白い髪の少女

 白い長髪の少女。美しい青の目が俺を捉えている。歳は高校生くらいだろう。


「俺か?」


「勿論、君のことだよ?」


 魔術の使用に気付かれたか。


「何者って聞かれてもな、別に何者でもないとしか答えられないな」


 勇者の役目はもう果たし終えたからな。今の俺は何者でもない。


「うーん、何者でもない人に使える魔術には見えなかったけど」


「そうか。勘違いって奴だな」


 俺の眼を覗き込んでくる少女。何となく嫌な感じがして俺は目を逸らした。


「勘違いじゃない! だって、こんな完璧で綺麗な魔術が普通の人に使える訳ないよ!」


「そこまで分かるお前も普通じゃなさそうだな」


 俺は少女の眼を睨みつけた。良く観察すると、青い綺麗な瞳に複雑な模様が薄っすらと刻まれている。


「……魔眼か?」


「あっ、嫌な言い方っ! 人の目にそんな言い方、失礼でしょ!」


 否定はしない、か。しかし、この魔眼は初めて見るな……複雑で、俺でも効果が分からない。いや、この感じは効果が一つじゃないのか? 有り得なくは無いな。一つの眼に複数の魔眼の力がある奴なんて見たことも無いが。


「あぁ、もしかしてこれのお陰で見えたのか?」


「当たり! 私の目、魔力が良く見えるの。それで、びっくりしちゃった。一ミリも無駄がない魔術。しかも、君の体から魔力が全然感じられないんだよ!? こんなこと、普通じゃ絶対有り得ないよねっ!」


 意外と良くしゃべるな。静かにしてればモデルでもやれそうだが。


「まぁ、何にしてもアンタには関係ないだろ。それじゃあな」


「んーん、関係あるよ」


 俺は踵を返した足を止めた。


「……何がだ?」


 振り返り、少女の目を見る。


「君、ちゃんと許可取ってるの?」


「あぁ、取ってる」


 何の話か分からんが、取り合えず頷いて踵を返そうとした。が、肩を掴んで止められる。


「嘘つきっ! 私、嘘ついたら分かるんだよ?」


「……眼、か」


 魔眼という呼び名は不評らしいので、ただ眼と呼んでおいた。


「で、何の許可だ?」


「魔術のことだよ! 魔術使っちゃダメ! 私みたいにちゃんと許可がある人じゃないと、街中で勝手に魔術を使っちゃダメなんだよ? 知ってるでしょ!」


 俺は首を振った。実際、今聞くまで知らなかったしな。


「むぅ。嘘ついたってダメ! 勝手にそういうことしたら、私みたいなのに捕まえられちゃうんだよ?」


「嘘じゃないぞ? 本当に知らない」


 今、嘘かどうかを感知出来なかったな。どうやら、こいつの魔眼は言葉の嘘以外は見抜けないらしい。頷くだけじゃ、効果の対象外ということだ。


「えぇ……何で嘘じゃないの? どんな生活してたらこんなことも知らないで生きてけるのか、私信じられないよ」


「色々あるんだよ。事情が」


「えっと、それについて話す気は?」


 俺は首を横に振った。


「だよねぇ……でも、知らなくてもダメだからね。魔術を街中で使うには許可が要るんだから。勝手に使ったら犯罪だよ?」


「つまり、俺は捕まるって話か?」


 少女は小さく頷いた。少し、ヤバいな。この女、普通じゃない。勘以外の理由は無いが、最近じゃ俺の勘は外れたことが無い。


「でも、もうやらないって言うならここで許してあげるよ?」


「ん、それだけで良いのか?」


 俺が聞くと、少女はにっこりと笑って頷いた。


「ちゃんと、私の目を見て約束してね?」


「あぁ。もうやら……いや」


 俺は言い切るのをやめて、少女の目に意識を集中させた。


「……魔眼」


「あぁっ、また嫌な言い方っ!」


 頬を膨らませる少女。だが、この感じ間違いない。ここで約束すれば俺は強制的に契約を結ばされる。

 しかし、有り得ないな。二つまでなら魔眼の能力があるのも分かる。目は二つあるから、一つずつに力を持つパターンも珍しくない。だが、二つの目で三つの能力……これは、有り得ない。目の中で回路が混線するからだ。どんな奇跡が起きれば三つの能力が互いを邪魔することなく存在できるのか。


「悪いが、誓う訳にはいかないな。ここで結んだ誓約がどう作用するか分からない。ここで街中で魔術を使わないと誓うことで自分や友人が大怪我を負ったり、命を失うことになれば後悔のしようも無いだろう?」


「……むー、そう言われたら確かに私だって強くは言えませんっ! でも、悪いことしちゃダメだよ?」


 俺は視線を合わせずに頷いた。


「もうっ!」


「でも、目を合わせると誓いになるだろ?」


「んーん、喋らないか目を合わせないか、どっちかだけで良いの」


 なるほどな。本当のことを喋っているかは分からないが、覚えてはおこう。


「そうか。それなら悪かったな」


「おぉ、素直! いっつもそうじゃないと友達減っちゃうよ?」


 余計なお世話だ。


「まぁ、今後は気を付けるかもな」


「あ、信用してないっ!」


 俺は後ろを向き、明言はしないままそこを去った。

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