第20話気前の良い冒険者Ⅱ

「知らない壁だ」


 ふと気がつくと、目の前に知らない壁があったのでポツリと呟いた。


「ここどこ?」


 周りを見渡しながらひとり言を続ける。

 知らない壁だけじゃなく、知らない部屋に居た。周囲には誰も居なくって、私ひとり。

 何故自分はこんな所にいるのかと首を捻る。


 確か―――そうだ。

 パパと一緒に買い物をしていたら、車に跳ねられそうになって――。

 女神様にあった。

 何か色々言われたが、憧れの異世界転移に興奮していて女神様が何を言ったのかほとんど覚えてない。

 女神様とやり取りをして、それから――先は覚えてない……。気付いたらここに居た。


 自分が何故ここに居るのか分からず、それを探ろうと私は再度辺りを見渡した。


 小さな部屋。

 大人が二人も寝れば手狭になる程の広さ。部屋の中には一人用と思われる小さなテーブルと椅子。そのすぐ横にはシングルのベッドがある。

 部屋の内装は、全体的に古臭い感じではあるけれど手が行き届いているのか小綺麗であった。

 それから、部屋にはひとつだけ小さな窓があって、そこから外の様子が伺えた。

 と言っても、窓から見える景色はやや薄暗くなった外の姿だけで、時間以外特に見えるものもなかった。


 狭い部屋を更に狭くしているテーブルを避け、窓へと移動する。


 少し堅い窓の扉を開けると、少しだけ耳が騒がしくなった。

 どうやら建物の二階であったらしく、眼下には道行く数人の人影と、それを囲む幾つもの建物が並び建っていた。


 ――あ、分かった。宿屋だ。


 しばらく、窓の外の様子を眺めてから、私はそう結論づけた。


 異世界と言えば宿屋である。なんとなくそう思って、ウンウンと小さく頷いて、それから、何故宿屋に? と然して状況変化の答えらしき答えではなかったと、また首を傾げた。


「あ、そうだ。ステータスボード」


 女神様に教えて貰ったステータスボードの存在を思い出した。

 異世界に来てから一番異世界っぽいと感じた。

 

「オ―――」


 私は、オープンと口にしようとして―――慌てて口を押さえた。

 宿屋にいるのは分かったけれど、何故自分がここに、どうやって来たのかも覚えていない。

 今更ながら、少し怖くなって、誰かに気付かれるかも、という不安が私の胸にじわじわと沸いた来たのだ。


 音がしないように窓をゆっくり閉めて、でもやっぱりちょっと堅くて、強引に力任せに閉めたら結構大きな音が鳴った。

 内心ドキドキしながら、気を落ち着けようと、やっぱり狭いテーブルの隙間をぬって、ベッドに腰かけた。


 それから、私は頭の中でオープンと唱えて、頭の中でステータスボードを開き見て―――


「……弱くない?」


 そんな事を呟いた。



名前:工藤 真珠 (14)

種族:人間

レベル:1

体力:100/100

魔力:0/0

魔法適性:無し


スキル

神技:完璧育成マスターテイム

魔技:―――

人技:【狂】LV1

加護:・女神の加護・亡霊の加護



 どうしてこんなステータスになってしまっているのだろう?

 一体、私の知らぬ間に私に何が起こったというのか。


 レベル1?

 いやいやいや……。

 私の記憶が正しければ異世界に来た当初、女神様の説明を受けながら試しに開き見た自分のレベルは100だったはずである。

 あれからどの位経ったのか分からないが、寝て起きたらレベルが1になっていた。ちょっと意味が分からない。


 この【狂】というスキルも知らない。

 スキルは女神様にいくつか貰ったはずなのに、全部無くなっていて、代わりに【狂】がポツンとある。

 私のチートどこいった?

 チートで無双を夢見ていたのに……。

 泣きたくなった。


 加護が増えている。

 亡霊の加護?

 亡霊?

 全然身に覚えもないし知らないけど?


 どうして!?

 どうして魔力が0なの!?

 ちょっと女神様! 納得出来ないんですけど?

 どうして魔力無いの? 適性も“無し”だし。

 これってつまり、仮に今後魔法を覚えても一つも使えないのでは?

 魔技って表記されてる位だし、やっぱり魔力使うよね?

 無いけど? 私魔力無いけど?


 これはレベルが1だからって事なんだろうか?

 レベルが上がればちゃんと増えるんだよね?

 そうであって欲しい。

 


