第17話生まれ損ねた英雄

「謝りませんわよ?」


 今回の事態におけるランドールの被害報告を受けた後、レンフィールドに向けて魔王が言った。

 その言葉に主語は無い。

 されど、レンフィールドはそれが何を言わんとしているのか直ぐに理解出来た。

 そして、その言葉を強く肯定する様に、魔王の顔には特に悪びれた様子は浮かんでいなかった。


「……ああ。彼らも冒険者だ。覚悟の上だろう。納得している訳でも、思うところが無い訳でも無いが、街を助けられた恩もある。――正直、複雑だ」


 この時、レンフィールドは大きな勘違いをしていた。


 その勘違いというのは、街へと大挙して押し寄せたスライムは魔王の手の者だという勘違いである。


 街に突如として現れたそれは、人に仇なすどころか、寸前まで追い詰められた街の延命に大いに役立つ存在となった。

 その類を見ないスライムの大軍勢と奇妙な行動と、同じく類を見ない魔王の出現。

 レンフィールドからしてみれば、この、ともすれば国すらも揺ぎかねない大きな出来事の2つを、別個の事態と考えるよりは、2つを同じ物として紐付けし帰結させる事の方が当然の流れの様に思えた。

 シンジュが魔王を配下として動かした様に、魔王をまたスライムを配下として動かし、街を守る事に尽力した。

 図式として、そういう形が出来上がったのだ。


 それは事実とは違うモノであるが、レンフィールドもミキサンもスライムについては一言も触れなかった為、それは事実としてレンフィールドの中に収まってしまう。


 結果。その勘違いは、ミキサンにとって都合のいい形として残る事となる。でなければ、魔王に対するレンフィールドの対応はもう少しシビアな物になっていた可能性がある。


「別に恩を売ったつもりはありません事よ。わたくしは我が君の手足として、我が君の望む事を為したまで。 ―――ですがまあ、それでチャラにしてくださるなら、今後街に住むにあたっての憂いは無くなりますから、こちらとしては助かりますけど」


