魔物

 ん、あれ、私、いつから寝てましたっけ。


「……おかしいです」


 私、こんな店に来た覚えないですよ。しかも、机の上にはトレイも商品も何も乗ってないですし、明らかに不自然です。


「んー、記憶が混濁してますね」


 スマホを取り出して……電源が切れてますね。起動は……出来ました。充電も十分残ってますし、明らかにわざと切られてますね。


「大体、三十分くらいですね」


 時間を確認し、分かった。はっきりと記憶が抜け落ちているのは直近の三十分。


「怪我は特に無し……強い衝撃を受けた形跡も無し、ですね。ただ、僅かに魔力の残滓を感じます」


 自分で自分を確かめても、不思議なほどに無事。私の見た目的に襲われてるっていう線が一番濃かったんですけど、そうじゃないみたいです。


「この三十分で何かが起きて、その部分の記憶を奪われた……」


 先ず、大きな事件ではないですね。大規模な何かなら、目撃者が複数いるはずなので私の他にも混乱してる人が複数いないとおかしいですが、そんな様子は無し。


「んー、過去の自分にかけてみますか」


 私はバッグを漁り、白い小さな電池式のを取り出した。


「ふふ、流石は私です」


 私はスイッチがになっていた盗聴器の電源を切った。






 ♦




 犀川さいかわ 翠果すいかに言われた通り、俺は特殊狩猟者の試験を受けに向かっている。今日受けられるかは分からないが、取り敢えず行くことにした。因みに、彼女の名前は連絡先に書いてあった。


「しかし、歩いてるだけで懐かしいな」


 本当に懐かしい、この地球そのものが。どうやら東京らしいここら辺は人通りも異常に多いが、それも今は悪くない気分だ。向こうの世界じゃこれだけの一般市民が街に溢れてるなんてこと有り得なかったしな。


「やっぱり、あって当たり前のものが無くなるのが一番クるもんだな」


 まぁ、その中でも地球を失ったのは俺くらいだろうが。


「……異界接触現象」


 時空の揺れによって接触した異界。それは俺が良く知るあの異世界だったのか。もしそうなら、俺が異世界に召喚されたことで時空の揺れに影響を及ぼした可能性は低くないだろう。


「もし、そうなら……」


 もし、その仮定が正しければ俺がこの世界に帰ってきた際にも何かしらの悪影響が出ていてもおかしくない。


「考えても幸せになる話じゃないな」


 全てから解放されて帰って来たのに、ここでも責任に追われるなんて冗談じゃない。この話は、忘れよう。


「……独り言、多くなったな」


 少し、気を付けよう。街中でぶつぶつ言いながら歩いてる奴なんて不審者以外の何者でもない。


「ん、何だ……?」


 妙な、気配がする。


「人じゃないな。明らかに」


 覚えのある気配、嗅ぎ慣れた気配。


「……まぁ、そうだよな」


 道路を挟んで向かい側のビルから、青い体毛を持った二足歩行する背の低い犬……コボルトが大量に溢れ出してきた。


「魔物が居るって話は聞いてたが、街中で出るってのは話と違うな」


 ここ、多分東京だよな? 日本一の都会で魔物が出るってのは流石にどうなんだ。


「に、逃げろぉおおおおッ!!」


「ハンターッ、ハンターは居ないのッ!?」


「だ、誰か……魔術士の人……」


 阿鼻叫喚だな。コボルト共は日光に怯んで今は動きを止めているが、もう少しで動き出しそうだ。しかし、コボルトが日光に弱いって話は聞いたことがないが、もしかすると日の当たらない場所でずっと待機させられていたのか?


「ハンターってのは特殊狩猟者のことなのか? まぁ、何にしろ誰か来るだろうな」


 これだけの人数が居る都会だ。俺が助けずとも、直ぐに特殊狩猟者の免許を持つ者や魔術を扱える者が来るだろう。


「一般市民は下がれッ、今助けるぞッ!」


 ほらな。相手はコボルト。それも明らかに野生のものじゃない。ある程度の実力がある奴なら簡単に相手出来るだろう。


「ハァッ! ぜぇぃッ!」


 俺と同じくらいの歳の男は、腰の剣を抜き、振り回す。使っているのは魔力による身体強化か。活性程度だな。魔術に精通している訳では無さそうだ。それに、気も使っていないな。活性だけで戦う剣士ということになるが……技術がある訳でもないな。こいつ、大丈夫か?


「とはいえ、あのコボルト達には十分か」


 俺が居た世界の野生のコボルトならもう殺されてるな。あの数を相手に、あの技量しかない剣士があの切込み方をするのは本当なら自殺行為だ。


「まぁ、逆に考えれば……」


 この技量なのにあの群れに立ち向かうのは命懸けの行動だ。その部分は評価すべきだろう。


「加勢しますッ! 『氷槍アイスランス』」


 細い氷の槍が放たれ、一匹のコボルトの頭を貫通し、そのまま奥の一匹の腹部を貫いた。それを為したのは制服を着た女だ。


「狙いは正確だな。それ以外は微妙だが、これなら何とかなるだろ」


 女に続き、また別の応援も駆けつける。もう大丈夫そうだな。俺は数十匹のコボルトの群れが葬られていく光景を見てその場を後にすることにした。


「……不味いな」


 が、途中で俺の視界にその光景が映った。コボルトが明らかに一般人らしき男性に跨り、その鋭い爪が生えた拳を振り上げている光景が。


「まぁ、これくらいなら良いか」


 俺がそのコボルトに視線を向けて魔術を発動すると、コボルトの体が崩れ落ちた。光も無い、魔力の動きも最小限に抑え、隠蔽した。ここまでやる意味があるかは知らんが、やらない理由も面倒臭い以上のものは無い。



「――――ねぇ、君って何者?」



 声がして、振り向くとそこには白い長髪の少女が居た。

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