 頭の中でステータスボードを開きながら、私がガックリとベッドに両手をついて項垂れていると、唐突に部屋のドアがノックされた。

 その音を聞き、先程までの憤慨した気分は弾け飛び、ビクリと肩を震わせる。


 ふと、私の脳裏に浮かんだのは何故かパパの顔であったが、私はかぶりを振ってそれを否定する。

 ここに、浮かんだ顔の人物が居る訳はない。


 だとすれば、自分の元を訪れる者の見当など私にはあるはずもなかった。ここに自分の知り合いが居るはずはないのだから。

 まして外は夜。正確な時刻こそ不明だが、こんな時間に―――。私は知らぬ間に両手で強く握り拳を作り、二度目となったノックの音が聞こえた扉を息を殺して見つめた。



「居ないのかしら?」


 扉の向こうから聞こえて来たのは女の人の声だった。


「寝てるんじゃないか?」


「もしくは飯でも食いに行ったか」


「お金は持ってないって言ってたじゃない。だからシンジュを食事に誘いに来たんでしょ?」


 女の人と、男の人の声が2つ。扉の向こうでそんなやり取りを交わしていた。

 問題なのは、どうして私の名前を知っているのか……。無一文であることも。ただ―――


 ……食事。


 その言葉を頭で反復すると、腹がキュゥと鳴った。

 異世界に来てから何も食べてない自らの腹は、不安などお構い無しに、自分の欲求に正直に訴えていた。


 そうして、空腹の攻撃にいとも簡単に崩壊してみせる不安。

 楽天家なところは平和ボケした日本人だからと云うより、もともとの気質によるところが大きい。

 と言うより、同じく楽天家である父親に育てられた末の性格であった。それは細かな事は気にしないおおらかさを持つ反面、悪意に疎いというマイナスな面も内包している。


「しゃーない。食事はまた明日にでも誘うか」


 男の声がそう言ったので、慌てて腰かけていたベッドから扉まで駆ける。

 毛布が足首に絡まり、勢い余って顔から激突した。

 扉が衝撃で大きく軋む。壊れてはいない。


「うわっ!」

「なにっ!?」


 驚きの声をあげたのは、扉に鼻を打ち付けて顔を押さえて小さく呻く私ではなく、扉の向こうの面々であった。


 恥ずかしさで赤くした頬と、ぶつけて赤くした鼻の両方を手で隠しつつ、私はおそるおそると云った様子で扉を開けた。後ろから私の姿を見る人が居たなら、きっと泥棒か何かに見えるに違いなかった。


「びっくりした~。大丈夫?」


 最初に声を掛けて来たのは、ロングブラウンの髪を持った若い女の人だった。

 当たり前だけど知らない人だった。


「眠りから跳ね起きたってとこか?」


 赤くなった私の鼻を愉快そうに見ながら、男の人が笑う。

 アゴヒゲをお洒落に生やした男の人。やっぱりこちらも知らない人。


「……すいません。色々と」


 驚かせた事と、心配させてしまった事、あと向こうは自分を知っている様子であるのに、自分は知らないという事に対する少しの申し訳なさ、それらをまるごとひっくるめて謝った。


「別に謝る必要は無いが……。まぁそれはいい。食事まだだろう? 良かったら今から一緒にどうだい? ご馳走するよ?」

 一番大きな体をした男の人が、笑顔で食事に誘ってきてくれた。


 食事……ご飯……。お腹は空いた。

 けれど……。


「あの……」


「うん? 何かな?」と、大きな人。


「どちら様でしょうか?」


 私がおずおずと尋ねると、三人は顔を不思議そうに見合わせた。

 それで、自分が妙な事を口走っている事をハッキリと自覚する。


「今日会ったばかりで忘れらるとは思ってもみなかったな」


 アゴヒゲの人が、大袈裟な仕草で苦笑する。


「今は鎧着てないから分からなかったんじゃないかしら?」


「うん? そう言うもんかな? でも、さっきは兜は着けてなかったぞ?」


「それとも、忘れたい程酷いツラだっかだな」


「嘘!? マジで!? ひっでぇ」


 アゴヒゲの人が額に手をあて、大仰に天を仰いだ。ただその顔は愉快そうに笑っている。他の二人も楽しそうにしている。悪い人達には見えないけれど……。


「あの……」


 やっぱり自分を知っているらしい三人の表情を確認し、再びシンジュが声を掛ける。


「どうかした?」


「皆さんの事もそうなんですが……。自分がどうしてここに居るのかも良く分かってなくて……」


「どういう意味かしら?」


「覚えてないんです……。皆さんとどこで会ったのか、何故ここに居るのか、なんにも」


 私がそう言うと、また三人は顔を見合わせた。今度は少し不安そうに。

 おかしな事を言っている自覚は勿論あるのだけど、分からないものは分からないし、覚えてない事は覚えてないのである。変に知ったかぶっても仕方ない。

 そう考えて、今の自分の状態を正直に話した。悪い人達では無い、と思ったのも少なからず影響している。

 これがおもいっきり悪人面なら私も自重していただろう。


「あ~。――マジで?」


「嘘を言ってる様には見えないが……」


「そう、ね……。本当に覚えてない?」


 女の人の心配そうな問い掛けに、私は小さな頷きで返した。


「……分かった。シンジュが言う様に俺達の事を覚えていないのなら、見ず知らずの俺達と一緒に居るのは不安かもしれないが……。悪い様にはしない。誓って。だから、良ければ食事でもしながらその辺の話も聞かせて貰えないか?」


「そうだな。腹減り過ぎて度忘れしてるだけかもしれないしな」


「あんたじゃないんだからさぁ」


 女の人が呆れた様に言って、大きな人が笑った。


「まぁ、こうやって知り合ったのも何かの縁だと思って」

 アゴヒゲの人を笑った後、もう一度大きな人が誘ってきた。


 私は小さく頷き、そうして、小さな部屋を後にした。

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