夕食の時間

 歩いてやってきた杏は、トレイを机の上に置くと俺の斜め前の位置に着いた。


「一応、謝っておこうと思ったの」


 椅子を引き、そこに座った杏はそう切り出した。


「何がだ?」


「ふふ、気付いてるんでしょう? 貴方にちょっかいをかけた連中は、私に関わるなと警告したのと同じ奴らよ」


 あぁ……気配はしたが、やっぱり見てたんだな。


「まぁ、気付いては居るが……別に何も気にしちゃいないな。式符のペナルティも、大したことじゃない」


「大物ね」


 杏はそう言うと、皿の上に置いていたスプーンを握った。


「何か、して欲しいことがあればしてあげるけれど?」


「無いし、気にしてないって言っただろ」


 話が終わったので、俺も再びカレーを掬った。


「そう? アイツら、気に食わないでしょう? 私が呪っても良いわ」


「ガキの悪戯に目くじらを立てるつもりは無い。それに、やるなら自分でやる」


 そもそも、あの不正自体、暗黙のルールとは言え大会側から推奨されてることだしな。


「あ、杏ちゃん」


「先に食べてるわよ」


 トレイに料理を乗せてやってきた碧は、俺の正面の席に座った。


「それで……あの人達がペナルティを受けないように頼んだって、どういうことですか」


「個人的事情だ」


 俺はそれだけ答え、わざとらしく視線を碧の斜め後ろに向けて見せた。


「あっ!」


「昨日のこともあって、一緒に飯でも食ってみたいと思ったんだけどさ……なんか、聞いちゃダメな話だった?」


 そこには、食事を持ってきた赤髪……煉治と呼ばれた少年の姿があった。


「いや、別に良いが」


「それなら良かったけど……隣、座って良い?」


 俺は頷き、自分の椅子を少し左にずらした。


「すまん、ありがとな。邪魔するぜ」


「あら、私達には聞かないの?」


 にやりと笑って杏が言うと、煉治はあっと口を開けて気まずそうに頭の後ろに手を当てた。


「ごめん、俺って目の前のもの以外見えなくなるタイプだからさ、なんつーか……わりぃ」


「ふふ、良いわよ」


「私も全然気にしてませんから、大丈夫ですよ!」


 何というか、この微笑ましい子供たちの食事に俺が混ざってるのが居たたまれなくなってきたな。


「それで、アンタと話したいと思ってた理由なんだけどさ……アンタって、何者?」


「煉治さん、目上の人には敬語ですよ……!」


 碧が小声で煉治に伝えようとするが、当然俺にも聞こえている。


「別に良い。同じ門人の立場な訳だしな」


「あ、すまん。俺、どうしても敬語って奴が苦手でさぁ……いっつも怒られんだよなぁ」


 だろうな。陰陽師なんて、特にそう言う礼節に厳しそうだ。


「それで、何者かって質問についてだが……前も言ったように、ハンターだ」


「いや、そりゃ聞いたけど……ハンターだとして、あそこまで高度な結界を張れるなんておかしいだろ。だって、アンタは今回が初出場なんだよな? つまり、陰陽師になったのは半年以内ってことになるから……えーっと、何だ? ……そうだ! だから、あのレベルの結界を作れるのはおかしいって話だっ!」


 まぁ、そうかもな。


「そんな怪しい仮面も付けてるしさ……ぶっちゃけ言って、どっかの高名な陰陽師の子孫だったりとかするんじゃないのか? 隠し子とかさ!」


「そうだとしたら、アンタはデリカシーが無いな」


 もしそうだと考えてるなら、明け透けに聞くようなことじゃない。


「良く言われるな、それ……で、どうなの?」


「残念ながら違うぞ」


 答えると、煉治はえぇと声を上げた。


「違うのかぁ……じゃあ、何!? なんであんな結界使えたの? 才能か!?」


「うるさいわよ」


「煉治さん、食事中にそんな大声出しちゃダメですよ」


 煉治は二人の諫言も聞こえない様子で、俺の目をじっと見ている。


「才能じゃない。努力はしたが、それが全てでも無い」


「んじゃ、なんだよ!」


 何だろうな。


「まぁ、ハンターの経験が生きてるんだろう。俺は、魔術も使える」


「魔術が使えるから、陰陽道も使えるってことか……?」


 平たく言えば、そうだな。俺は軽く頷いた。


「何それ、ズリぃ!」


「煉治さん、ズルくないですよ! そもそも、魔術を練習する努力もしてる訳ですから!」


 魔術を練習する努力か……勿論したが、それでも割とズルはしてるな。


「俺も魔術習いたかったな……」


「別に、習えば良いだろ」


 俺が言うと、煉治は首を振った。


「無理だよ。俺らみたいな家の生まれは、陰陽道以外習えないんだよ」


 煉治の言葉に、碧もこくこくと頷いている。


「そういうもんか。大変だな」


「そうなんだよ! マージで大変なんだぜ! 陰陽道も外じゃ使っちゃいけないとか、一般人のフリしないといけないんだよ! 足速くするくらい良くね!?」


 実際、陰陽師は伝統を重視する余り、慣習に囚われているところがあるのだろう。そういうのも大事なんだろうとは思うが。


「まぁ、頑張れ」


「雑だな!?」


 元気そうだし、別に大丈夫だろう。


「それに、正直言って魔術と陰陽道を両立する意味はそこまで無いぞ」


 どっちも極めるなら意味はあるが、中途半端にやれば意味は無いだろう。


「だったら、何でアンタは陰陽道に足を踏み入れたんだ?」


「まぁ、縁があったからな」


 実際、蘆屋との縁が無ければ陰陽道を習うことにはなっていなかっただろう。


「縁か……蘆屋家に繋がる縁ってのも気になるけどな」


「色々あったんだよ」


 俺が答える気が無いと察したのか、煉治はぶーたれた表情をした。


「私もあの蘆屋さんの弟子にどうやってなったのかは気になります……!」


「男嫌いって話もあるものね」


「色々だ」


 流石に答えられない内容が多過ぎるからな。


「そういや、結局式符が没収されちまったって聞いたんだけど……どうなんだ?」


「あぁ、されたな」


「マジかよ。ちゃんと伝えたんだけどなぁ……」


 やるせなそうに言う煉治に、俺は首を振る。


「別に、気にしなくていい」


「ふーん……確かにアンタは相当強いっぽいけど、それでも俺は負けないからな!」


 そろそろ本格的に飯を食いたかった俺は、無言で頷きだけを返しておいた。

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