第18話騒ぎの後で



 一夜明けた次の日。



「結局、冒険者登録は出来なかったんだ」


 ギルドのある建物の中。ガランとした広い部屋には、幾つかのテーブルと、少し奥、向かって右の壁見える掲示板らしき物。そして、正面奥にあるカウンター。

 周囲を観察していると、受付と思われるカウンターに居たシンジュにひとりの女性がそう声を掛けた。


「おはようございますイーリーさん。そうなんですよ」


 言って、シンジュがガックリと肩を落として落ち込んだ。

 その様子にイーリーは声を出して笑った後、シンジュの後ろ、やや離れたところで少しだけ困った様な顔を覗かせるアイに目で何やら合図を送った。


 そんな二人の女性を、シンジュの背後、斜め上から眺めて空中を漂う幽霊が一人。一匹? 一体? どれでも良いか。


 おはよう、パパです。

 幽霊になってから、早いもので五日が過ぎました。


 昨日の大騒動から一夜明けた今日。

 ランドールの街は、昨日に引き続き沢山の人が朝から街の方々を走り回っている。

 まぁ、街が滅びかけたのだ。事後処理なんかが山程あるのだろう。

 そのご多分に漏れず、ランドールギルドにもひっきりなしに住民達や冒険者がやって来ては依頼のお願い、或いは受注を行っていて、いつもの閑古鳥は何処へやら、とても忙しそうだ。


 アイも次々と寄せられる書類とにらめっこしていて、完全に業務過多。処理すれど処理すれど紙の山は一向に減る気配は無かった。


 そんな中で、シンジュはわりかし暇そうだ。

 ギルドで働き始めてからまだ数日という事もあり、娘の仕事はもっぱら掃除かクエストボードに依頼書を貼る、あとは受注の判子をペタリと押すくらいで大した仕事でもない。


 そんな暇そうなシンジュから視線を外して、建物内に設置されたテーブルへと目を向けると、シンジュよりも更に暇そうな人物の姿があった。


 魔王ことミキサンである。


 椅子に座り、床に全く届いていない足をプラプラさせて、優雅に紅茶を飲んでいた。

 このバタバタと忙しなく人が行き来する空間で、これだけ落ち着いてお茶を楽しめるその胆力。流石魔王と言うべきなのか。

 その佇まいだけを見たならば、まるでずっと前からこの街に居たのではないかと錯覚しそうになる。とても昨日この街に来たばかりには見えなかった。

 仕事を手伝うつもりは更々ないらしく、紅茶を飲みながら考え事でもしているのか、時々、物思いにでも耽るかのごとく、遠くを見る様にカップの中を見つめていた。


 シンジュは仕事をしながらも、魔王の事が気になるらしく、チラチラと視線を送ってはなんだか複雑そうな顔をしていた。

 いきなり見た目幼女の魔王が下僕になったのだ。そんな顔にもなるだろう。


 昨日、レンフィールドへの説明を終えた後、知っている事は話したしもう用事はないと、魔王ミキサンはレンフィールドに向け不遜に言ってのけた。

 レンフィールドの方はまだ何か聞きたそうにしていたが、魔王がジロリと睨み付けるとビクリと肩を震わせ、結局、シンジュを半ば強引に引き連れて部屋を出て行くミキサンを無言のまま見送った。


 それから仮宿としているギルド二階の部屋に戻るなり、ミキサンからの怒涛質問攻め。

 しかし、そのほとんどにシンジュはまともに答える事は出来なかった。

 まぁ、それはそうだろう。

 事情を知っているのはシンジュに憑依した俺であって、シンジュでは無いのだから。


 まともな答えが返ってこない事に、ミキサンは少々残念そうにしていたが、かと云って険悪な雰囲気になったというわけでもなかった。

 質問ばかりで悪いとでも思ったのか、何か聞きたい事はあるかと、ミキサンはシンジュに尋ねていた。

 そこからは先程とは立場が逆になった。

 もっとも、シンジュはこれといって難しい質問などせず、名前や年齢などと云った事を尋ねた。

 シンジュからのそれらの質問に、ミキサンは嫌な顔などせず、微笑みを浮かべて丁寧に答えていった。

 そうしていると、シンジュもだんだん慣れて来たのか、不安そうにしていた顔は何処へやら。時折笑い声を溢しながら、遅くまでミキサンとの親睦を深めていた。


 仲良くなれたなら別に問題もないのだが、ただでさえ右も左も分からない異世界生活に幼女の扶養まで出来てしまった。

 幽霊となってただ彷徨うだけの俺が手伝える事などあまり無い。

 どうやって生活していくのか、この先が非常に心配である。不安しかない。



 けれど、そんな俺の不安を払拭してくれるものもある。

 それがアイやレンフィールド達の存在。

 ここ数日、彼らの人となりを知ろうと様子を観察してみたが、良い人達のようだった。

 行く当てもないと話したシンジュを心配して、部屋を貸してくれたり、こうして仕事も斡旋してくれた。

 衣食住は勿論、シンジュの居ないところで、今後どうしてあげるべきか――なんて事も話し合っていた。

 本当に娘を心配してくれている。

 ありがた過ぎて、二人には足を向けて寝れないね。

 幽霊だから寝ないんだけども。


 アイとレンフィールドだけでなく、冒険者の中にもシンジュに良くしてくれる人は結構いる。

 基本的に、このランドールの街というのは優しい人が多いのだろう。そんな印象を受けた。

 そんな冒険者達の中にあって、特にシンジュを気に掛けてくれているのが、先程、受付にてシンジュに声をかけてきた女性イーリーである。


 異世界に来た初日、まだ森の中を彷徨っていた時。

 イーリーと、そして彼女が組んでいるパーティー三人組と出会ったのが異世界に来て最初の出会いであった。 

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