「それなんだが……。何故、魔王が君の配下に?」


 眉に深く皺を作って、レンフィールドはシンジュに尋ねた。


 シンジュは言葉にせず、ただ首を横に数度振ってそれに答えた。


「覚えていない、のか。厄介だな」


「すいません」


「いや、君が謝る事ではない。どうやったかは知らないが、シンジュが魔王を……、ミキサンを配下に治めていなければ、街は魔王によって滅びていた。――そうだな?」


 確認だとばかりに語尾をやや強めてレンフィールドがミキサンに問う。


「まあ、そうなっていたでしょうね。ひとつ語弊があるとすれば……。 ――いえ、この話はあまり関係ありませんでしたわ」


 少々引っ掛かる様な物言いにレンフィールドは怪訝な顔を見せたが、その事について深くは追及しなかった。


「ふむ――。しかし、一体どうやったら魔王をテイムなんて事が出来るのか、実例が目の前にあっても、未だに信じられんな……」


 テイム。つまりは使役である。

 モンスターとの契約を結び、主従関係を築く特殊な魔法。分類としては召喚魔法に分類される。

 悪魔を使役する、という事自体は難しいとはいえ出来ない事は無いだろう、とレンフィールドは考えている。

 しかし、それは悪魔だったらの話である。


 ――それらを統べる悪魔の王を使役する程の魔法など聞いた事もない。一体どれだけの魔法の才があればそんな事が出来るというのか……。


 そこでレンフィールドは、魔視の腕輪を通して広場で見たシンジュの魔力を思い出した。


 ――やはり、あれは俺の見間違いなどでは無いのだな……。


 そこでシンジュを見る。

 レンフィールドに見つめられ、それを怒っていると勘違いしたシンジュは、やや居心地が悪そうに視線をそらして身を縮めた。


 ――一見しただけでは、とてもそんな風には見えないな。


 レンフィールドが苦笑してみせる。

 今は魔力を完全に抑え込んでいるのか魔視の腕輪でもあの魔力を全く感じ取る事は出来ない。

 だがそれは、裏を返せば、あれだけの魔力を完全にコントロールしているという事。

 末恐ろしい、とレンフィールドは背筋が震えるのを感じた。


 ――これ程の力があれば、英雄と呼ばれる日もそう遠くないかもしれん。


 そんな事を思い、ふとある事を思い出した。


「そう言えば、シンジュは冒険者になりたいんだったな?」


「え? あ、はい。なりたいです」


「ふむ」


 何故、まだうら若い彼女が自ら進んで冒険者という危険な道を歩みたがるのか疑問だったレンフィールドは、なるほど、とその理由をなんとなく察する。


 ――あれだけの強大な魔力を持っているならば、冒険者として力を振るいたいと思うのは必然なのかもしれないな……。

 正直あまり気乗りはしなかったが……。とてつもない才を有し、本人が強く希望しているのだ。無下にも出来まいな。


「シンジュ」


「はい」


「事が終われば、冒険者として登録する約束だったな?」


「……はい」


「君が望むならこのままギルド職業として働いて貰おうかと思っていたんだ。若い君を冒険者にするのは、正直賛成しかねていたしね。けど、約束だしな。どうだ? 今から冒険者登録するか?」


「良いんですか!?」


「ああ。構わない。だが、あまり無茶はしてくれるなよ?」


「はい! はい! 大丈夫です! なります! 冒険者!」


 身を乗り出して喜ぶシンジュにレンフィールドは微笑みを浮かべて小さく頷いた。

 次いで、シンジュから目を外し魔王の方へと向ける。


「――君はどうする?」


「わたくし? わたくしは別に冒険者には興味ありませんわ。我が君がなるのは構いませんが、別に冒険者ではないから我が君を手伝ってはいけない、というモノでも無いのでしょう?」


「勿論そうだが、冒険者登録をすると冒険者であると証明するカードが発行される事になっている。君の場合は、いや、シンジュもか。――君達の場合は、それが身分証代わりになる。二人共、身分証なんて持ってないだろ?」


「ありませんわね」


「なら、冒険者登録して作っておくと良い。行く事があるかは分からないが、他の街に行くならば必ず必要になって来る」


「ああ、そういう事でしたら。ただ、わたくしが冒険者になっても構いませんの? 魔王ですわよ?」


「そんな決まりは無い」


 レンフィールドがキッパリと言い切るとミキサンはクスクスと笑った。


「普通、魔王が冒険者になる、という事を想定しませんものね」


「そういう事だ」


 僅かに顔を綻ばせながら、レンフィールドが立ち上がる。


「それじゃ、早速登録と行こうか。アイに言えばやって来れるだろう。アイは、君が冒険者になるのに反対の様だから少し渋るかもしれないがね」


 こうして、三人は冒険者登録を済ませる為に、ギルドの受付にいるアイの元へと向けて部屋を後にする。



 部屋を出た三人を待っていたのは、ギルドの中に居た冒険者達から注がれる稀有と畏怖の視線の数々であった。

 そのひそひそと囁かれる内緒話の話題は、魔王であるミキサンの事に終始していた。


「不愉快です事」


 冒険者を一瞥し、ミキサンがハッキリと聞こえる様にそう吐き捨てる。途端に静まりかえるギルドの中。


「アイ、ちょっと良いかな?」


 そんな重苦しい空気の中、レンフィールドが重い空気を払拭するかの様に明るい声色を意識してアイの名を呼んだ。

 レンフィールドの意図を汲み、アイも笑顔でもってそれに応えた。


「なんでしょう、レンフィールドさん」


「うん。約束通り、シンジュを冒険者登録してあげようかと思ってね」


 レンフィールドがそう言った途端、アイの顔が険しくなる。

 険しい表情を浮かべたまま、アイはシンジュへと体を真っ直ぐ向けて、その顔を見つめた。


「……本当に冒険者になるつもりなの?」


「はい」


 アイの妙に冷たく聞こえる声に、シンジュは冒険者になれると浮かれていた気持ちが萎んでいくのを感じた。

 それと同時に、

 あぁ、この人は会って数日しか経っていない私の身を本気で案じているのだな……。と、アイの優しさに触れた気がした。


「本当は、ギルド職員の私がこんな事を言ってはいけないのかもしれないけど……。わざわざ危険な冒険者にならなくても、ここで私と、それからレンフィールドさんとあなた、三人でギルドの仕事を続けていく生き方もあるのよ?」


