第2話

 ファルコンはAIが作成したディスプレイ上の業務日報をチェックしていた。前日の作業の開始・終了時刻、作業内容の詳細、特記事項。その他定時の業務内容、異常の有無、伝達事項。それらを確認し必要に応じてイーグル所長に報告し指示を仰ぐ。

 ファルコンの朝のルーティンワークである。ただし大きく変わったのは、その内容がすべてこの惑星からの撤収に関連する業務になったことだ。


「主任、昨日は何もありませんでしたよ。今のところすべて順調です」

 声をかけてきたのはアウルだ。鮮やかな銀色の短髪に青い瞳、まだ若いがなかなか優秀な男だ。ファルコンは信頼して仕事をまかせている。

「そのようだな。ん? 待てよ何だこの侵入警報記録は?」

「ああそれですか、例によって有翼タイプが紛れ込んできての発報です。セキュリティシステムの発動ですぐにエリア外に出ました。それにしても最近多いですね」

「そうか、それならいいんだが、要注意だな」 


 確かに最近有翼タイプの爬虫類(後世でいう翼竜)の基地エリア内侵入が増えているようだ。ファルコンにも原因は分からない。空中センサーの誤作動も考えられないこともないが、もう少し様子を見る必要があるようだ。


 ファルコンの心境は複雑だった。最終調査が中止になり帰還すれば恋人のシグネットや友人のラークに会える。しかし可住環境Aクラス評価の惑星の調査をまっとうしたかったのも事実である。巨大隕石接近のアクシデントさえなければ……。これは調査隊全員の思いだろう。有人最終調査はこの惑星の1公転、365自転の期間実施される予定だった。ちょうど調査開始から半公転過ぎたところでの中止である。

 やりきれない思いはあったが、割り切って撤収作業を進めようと、ファルコンは自分に言い聞かせた。


 ファルコンは一息入れようと室外に出た。深呼吸して「今日も暑いな」と空を見上げる。雲一つない晴天である。いずれこの空に巨大隕石が姿を現すことになるのだ。

「ファルコン主任、ダメですよサボってちゃ」

 声をかけてきたのは科学調査班のカナリーだった。小柄でやせ型だが声は甲高い。

「やあカナリー、仕事ははかどってるかい? アイビス主任を困らせてないか?」

「ひ、ひどい、ちゃんとやってますよ! せっかく集めたデータやサンプルを破棄する辛さ! まったくもう!」

 ファルコンがからかうと、カナリーはムキになってまくし立てた。

「まあまあ、そう言うな。いったん引き上げてまた別の星で……」

「そんな……わたし初めての最終調査だったのに……」

 一転してしょんぼりと肩を落とすカナリー。ファルコンは少しあわてた。

「そ、そうだったな。こんな事になるとはなあ……まあそう落ち込まずに頭を切り替えることだな。さてサボってないで仕事に戻るとするか」

「……ファルコン主任……ごめんなさい」


 カナリーと別れてファルコンが管理センターに戻ろうとすると、今度はアイビスに出会った。

「あら、ファルコン主任、カナリーを見なかったかしら」

 どうやらカナリーを探しているようだ。

「ああ、彼女だったらさっき外にいましたよ。どうかしましたか?」

「いえ、なんでもないです。彼女何か言ってました?」

 真面目なアイビスは真剣だった。

「ええ、まあちょっと落ち込んでましたけどね」

「やっぱり……あのコ……思い詰めるタイプだから」

「まあ、初めて最終調査に参加して張り切ってましたからねえ。気持ちの切り替えが大変かもしれませんよ」

「そんな……わたしだって……わたしだって……」

 今度はアイビスの番か。ファルコンは肩をすくめた。触らぬ神に祟りなしだ。ファルコンは一礼して管理センターに戻った。


 ファルコンはデスクに座りタイムスケジュールを確認した。こうしている間にも巨大隕石は着々と接近中である。軌道がそれる可能性はゼロだ。カナリーやアイビスの気持ちは理解できるが、こればかりはどうにもならない。

「定時巡回、出発します」クロウの声がした。

「おう、お疲れさん。くれぐれも肉食タイプには気をつけてくれ。万が一侵入しているとやっかいだ」

「了解です!」

 ファルコンの指示にクロウが応えセンターを出ていった。ただ、基地内のセキュリティシステムにより肉食タイプの侵入はあり得ないはずだ。もちろん草食タイプもである。

 この惑星の生態系の頂点に立つ爬虫類属。凶暴な肉食タイプ、さまざまな防御力を備えた草食タイプ、空を支配する有翼タイプ、海の王者水中タイプ。進化の多様性を極め繁栄を謳歌している。最新の研究により、かなりの長期間この惑星に君臨していることが分かっている。ただ最近は少しずつ衰退しているらしいが、もし巨大隕石の接近がなければいずれ彼らと共存することになっただろう。


「管理センター、管理センター、巡回クロウです! どうぞ!」

 突然管理センターにクロウから緊迫した声の無線連絡が入った。

「こちら管理センター、クロウどうした?」

 セキュリティモニターを監視中のアウルが応答する。

「現在地エリア4D、異常発見! 草食タイプと肉食タイプの死体あり。えー、これはバトルの末の相討ちではないようだ。至急確認してもらいたい」

「管理センター了解。クロウ、状況の画像を送れるか?」

 アウルが冷静に指示をする。

「クロウ了解、すぐに送る。よく見てくれ」

 クロウの送ってきた画像が管理センターのメインスクリーンに映し出された。センター要員全員が注目する。それは確かに異様な光景だった。二頭の爬虫類の死体。報告通り草食タイプと肉食タイプである。大型で三本の角を持つがおとなしい草食タイプと、鋭い牙が武器の獰猛な肉食タイプ。一見生き残りをかけたバトルの末の相討ちに見える。

 しかしよく見ると二頭とも内臓がきれいに削り取られている。鋭利な刃物で処理されたかのようだ。しかも血液の流れた形跡がない。何者かが血も流さず二頭の内臓をえぐり取ったのだ。画像で見る限りこのような状況は自然界では起こりえない。


「管理センターよりクロウへ、現状保存しその場で待機。ただちに確認に向かう」

「アウル、アイビス主任とホーク統括調査官に連絡してくれ」

 ファルコンはクロウとアウルに命じ、出動の準備にとりかかった。やれやれ今日も暑い一日になりそうだ。



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