白亜の悲劇
船越麻央
第1話
約6600万年前。ある太陽系の第三惑星は、後世恐竜と呼ばれる巨大爬虫類の楽園であった。その日もいつもと変わらぬよく晴れた朝をむかえていた。今日もゆるやかに時間が過ぎていく……はずだった。
しかし彼らの命運は尽きていた。
彼らが空を見上げると、超巨大な赤い火の玉がゆっくりと落下していた。彼らの見た最後の青空……。彼らにはもはや未来は無かった。なすすべもなく破滅の道を歩むしかなかったのである……。
銀河系辺境の太陽系第三惑星の、いわゆる白亜紀が終焉を迎えようとしていた。
「何事だっ!」
管理センター内に鳴り響くアラーム音。クロウはあわててモニターを確認する。当直相棒のアウルも飛んできた。
「やれやれ監視衛星の発報だな。なんて珍しい……ななな、なんだこれは!」
音響を停止させて絶句するクロウ。アウルもモニターをのぞきこみ叫んだ。
「まじか! まずいぞクロウ! 所長に至急報告だ! おい所長はどこに行った⁉」
アウルの剣幕にセンター内の他のスタッフも事態の深刻さを感じとったようだ。発報したモニター前に集まってきた。そして皆青くなった。
「イーグル所長に連絡! 電気制御室にいるはずだ! 急げ!」
誰かが叫んだ。監視衛星は宇宙からの巨大隕石接近信号を地上に送っていた……。
「何事かね? そんなにあわてて」
宇宙開発機構・惑星調査局局長が部下に質問していた。
「これから大事な会議があるんだ。手短に頼むよ」
「ははっ。第七惑星調査隊より報告です。現在最終調査中の惑星に大型の隕石が接近中、衝突は不可避、撤収の許可を申請してきました」
「なんだと! それを早く言いたまえ。ただちに許可する! すぐにわたしに許可申請書をまわしてくれ。それで当該惑星はどこだ」
「えーとですね、辺境太陽系第三惑星です。可住環境はAクラス評価だったんですが、残念ながら……」
「仕方あるまい、至急輸送船の手配をしたまえ。第七惑星調査隊か。ホーク統括調査官が隊長だったな。イーグル所長もいるはずだ。しかし巨大隕石とはな。撤収作業を急ぐよう指示すること、よろしく頼む」
「かしこまりました。手配いたします」
局長室を後にしたラークは自分のデスクに急いだ。これから忙しくなるのは目に見えていた。局長への撤収申請書に添付する報告書作成に、撤収指示書作成、輸送船の手配と費用の見積もり、監視衛星の解体回収手配エトセトラ。すべてAIで対応できるのだが、最終チェックはラークの仕事である。
ラークがデスクに戻ると、局員のシグネットが心配そうな顔で出迎えた。
「大丈夫だ、局長はすぐに撤収を許可するそうだ。まあ少し忙しくなるが」
「そうですか。主任お疲れ様です」
シグネットはやけに事務的な態度である。ラークには心当たりがあった。
「そう言えば第七惑星調査隊にはファルコンがいたなあ。撤収して戻って来るよ。良かったな」
「しゅ、主任、何を言ってるんですか! 仕事してください仕事っ」
案の定シグネットは真っ赤になりムキになって叫んだ。ラークは苦笑して仕事にとりかかった。
「……といことで、残念ながら最終調査は中止。ただちに撤収作業に入る。隕石衝突まで約30自転あるが準備を急いでくれ。規定通り調査データはすべて破棄、サンプル等もすべて処分すること。緊急退避シャトルと非常用宇宙ステーションの整備が最重要だな。帰還用輸送船は惑星調査局で手配済、到着予定は後日連絡が来る。皆、苦労をかけるがよろしく頼む。何か質問は?」
ホーク統括調査官は、言葉を切って会議室を見回した。調査隊の各部署の責任者クラスが集められている。
「質問があります」
口火をきったのは科学調査班のアイビスだった。
「巨大隕石衝突の件は分かりました。ただ、その、完全撤収ではなく一時避難した後時期をみて調査再開というわけにはいかないんですか?」
「うむ、では管理センターのイーグル所長詳細を説明してくれ」
ホーク統括調査官にうながされてイーグル所長が口を開いた。
「今回の隕石は、その巨大さゆえこの惑星に甚大な被害をもたらす可能性があります。シミュレーションの結果、最悪70パーセント以上の生物種が絶滅して生態系が激変することに。現在繁栄している大型爬虫類も恐らく……」
「絶滅ですか……」
アイビスが力なくつぶやき、肩を落とした。会議室は重苦しい空気に包まれた。
「さらに場合によっては数公転の間、太陽光が遮断され植物相に深刻な影響を及ぼす懸念があります。とても一時避難というわけにはいきませんな」
「残念だが完全撤収するほかない。だがこの惑星には未来がある。宇宙開発機構が引き続き監視するはずだ。再度の最終調査を期待することにしようではないか」
ホーク統括調査官のダメ押しの一言で会議は終了した。
呼吸可能な大気、温暖な気候、生命のあふれる海と陸。巨大爬虫類の君臨する惑星。辺境太陽系第三惑星である。灼熱地獄の第二惑星、極寒の第四惑星にくらべハビタブルゾーンに位置している。生命の存在が確認されて以来、無人探査システムによる基礎調査を経てようやく有人最終調査が開始された矢先の事態である。
宇宙開発法により、植民地化以前の過度な環境干渉は厳禁されていた。たとえ巨大隕石の衝突が予測されても対処は不可能、調査隊は撤収するのがルールであった。
第七惑星調査隊は不本意ながら撤収作業を開始したのである。
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