「……はい。でも私、本気で冒険者になりたいんです」


 アイの視線に怯む事無くそう言ったシンジュの言葉に、少しだけ間を空けた後でアイが観念した様に小さく笑った。


「分かったわ……。辞めたくなったらいつでも遠慮無く言ってね。私は、あなたがギルド職員になるのを諦めた訳じゃないんだからね?」


「はい! ありがとうございます!」


 にこやかな微笑みを湛えるアイと、それに眩しい笑顔で元気良く応えるシンジュ。


 そんな二人のやり取りを、レンフィールドを始め、場に居た者達は「仲の良い姉妹でも見ている様だ」と、微笑ましく眺めた。


 ただ1人を除いて。



「それじゃあ、チャチャと登録しちゃいましょうか」


「お願いします!」


 アイは受付の棚から一枚の紙を取り出すと、テーブルに滑らせてそれをシンジュへと差し出した。


「この書類に書かれている必要事項を記入して、書き終わったら、私がチェックして、判を押して、おしまい。それだけよ」


「分かりました」


 返事を返し、シンジュが書類へと記入し始める。

 文字の読み書きが出来なければ、アイが読み上げ代筆するが、シンジュにその心配は必要ない。スラスラと書類に書き連ねていく。

 ふと、書類の上にペンを滑らせながらシンジュがひとり言の様に呟いた。


「身分証明の魔具を使ったりしないんだなぁ」、と。


 それは小さな呟きであったが、すぐ目の前にいたアイの耳には届いた様で、アイがそれの答えを口にした。


「鑑定板の事? 良く知ってるわね」


 それでシンジュは書類から目を外しアイへと顔を上げた。


「やっぱりあるんですか? そういうの」


「うん、あるわよ。ただランドールギルドでは使ってないのよ」


「どうしてですか?」


 シンジュが尋ねると、少しだけバツを悪そうにしたアイがシンジュへと顔を近付けて、その耳元に囁く様に告げた。


(冒険者って誰でもなれるけど、やっぱり例外はあるのよね。例えば、過去に二級以上の犯罪を犯した事がある人とか)


(ああ……)


 二級以上、というのがどの程度の罪なのかシンジュには分からなかったが、そういった傷がある人だとはうっすらと理解出来た。


(でね、そういう人は元々住んでた土地に居ずらくなって、ランドールみたいな辺境に移り住むんだけど。見知らぬ土地で仕事に就くなら冒険者が一番手っ取り早いのよね。でも、登録の際に鑑定板にそういうのが全部出ちゃうのよ。知られたくないから知らない土地に来たハズなのに、それでバレちゃったら本末転倒でしょ?)


(確かに……)


(だから、ウチでは鑑定板は使ってないの。仮に罪を償った後だとしても、誰にも知られたく無い事くらいはあるし)


(はい……)


(それにね、もし鑑定板で審査した結果、不合格になっちゃった人は、それでも食べていかなきゃいけない。稼がなきゃいけない。でも、冒険者にはなれない。そういう人達の行き着く先は大抵が犯罪の道に逆戻り、って訳。言い方は悪いけど、そういった事に目を瞑るのが辺境にあるギルドの役割のひとつでもあるの)


(あ~、だから……)


「そ、ランドールギルドでは鑑定板は使わないの。分かった?」


「はい! 良く分かりました!」


「よろしい! ――書けた?」


「あ、はい。お願いします」


 差し出した書類を受け取り、それにアイが目を通す。


「クドウ シンジュ? あなた苗字があるの?」アイが問う。


「はい? ありますけど……」


「おいおい! 聞いてないぞ? 君は貴族の出なのか?」


 割って入って来たのは、少し離れたところで登録を見守っていたレンフィールドであった。


 しまった……。

 と、表情は変えずシンジュは内心だけで焦りを見せた。


 やっぱり苗字は不味かったか……。ブラッド達への自己紹介時は伏せていた(夢遊病中で覚えてないけど)のに、冒険者になれると浮かれてその事を失念していた。

 これは不味いかも……。


 と、シンジュが心配をしていると、


「まあ、貴族だから冒険者になってはいけない訳では無いからな。――ただ、ちょっと驚いただけだよ」と、レンフィールドがシンジュを安心させた。


 ホッとシンジュは胸を撫でおろす。


 それが甘かった。


 次に飛び出したアイの言葉で、シンジュの冒険者への道は大きく変化する羽目になってしまう。



「……シンジュ、あなた14歳なの?」


「はい、そうですが……」


「……冒険者になれるのは15歳からよ」


「――――え?」


 シンジュが驚いた表情を覗かせた次の瞬間、シンジュの目の前でアイがたった今記入したばかりの書類を真っ二つに引き裂いた。

 晴れやかな笑顔を浮かべて。


「また、来年ね」


 笑顔のアイがそう言った途端、シンジュは膝からストンと崩れ落ちた。

 アイの容赦無い裁断に、見ていた周囲の人々は無言のままただ心の中で合掌する他なかった。

 

 レンフィールドも、冒険者になりたがるシンジュがまさか規定年齢について知らないとは思っておらず、ただ口元を押さえて目を背けるだけであった。


 そんな中、何があろうと唯一にして絶対的にシンジュの味方だと豪語する1人が、膝立ちのまま天を仰ぐシンジュに助太刀すべく口を開いた。


 それは助太刀というより、自らの主君と仲良さげにするアイへの嫉妬を含んだ、半ば八つ当たりのイチャモンに近かった。


「あなた……、先程から黙って聞いていれば、あまりに無礼ではありません事?」


 怒りをその眼に宿して、そう言ったのは魔王ミキサンである。


 超がつく程の脅威を有する魔王の睨みにたじろぐアイであったが、それは一瞬だけの事であった。


 アイは気構えを正すと、キッとミキサンを睨み返し、冒険者達が魔王の怒りに戦々恐々とする中で反抗してみせた。ピシャリと突っぱねた。


「生憎だけど、規則だから」


「犯罪者の素性を見逃しておいて、一体どの口が言うのかしら?」


「街の治安維持という名目と、シンジュの年齢制限とを同列に扱うつもりはありません」


「いやだいやだ。これだから頭が堅くて融通の利かない年増は」


「あなたが子供過ぎるだけではありませんか?」


 バチバチと火花を散らすミキサンとアイの両者の間に、慌ててレンフィールドが割って入る。


「ちょ……ちょっと、落ち着こうか二人とも! こんな時だし、あまり騒ぎは好ましくない。だろ?」


 冷や汗を流してそう言うレンフィールドの無言の懇願を受け、ミキサンが小さくため息をついた。


 ――確かに、騒ぎは不味いですわね。今後ともこの街でやっていくには、下手にぶつかり合う様より半歩譲る気持ちで接しませんとね。わたくしはともかく、わたくしの所業が原因で我が君が人間共に不信の目で見られる訳にはいきませんものね ―――人間との共存とは、何とも面倒な事か……。


「良いですわ。今回は甘んじて受け入れましょう。 ――で、す、が、次はありません事よ?」


「分かった! 配慮が足りずすまなかった! 今後は気を付けよう! なぁ、アイ!?」


 てんで頼りにならない父親でも見る様な冷たい目をレンフィールドに向けつつ、アイは渋々と言った表情で一言「分かりました」と告げた。


 その上で、余計な一言を追加して、レンフィールドを絶句させる。


「でも、私は悪くないので謝りませんから」


 魔王の周囲の空間にピキリと亀裂が入った(ようにレンフィールドには見えた)。


「わたくしが、受け入れると言っているのです。黙ってあなたも受け入れなさい」


 ミキサンがゆっくりとした調子で紡ぎ、それを合図に再び激しくスパークする両者。


 この時点で、ギルドに居た冒険者達は野次馬から避難者へと姿を変えた。


 当事者達だけが残るギルドの中に、「そ、そう言えば、」と、もはや捨て鉢気味に話題を振る青い顔をしたレンフィールドの声が響く。


「シンジュの誕生日はいつなんだ!? 15歳になれば登録は出来る。それまでの辛抱じゃないか!」


 そこには、自分よりもずっと年下の三人の少女に向けて必死に取り繕うオジサンの哀愁漂う悲しい姿が確かにあった。


 しかし、そんなオジサンの頑張りもドン底に落ちたままのシンジュの耳には届かず、流れる沈黙が更にその背中を煤けさせる。


 見かねた(オジサンなどどうでも良い。シンジュを)、ミキサンがシンジュにソッと寄り添う様に囁き、尋ねる。


「我が君、誕生日はいつですの?」


 ミキサンの言葉でハッと意識を覚醒させた後、少しだけ間を空けてシンジュが答えた。


「……よ、四日後」


「「……」」


「うちのギルドはね、鑑定板を使って無いってだけで置いてはあるのよ?」


 シンジュにとってはトドメとも云える一撃を笑顔のアイが放ち、それをこめかみから脳天にかけて響かせたシンジュは、ガクリと肩を落とし、項垂れたまま告げた。


「うっ……クッ………………また、今度に、します」


「……不憫な」


 なにをどうしても冒険者になれない自分の主に、魔王はただただ憐れみの視線を向け続けた。


 ちなみに誕生日は四日後ではなく、四日前であった。

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