第7話

 うっそうとしたジャングル。静かである。ときおりどこからともなく聞こえてくるのは、この星の支配者の鳴き声。暑い、とにかく暑い。そんな中、道なき道を汗だく

で歩いている一人の女性。木々の枝をかき分け小さな水溜りを飛び越え、時に中腰の姿勢で進む。

 第七惑星調査隊・科学調査班、カナリーである。今日の早朝、こっそりと基地内テントを抜け出したのだ。今回の騒動の張本人である。


 (帝王ちゃん、三本角ちゃん、ヨロイちゃん、ツバサちゃん、クビナガちゃん、みんな滅びるなんて……信じられない。悲しすぎる、切なすぎる、受け入れられない……ゼッタイに……)。


 カナリーはどうしてもやりたいことがあった。超巨大隕石の衝突による大災害。大津波に森林大火災、そして太陽光が遮断された暗黒の世界。この星に起こる悲劇は何度もシミュレーションで確認していた。しかし科学者の端くれとして自分の目でその修羅場を見たかったのだ。

 無謀なのは承知の上の行動である。調査隊に迷惑をかけることもわかりきっていた。おそらく今ごろは捜索隊が編成されて……。


「アイビス主任、ごめんなさい。勝手な行動をお許しください」

 カナリーは心の中で手を合わせた。それともう一人、秘かに想いを寄せていた相手。管理センターのアウルである。おそらく彼も捜索隊に加わっていることだろう。

「さようならアウル。楽しかったです」

 カナリーは改めて覚悟を決めた。


「間もなくカイパーベルトを抜けて太陽系エリアに入ります。もうすぐですよ船長」

「ああ、首を長くして待っていることだろうよ。可住環境Aクラスからの途中撤収は不本意だろうがな」

「第七惑星調査隊は優秀な人材が多いそうですね。帰還してもすぐ次があると思いますが」

「ハハハ、またこの輸送船の出番だな。人使いが荒いよまったく」

「船長、またそういうことを言って。仕事をしてください仕事を」

「分かった、分かった、さて定時連絡だ。亜空間通信回路を開け、現在異常なし!」


「誰からもカナリー君発見の知らせはないのか。アイビス主任、そろそろ限界だな。残念だが……」

「ま、待ってください! 統括調査官、もう少しもう少し時間をください!」

「しかしそろそろ時間切れのようだ。これ以上隊員達を危険にさらす訳にはいかんよ。宇宙ステーション側のスケジュールも考えると……」

「そ、そんなあんまりです! それならわたしがスワロウさんに掛け合います!」

「まあまあアイビス主任、落ち着きたまえ。ホーク統括調査官、どうでしょうもう少し様子を見ては?」

 激昂するアイビスをなだめたのはイーグル所長である。アイビスは黙って下を向いた。ホークも仕方なくうなずく。しかし現実は厳しい状況にあった。最終撤収のタイムリミットは刻々と近づいている。宇宙ステーションもヤキモキしていることだろう。間もなく帰還用輸送船が到着する予定である。いつまでもグズグズしているわけにはいかないのだ。


「どうやらこのエリアにはいないようですね」

 アウルの問いかけにグラウスが応える

「そのようですね。ほんとにどこに行っちゃたんですかねえ」

「それが分かれば苦労しませんよ」

「でもアウルさん、カナリーとは親しかったんでしょ? 何か心当たりはないんですか?」

「ば、ばかなことを言わないでくださいグラウスさん。とにかく時間がない、もう少し捜索しましょう」

「はいはい、しょうがないですね、まったく」

 二人の担当エリアにカナリーの姿はなかった。アウルもカナリーを憎からず思っていたので内心非常に焦っていた。このままでは本当にカナリーを残して最終撤収となってしまう。アウルはそれだけは何としても避けたかった。


「宇宙暦0501、1959。帰還用輸送船の到着予定だ。到着次第ドッキングするぞ、ピジョン準備はどうだ?」

 宇宙ステーションのスワロウが管理AIピジョンに質問した。

「準備は進めています。すべて順調ですが、地上のスタッフの転送を急ぐ必要があります」

「うーん、分かってはいるんだが。カナリーがまだ見つかっていないようなんだ」

「それは心配ですね。なぜ彼女はいなくなったのでしょうか?」

「さあな、おれが知るわけないだろ」

 スワロウとピジョンの会話に科学調査班のクレインが割って入った。

「ほんとに迷惑! 早いとこ捜索を切り上げて引き揚げればいいのに!」

 クレインは捜索隊には加わらず宇宙ステーションに残っていたのだ。

「おいおいクレイン、君も科学調査班だろ。心配じゃないのかい?」

「ふん、なんでわたしが? あの子にはさんざん手を焼いたんだから!」

 クレインの剣幕に、スワロウは思わず肩をすくめた。


 さて、クロウとストークのコンビである。彼らもカナリー発見に至っていない。ただストークには何か考えがあるようだった。

「ねえクロウ、彼女このエリアにはいないと思う。わたしに任せてくれない?」

「ふむふむ、やっとその気になったか。よしストークついていくぜ。それで、どこのエリアだ? 時間がない急ぐぞ」

 クロウはニヤリと笑ってストークをうながした。


 辺境太陽系内を進む帰還用輸送船。その輸送船の背後から接近する巨大な光。

「船長! 後方より未確認飛行物体! メインモニター画面にチェンジします!」

「な、なんだあれは! このままではぶつかってくるぞ!」

「回避不能! 防御スクリーンコントロール不能! 逃げ切れません!」

「ダメだぶつかるぞ! 総員身体防護!」

 帰還用輸送船は正体不明の光に包まれた。


 辺境太陽系第三惑星、恐竜の楽園。超巨大隕石衝突まであと5自転。











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