忌むべきは
食事の時間が終わり、暫くは自由時間となった俺達はバラバラに席を立ち始めた。次の全体行動は夕食、その次に皆で行動するのは風呂の時間だが、ある程度の時間帯が決まっているだけで、望む者は利用しなくても良いとのことらしい。
「じゃあ、またね。三人共」
手を振り、先に去って行ったのは耶座母だった。今回の行動は俺の調査か、それとも単純に交友を深めに来たか。どっちもかもな。
「何と言うか、不思議な人でしたね」
「そう?」
杏はその歳に似合わないような艶めかしさで手を口に当て、笑みを隠した。
「割と分かりやすいと思うけど」
「そうかな……何ていうか、本心が分からない人だった感じがするけど」
碧は同意を求めるようにこちらを見た。
「まぁ、何か隠してる感じはあったな」
少なくとも、霊力に関してはそれなり……というか、ここに泊まっている殆どの奴を超えていた。俺が見た限りでは、上から四番目の霊力量だ。
「彼、きっと本来ならここに居る筈の無い陰陽師よ」
「え?」
碧が短く声を上げる。
「ここでじっくり観察して分かったけれど……あそこまで注意深く私達を観察出来て、隙を見せない人間が何年も門人のままな訳が無いわ」
「アレが普通じゃないのか」
俺が言うと、杏は眉を顰めてこちらを見た。
「貴方、門人試合を何だと思ってるのよ……ここに集まってるのは、殆どが未熟な弟子よ。あんな風に、利き手から動きの癖まで全部見てくる奴ばっかりな訳無いわ」
「そうですよ! 対人戦なんて全然だとか、実戦はしたことないってレベルの人も居るんですからね?」
「そうなのか。アイツは態々動きを偽装してたからな、そういう奴ばっかりだからかと思ったが」
俺が言うと、杏ははピクリと動きを止めた。
「……動きを偽装?」
「まるで素人かのように、態と下手な動き方をしていた。恐らくだが……身に付いた動きや体術を隠す為だろうな」
「あ、やっぱりですか!? 私もなんか動きが変だな~って思ってたんです!」
偽装自体は高度なモノじゃなかったからな。体術に関しては忍者とかレベルの達人って訳じゃなさそうだが。
「それで、分かりやすいって結局何のこと?」
「……単純に、彼は意図的にこの門人試合に残り続けてるって話よ」
意図的に、か。
「情報収集が目的か、交友を広めることが目的か、分からないけれどね」
「俺達に情報を流したのを考えると、後者な気もするが」
「凄い……皆さん、色々考えてらっしゃるんですね」
お前はもうちょっと考えた方が良いと思うけどな。
「まぁ、俺は一旦部屋に戻るぞ」
二人とも別れた俺は、食堂を出て自分の部屋へと歩く、ポケットを確かめると、鍵は無くなっていなかった。
もう少しで部屋に着くというところで、俺は二人の男に呼び止められた。歳は二人とも十八くらいだろう。
「おい、そこのお前……」
「ちょっと来い」
嫌な予感を感じつつも二人に付いて行くと、物陰に入って小さな声で話し始めた。
「お前、あの女とは関わらない方が良いぞ」
「そうだ。アイツは忌み子だからな」
忌み子か。
「どっちの女だ?」
「見れば分かるだろッ、黒髪の方だ!」
「示出杏。アイツは呪われてる……!」
まぁ、やっぱりそっちだよな。
「そうか。それで言うと、俺も呪われてるからな。問題ない」
「ッ!」
そう言って踵を返すと、後ろから睨み付けられるような視線を感じた。
「俺達は善意で警告してやったんだッ! どうなっても知らねぇからなッ!」
「呪われ者同士仲良くしとけよ」
俺は振り返ることなく、自分の部屋へと帰った。
♦
物陰から出て行く男を見て、少女はくすくすと笑った。
「ふふ、おかしな人」
黒く美しい髪が揺れる。可憐さと妖艶さを兼ね備えた少女には、魔性の魅力があった。
「有象無象とは、違うのね」
自分を恐れる、力無き者達。少女は、示出杏はそんな彼らを、ただ見下していた。何の面白みも無い、有象無象。
しかし、呪いの仮面を付けたその男は違った。同じ門人であるにも関わらず、当然かのように全てを脅威に思っていなかった。耶座母の話をした時も、杏の話を聞いた時も。
「そんな人と戦えるなんて……ふふっ」
笑う杏。その背後から一人の少女が現れた。
「杏ちゃんっ! 探したんだよ!? 同じ部屋に居るって言ったじゃん!」
「ふふ、貴方も好きよ」
「えっ!? きゅ、急に何ですか!?」
「ほら、帰りましょ?」
混乱する碧を杏はくすくすと笑い、その背を押して部屋へと連れ帰った。
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