのうとしているのは実に腹立たしい。この世の不条理だ。
それを未然に防げる魔法薬があれば、とても素晴らしいことだろう。
必要なのは、魔法が使えない非力な女性でも自分の身を守れるような、護身用の魔法薬。
「目つぶしとか……いいかもしれない。光で目をくらませるか。それとも催涙系で?あまり殺傷力の高いものだと法律に引っかかるだろうし……」
ぶつぶつと私は
個人の意見で言えば、女性を襲うような最低野郎はどうなっても構わない。
何なら、そんな輩のイチモツが腐り落ちるような呪いの薬を作りたいが――さすがに、私にはハードルが高そうだった。
「ジャンヌ?君、何か恐ろしいことを考えていないかい?」
なぜか、少し怯えた眼で聞いてくるレオン。
その言葉を聞き流しながら、私は護身用魔法薬について考え始めた。
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