第4話 嫉妬と劣等感

 いつものごとくレオンが店に居座り、営業妨害をしていたところで、急に扉が開いた。

 入って来たのは赤毛の女性――私の幼馴染のアニーだ。

 彼女はレオンの存在に気付くと、ハッと表情を変える。


「ごめんなさい。お邪魔だよね。ジャンヌ、後で出直すから」

「アニー!気にしなくていいから。お祖母ちゃんのことで相談でしょう?」


 そのまま身をひるがえそうとするアニーを引き留めつつ、私はレオンに声を掛けた。


「申し訳ございませんが、そういうことですので……」

 早く帰ってくれ――という気持ちを暗に示す。

 すると、レオンは嫌な顔一つせずに、

「分かった。また来るよ」

 片手を振って、店から出て行った。



 店内に私とアニーの二人だけになって、私は息をつく。これで気兼ねなくアニーの相談に乗れるだろう。


「それでお祖母ちゃんの様子はどう?」


 アニーには近所で一人暮らしをしている祖母がいる。

 歳のわりに元気な方なのだが、少し腰が悪い。最近、その腰痛がひどくなったと聞き、私はいくつか魔法薬を薦めていた。


「あ、えっと……」

 アニーはしばらく扉の方を見て戸惑っていたが、私にうながされてお祖母ちゃんの様子について説明し始めた。


「ジャンヌに薦めてもらった中でも、特に『塗る』タイプのやつがよく効いたみたい」

「ああ。軟膏のやつね」

「それでアレをもう少し売って欲しいんだけれど……」

「もちろん。在庫はあるから大丈夫。すぐ用意するね」


 私がアニーの祖母のための薬を準備していると、アニーが「ねぇ」と話しかけてきた。


は酷いんじゃないかしら」

 少し言い辛そうに言う。

って?」

「分かっているでしょう?レオン様のことよ。あんな風に追い返してしまって良かったの?」

 アニーの指摘に私は首をひねる。

「丁寧にお願いしたつもりだったけれど?」

「言葉の上では、ね。でも、あなたの目は『出て行け』って言ってたわよ」


 まぁ、事実。そう思っていたのだから仕方ない。

 今日もレオンはここに世間話をしに来ただけ。私はずっと、彼の無駄話に付き合わされていたのだ。まったく、営業妨害もはなはだしい。


「前から思っていたけれど、ジャンヌ。あなた、ちょっとレオン様に冷たくない?」

「そう?」

「そうよ。あの方のどこが嫌なの?平民の私たちにも優しく親切で、気さくで。中々あんな貴族いないわよ?騎士団長としても優秀らしいし…」


 アニーの言いたいことは分かる。

 確かに、レオンはだ。貴族には、平民を同じ人間だと思っていないやからもいる。そんな中、レオンはかなりの人格者だろう。


「おまけにカッコイイじゃない!あんな人に見初められるなんて、女冥利おんなみょうりに尽きるじゃない?しかも玉の輿に乗れるわよ」

「私、結婚には興味ないから」


 結婚どころか、恋愛にもまるで興味がない。

 誰かを好きになったことはないし、おそらく、これからも好きになることはないだろう。


「あ~。そう言えば、そうだったわね。でも、結婚もいいものよ?」

 ちなみにアニーは既婚者で、夫婦仲はかなり良い。

「まぁ、あんな父親を持てば、結婚に幻滅してしまうのも分かるけど……」

「別に結婚そのものを否定しようとは思わないよ。ただ、私に向いていないだけ――はい」


 私は木箱に入った薬をアニーに手渡した。

 

「結婚はともかく、もう少しレオン様に優しくしてあげれば?可哀想よ」

「気のない相手に優しくして、期待させる方が可哀想だと思うけれど」

「たしかに、それも一つの考え方かもしれないけれど……」

「……ってゴメン。これは言い訳」

「言い訳?」


 アニーは不思議そうな顔をした。


「結局のところ、私の中にあるのは『嫉妬』と『劣等感コンプレックス』かもしれない」

「え?ジャンヌがレオン様に?」

「神童なんてもてはやされていたけれども、結局私は宮廷魔導士になれなかった。私は凡人にすぎなかった。一方で、レオン様は本当の天才」

「ジャンヌ……」

「どちらも王都から故郷に帰って来たけれど、その事情は全然違う。私は夢破れて故郷ここに逃げ帰った。一方、彼は王都で騎士団長になれる未来があったのに、自らソレを蹴って帰ってきた」


 言葉にして表すと、なおさらよく分かった。

 そう、私はレオンの魔法の才能に嫉妬し、成功した彼に劣等感コンプレックスを抱いているのだ。

 笑えないのは、レオンが一切悪くないという所。全て私の気持ちの問題だということだ。


 四大元素を基本とする精霊魔法、味方の傷を癒したり能力を高めたりする白魔法、逆に敵の能力を下げる黒魔法、敵に幻を見せる幻想魔法、時間や空間を操る時空間魔法――その他にも魔法には数多あまたの種類がある。

 そして、魔法の才能というのは、個人の魔力保有量と各魔法への適性に大きく依存するのだ。


 レオンの場合、彼は並外れた魔力量と精霊魔法への優れた適正を持っていた。

一方、私はというと……レオンに比べれば数段魔力量が少なく、魔法への適性も突出したものがない。

 よく言えば万能、悪く言えば器用貧乏なタイプで、どの魔法分野でも一流にはなれなかった。


 それでも、魔法薬学の分野なら何とかなるかも……そう思って足掻あがいてみたのだが、結局そこでもしてしまい、宮廷魔導士への道は閉ざされてしまったのだ。


「そっか……。ジャンヌは頑張っていたもんね。悔しいって気持ちは分かるよ。いつか、気持ちが切り替えられればいいけれど……」

「そうだねぇ」


 アニーは悲しそうに言い、私は力なく笑う。

 本当にそうできれば、どんなに良いか。そう思いながら。


 私のレオンへの嫉妬や劣等感は、宮廷魔導士という叶えられなかった夢への心残りに起因するのだろう。

 努力ではどうにもならないことなんて世の中にいくらでもあるし、夢に破れた人間なんて山のようにいる。それなのに、叶わなかったことをいつまでも引きずって、囚われているなんてナンセンスだ。

 今の生活に不満を抱いているわけではない。私はこの店もオルレアの街も好きだし、気に入っている。

 今の生活を大切にしなければならない――そう思う、分かっている。

 そう分かってはいるのだけれど……。


「はぁ」

 私はため息を吐いた。


 いつか、この泥のような気持ちを吹っ切られる日が来るだろうか。

 そうすればレオンにも、もう少しマシな態度をとれるかもしれない――そんなことをぼんやりと思った。




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