謀略は回り、勇者は眠る。
夕飯も終わり、部屋に帰ると……結界に侵入された痕跡が残されていた。
「熱心だな」
本気で張った結界では無いが、あの四人が突破できていなかったところを見るに、門人試合という環境ではレベルの高い結界だった筈だ。
それも、飯の時間を使って結界に干渉していたとなると、その熱心さには恐れ入る。
「やりたい放題か」
部屋の中には無数の術が仕掛けられており、足を一歩踏み入れると、体内の霊力に干渉され、術の構築を阻害しようとしているのが分かった。更に、四方八方から霊力の線が伸びて俺の体に絡み付こうとする。
「図々しい奴だな」
俺は無数の線を回避し、指先に霊力を流して斬っていく。これだけ大胆に仕掛けて来るのは、アイツらが処罰されなかったことから、俺に手を出しても罰を食らうことは無いと判断したんだろう。
とは言え、術は割と洗練されている。少なくとも、あの四人組じゃないな。しかし、この霊力……
「ガガガッ」
「っと」
棚の上に潜んでいた、白い甲冑を着た人形サイズの式神が飛び掛かって来た。俺はそれを霊力を纏った素手で掴み、中身を解析しようと目を細める。
「ッ」
瞬間、その式神は白い霊力の爆発を引き起こして消えた。俺は咄嗟に霊力で式神を覆い、部屋が傷付かないようにしたが……その間に、部屋中に仕掛けられていた術も全て消え去っていた。
「……威力偵察か」
流石に、ここで俺を戦闘不能にする気では無かったらしい。あの霊力の線も、触れればそれを解析する的な奴だった。
「誰かは気になるが……」
そこそこの実力を持ってる奴ってことは間違いないだろう。本気を出せば痕跡を探ることも出来るとは思うが……別に、大してやる意味も無いだろう。
「後は、風呂くらいか」
あと数十分もすれば風呂の時間になるが、飽くまで全体行動では無く、決められた時間内に入りたければ入れってだけだ。
「風呂は……まぁ、良いか」
術を使えば体を清潔にするのは容易いことだ。温泉に入りたい気持ちも無かった訳では無いが、それ以上に子供の多い風呂に混ざって入るのは気が引ける。
(寝よう)
結界を強化しておこうかとも思ったが、別に入られても何も無いからな。もう寝るだけだから、放置で良いだろう。
♦
風呂の時間、集まっていた門弟達はある男について話していた。
「つまり、奴は元特殊狩猟者で実戦経験豊富な強敵ということか」
「うむ。しかも、四人がかりでも解除が難しい結界を構築できるということは、陰陽道にも優れているということになる」
「だが、話では陰陽師の生まれではないらしい」
「せめて式符を奪うことが出来ればな……」
「それも部屋に侵入できなければ難しかろうて」
温泉の隅で話し合っている男達は、全員が成人している大人の門弟だ。老日に手を出したあの四人組は混ざっていない。
大人としてのプライドがある彼らは、既に何度も門人試合を経験しており、互いに新手を蹴落とすという共通の目的を持った友好関係を築いている。
「こんにちは、皆さん」
男達の前にやって来た男……陽能は、軽い調子で手を上げた。
「なんだ、貴様」
「文辻か……こいつも」
「いま我らは話している途中だ。向こうに行け」
「そうだ。盗み聞けば容赦はせんぞ」
陽能は穏やかに微笑み、体を覆うタオルを抑えたまま温泉に足を踏み入れ、男達に近付いて行く。
「おい、貴様……」
「まぁまぁ、どうか落ち着いて下さい。実は、話し声が少し聞こえてしまいまして……老日勇の情報が欲しいんですよね?」
陽能の言葉に、男達は黙りこくり、互いに視線を見合わせた。
「……そうだ。まさか、貴様が何か知っているとでも言うつもりか?」
「えぇ、そのまさかなんですが……教えて差し上げましょうか?」
陽能の言葉に、男達は唸る。
「何を求めている」
「別に対価なんて無くとも良いんですけど……折角なので、一つ頼んでも良いですか?」
ニヤリと笑う陽能に、男達は気味の悪さを感じながらも頷いた。
「言ってみろ」
「内容によっては受けてやらんでもない」
未だに傲慢な物言いをする男達を、陽能は内心で嘲笑する。
「明日の朝食の時間……老日勇が食事を席に持ってきた直後、呼び出すでも何でも良いのでその席から彼を引き離して頂けませんか?」
「まさか、毒でも入れるつもりか?」
陽能はおどけるように「まさか」と笑う。
「少し調子が悪くなることはあるかも知れませんが……それだけでしょう」
「くくッ、お前も悪いなぁ?」
「面白い。受けてやろう」
陽能の頼みを了承した男達は、促すような視線を送る。
「さて、情報ですが……大きく分けて二つです。結界の情報と、老日勇が持っている術についての情報」
「ほう、聞かせろ」
陽能は薄らとした笑みを浮かべて頷く。
「先ず、結界の情報ですが……これは解析した術の構成を書き記した紙があるので、後にそれを渡しましょう」
「アレを解析出来たのか! 奴らが四人かけても無駄だったと聞いたが?」
男達が視線を寄せると、陽能は見下すように笑った。
「少しだけ時間はかかりましたけれど、出来ましたよ。そして、部屋の内側を調べた結果……そこには、何もありませんでした」
「何……?」
全員が驚き、疑念をぶつけるように陽能を睨む。
「式符も、罠も、式神も、一つ足りともありませんでしたよ。一応、荷物はありましたが……何も書かれていない式符用の紙と、着替え程度のものでした」
「そんな訳があるか! 奴の着ている舐めた普段着には式符を隠せなどせん!」
特殊な加工がされた陰陽師の装束なら兎も角、ただの服であれば式符を内側に張りつけたところで、陰陽師相手にその存在を隠し通せはしないだろう。
「えぇ、ですから……それが、老日勇の術に繋がる訳です。彼は間違いなく、空間系の術を操ることが出来ます。そこに式符を収納しているのでしょう」
「常に術の中に式符を収納しているということか……? 何か道具を利用している訳でも無くか?」
「間違いなく、術でしょう」
「ほう……」
言い切った陽能に、感嘆の声が漏れる。
「私から話せる情報はこれだけです」
陽能は立ち上がり、温泉から抜け出した。
「もう上がるのか?」
「えぇ、話していたらのぼせてしまいました。上がりましたら、私の部屋を訪ねて下さい。結界の解析結果をお渡ししますので」
笑って言う陽能は、そのまま頭を下げて去って行った。
「……やはり、奴も警戒すべきだな」
「うむ。老日勇もだが、奴を蹴落とす策も考えておくべきかも知れん」
計略に頭を巡らせる男達を、緑色の蛇のような式神が草に紛れて見ていた。
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