試験会場

 行っちゃった。だけど、びっくりしちゃったな。あんなに綺麗で完璧な魔術なんて初めて見たし、それに……、おっかないなぁ。だけど、私に使わなかったってことは軽い気持ちで使ってる訳じゃないってことだよね!


「『それでは、お疲れさまでした。この先、私だけは貴方の苦労と旅路、その上の偉業を忘れることはありません……良い人生を』」


 ギリギリ見えた一番奥がこれだったんだけど、どういう意味なんだろう……私、頭がちょっとしか良くないからなぁ。分かんないや。


「異界接触現象を知らない人なんて、変だよね……」


 しかも、女神がどうとかって言ってたし、すっごい変な人だよね。


「よし、今度会ったらもっと奥まで見ちゃおうね!」


 ふふふ、楽しみですな~!


「何が楽しみなんですか。白雪特別巡査」


 あれ、声に出ちゃってた。


「む、章野しょうの君。何だね」


 振り向いた先には章野君が居た。彼は普通の巡査だけど、私は特別巡査なんです。ふふふ。


「……毎回言ってますけど、別に特別巡査は巡査より上の階級とかじゃないですからね」


 呆れたように言う章野君は、そのまままだ十匹ほど居るコボルトの群れに向かって行く。


「一先ず、コボルトを殲滅しますよ。白雪特別巡査」


「章野君って、一々その呼び方で疲れないの?」


 言いながら、私は手をコボルトの群れに向ける。


「ギ、ギャウ――――」

「ギャィ――――」

「キャウン――――」


 一瞬でコボルト全員が凍り付き、氷像になった。


「ワンちゃんを凍らせるのって、ちょっと罪悪感」


「……僕、要らないじゃないですか」


 先に走り出していた章野君はやるせなさそうな顔で振り向いて言った。


「ふふふ、これが特別巡査の実力です!」


 さてさて、魔物は一旦片付いたけど、これで終わりじゃないよ私は。


「じゃあ、調査しよっか。このビルの中」


「……許可、下りてないですよね」


「あるよっ! 行こうっ!」


「いや、嘘ですよねそれ」


 あれ、バレるの早いね。


「でも、許可なんて取ってたらその間にもっと被害が出ちゃうかもよ?」


「……それは、そうですけど」


 章野君は静かに無骨なビルを見据えた。


「……行きましょう。ただ、安全第一で」


 おぉ、流石の正義感!


「安心して! 私、めっちゃ強いからねっ!」


「それは知ってますよ」


 それじゃ、行っちゃおう! 私は薄暗いビルの中に踏み込んだ。






 ♦




 ここだ。辿り着いた場所はかなり大きな白い建物。


「……広いな」


 自動ドアを通って入ると、広い空間が俺を出迎えた。取り合えず、俺は受付に行って試験を受けられるか聞いてみることにした。


「すみません、特殊狩猟者の試験を受けに来ました」


「料金を一万円頂きますが、問題無いでしょうか」


 俺は頷き、翠果から貰った一万円を受付の女に差し出した。


「それでは、三十分にそちらの部屋で筆記試験が始まります。筆記用具をお持ちでなければ貸し出しも出来ますが」


 鞄の一つも持っていない俺に筆記用具があるとは思えなかったのか、受付はそう尋ねた。実際ないので頷き、貰っておいた。


「では、三十分までそちらでお待ちください」


 受付の女が示した先には机と椅子が幾つか並び、何人かが座って本や紙と向き合っている。そして、その近くに本棚があった。教材らしきものがあるかもしれない。


「ありがとうございます」


 俺は短くそう告げて本棚に向かった。筆記試験でカンニングなんて幾らでも出来るが、予め内容を頭に入れておく方が健全だろう。


「……これか」


 本棚を少し漁ると、直ぐに教材が見つかった。俺はその本を開き、魔術を行使することで内容を頭に直接刻んでいく。


「……ふぅ、少し疲れたな」


 魔術によって直接脳に記憶するやり方は少し疲れが溜まる。まぁ、脳みそに負担をかけているのだから当たり前ではあるが。


「今回は大丈夫だよな?」


 周りをチラリと見回すが、俺の魔術に気付いている奴はいない。魔力を直接観測できるあの女がおかしかっただけだ。そもそも、何で現代日本に魔眼持ちが居るんだよ。意味が分からない。


「三十分まで後数分、か」


 そういえば、筆記は勿論だが実技試験もあるんだったよな。まぁ、実力面での心配は無いか。自分で言うのもなんだけどな。


「金を手に入れたら……先ずはスマホだな」


 この現代日本で生きるには結局スマホが必須だ。


「次に、住居……は別になくても問題無いな」


 問題無いが、流石に家無しのままで暮らすのは現代を生きる文化人として許容できない。いつかは家も見つけよう。身分の問題をどうするかっていう根本の問題もあるが。


「まぁ、本でも読んで時間を潰すか」


 三十年経ってるんだ。面白い話もあるかもしれない。

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