観覧者
耶座母はそれからも、雑談混じりで様々な質問を投げかけて来た。
「つまり、元ハンターの陰陽師ってことかい」
「珍しいのか?」
俺が尋ねると、耶座母は唸った。
「んー……最近では珍しいとも言えなくなったかな。優秀な弟子をスカウトするには、結局のところハンターを持って来るのが手っ取り早いからね」
「そうか? 割と別の畑って感じがするが」
ハンターと陰陽師の戦い方ってのは、かなり離れている印象がある。
「いや、確かにハンターの経験が大きく陰陽師に活きはしないと思うよ。ただ、確実に無駄にならなくて、陰陽師として絶対に必要な物がある」
「……霊力か」
耶座母はにこりと笑って、頷いた。
「正確に言うと、魔素だね。魔素はそのまま霊力量に直結する。君も、かなりの霊力を扱えるんじゃないかな?」
「さぁな。他人の霊力量がどのくらいなのか、俺は他の陰陽師との関わりが少ないからな。平均というか基準が分からん」
霊力は単純に修行によっても増やせるからな。ハンターで沢山の魔素を持っているからと言って、陰陽師として生まれ育ったものよりも霊力が多いということは無いだろう。
「それもそうか……君は、陰陽道に入門して直ぐだからね」
「まぁな」
そんな話したか? まぁ、予想は付くか。
「老日さんはどれくらいのハンターだったんですか?」
「どれくらい? ランクって意味なら、まだ五級だな」
俺が答えると、耶座母は眉を顰めた。
「五級……?」
「五級だ」
耶座母は疑わし気にこちらを見たが、それ以上何も言うことは無かった。
「そういえば、知っているかな?」
「何がだ?」
耶座母はにやりと笑い、話し始めた。
「門人試合の、この時間はただ単に友好を深める為のモノじゃない」
「そうなのか」
「外部から入って来て、初めての門人試合だという君は知らないと思うけれど……門人試合に慣れた者は皆、この時間に情報を収集するんだよ。相手の術を調べたり、弱点を見つけたり、ね」
「ふむ」
まぁ、知ってたが。
「それに、直接的な妨害をしてくるようなこともある。式符を破ったり、隠したりね。勿論、バレればペナルティは免れないが……当然、殆どの人はバレないようにやるからね」
「そこまでやってくるのか」
式符を破られれば、まぁ相当困るだろう。
「ペナルティって、何なんだ?」
「事の重さによって変わるけど、基本的には式符の没収だね。余りに酷ければ、式神も式符も何も使えなくなるし……まぁ、最悪の場合は普通に失格になるかもね」
その口振りから察するに、耶座母が見ている中で失格になった者は居ないのだろう。
「妨害なんてしても、式符の没収だけで済むんですか?」
「ふふ、そういう行為を推奨してるのにペナルティをきつくしたら、誰も動けないじゃない」
「準備ってのは陰陽道の本領だからね。事前に情報を収集し、戦う前から仕掛けておくことは最も重要なことだ。例えそれが正道に反するような行いだとしても、学ばせておく必要がある」
耶座母はそれが正解であると知っているような口調で言った。飽くまで予想だった杏とは違う。
「だったら、もうそういうルールにすれば良くないですか? 態々、暗黙の了解みたいなやり方にする理由が分かりません!」
「確かに、君みたいに純朴な子がそう思ってしまうのは無理も無いけど……それは出来ないんだよね」
何故ですか! と碧は睨み付けて言う。
「碧、興奮し過ぎよ」
「ご、ごめんなさい……でもっ、そんなのおかしいじゃないですか!」
確かに、俺にも良く分からないな。別にオリンピックでも何でも無いから、裏工作のようなものを推奨するならするで、周知しておけば良い話に思える。
「門人試合は確かに、未熟な陰陽師の成長の為にあるものだけど……それだけじゃない」
「それだけじゃないって?」
勿体ぶって言う耶座母は、俺を意識しているように思えた。
「変に皆が委縮しないように、これは秘密にされてる話なんだけど……この門人試合っていうのは、陰陽寮が主催。だから、皇居側の人間も見てるんだ」
「えぇっ!?」
「……御前試合的なことか?」
耶座母の言葉に碧は驚き、杏は目を細めて笑みを浮かべている。
「御前試合というか、台覧試合かな? それに、ただ皇室が娯楽的に観戦する訳では無く……さっきも言ったけど、皇居側の人間が見ている」
「違いが分からん」
碧も首を傾げていたが、杏は理解しているようだった。
「……これは知ってる人も多いけどね、今の皇居は様々な能力を持っている。異界接触現象をきっかけに集合し、複合した機関となった皇居には、陰陽寮や天暁会を始めとする無数の組織が内包されている」
「なんか凄いな」
俺の時代に最も強い権力を持っていたのは総理大臣というか、内閣の印象があったが、こう聞くと現代は皇室にもかなりの権力がありそうだ。
「そして、皇居側は殆どが自分の支配下にある陰陽師達の戦力を確かめる場として、この門人試合を利用しているという訳さ」
そうだったのか。尚更顔を隠してて良かったな。
「つまり、皇室の観察下にある公式な試合だから大っぴらに汚い真似はさせられないってことね」
「うん、そういうこと」
しかし、態々これを話して来たのには、何か理由がありそうだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます