第15話小さな暴君

「ま~ったく、まるで見世物ですわね。不愉快極まりない」


 群衆監視の中、歩を進めながら心底鬱陶しそうにそう吐き出したのは金の細糸で出来ているのかと聞きたくなる程に輝く髪を持った少女であった。


 並んで歩く彼女を横目に見れば、それはどこをどう見ても幼女にしか見えない。

 だがその実、少女の正体は途方も無い魔力をその身に宿した正真正銘の魔王である。


 神眼さんで確認したので間違いない。


 さてその魔王。

 現在はレンフィールドに引き連れられて、俺と共にギルドへと続く帰路を大勢の視線を一身に浴びながら歩いていた。


 どうしてこういう事態になっているのか……。それを説明する為、ギルドへと向かっている訳だが、この事態の当事者、というか原因の元締め的存在の俺は、どういう言い訳をすべきかと考えながらレンフィールドの後に続いていた。





「お願いしますよ神様。期待してます!」


 そんな事を口にしながら使用したのは魔技でも人技でもない、シンジュがたったひとつだけ所有している神技。

 その名を完璧育成マスターテイム


 使用前に神眼さんを使って、一応説明をちゃんと読んだのだが、いまひとつピンとこなかった。


 説明をそのまま抜粋すると、

 神技:完璧育成マスターテイム。【神より与えられし創造者の力のひとつ。完璧育成マスターテイムを受けた対象を自らの手足として使役する事が出来る。同時に、完璧育成マスターテイムにより使役された対象は、種族の限界まで力を引き出され、強大な力を得る】


 だってさ。


 それでまぁ、使った訳ですよ。三木さんこと悪魔に。

 するとアラ不思議。

 絵に描いた様な悪魔らしい悪魔だった三木さんが、俺の見ている前でたちまちの内に美少女へと変貌を遂げてしまいました。

 だけに留まらず、美少女へと生まれ変わった三木さんは、呆気に取られていた俺と目が合うと、真面目な顔でこちらへと歩み寄ってきた。

 素っ裸で。


 ロリコンでは無いので別に嬉しくもなかったが、気が動転していて美少女となった三木さんの裸をまじまじと見つめてしまった。

 そうして、俺が大混乱している間に、美少女三木さんは俺のすぐ前までたどり着いた。

 スケベ! 変態! と叫ばれるかと戦々恐々としたがそんな事はなく、素っ裸の三木さんは素っ裸のまま、突然、俺に対して手の先を膝まで下げ、体を深く曲げて見せた。

 三木さんからのまさかの最敬礼に、妙な居心地の悪さを感じた。


「御初に、我が君。こうしてあなた様と巡り合えた奇跡に、我が身は深い感激にうち震えております」


「…………はい?」


「下賎なるわたくしを、御身の手足として加えたくださりました事、その深き御心に多大なる感謝を。微力なわたくしではございますが、誠心誠意の努力と、粉骨砕身の働きをもって必ずやご期待に添える事をお約束致します」


「…………はい」


「つきましては――」


「待って待って待って!」


「はい。何か?」


「敬われ過ぎて訳分かんないんだけど!? 居心地が悪過ぎるよ!?」


「あ……。――申し訳ありません。――なんという事でしょう……。矮小なわたくしが、事もあろうに我が君の気分を害してしまうなんて……。どうぞ踏んでください」


「なんで!? 踏まないけど!?」


「遠慮は不要にございます」


「遠慮してる訳じゃないからね?」


「左様でございますか……」


「なんで残念そうなんだろう――え~っと……」


「僭越ながら、わたくしは世に生まれ落ちて日が浅く、我が君のお耳に入れる様な名など持ち合わせておりません。どうぞ、わたくしの事は虫ケラでもゴミクズでも我が君のお好きな様にお呼びください」


「もうちょっと自分を大事にしよ?」


「それが御命令とあらば」


「うん。命令とかじゃないけど? ――あ~、名前が無いのか」


「わたくしには必要の無い物でありますから」


「普通必要だと思うけど? 呼ぶ時困るし……。とりあえず名前が決まるまでは三木さんって呼んで良いかな?」


「今日からわたくしはミキサンです。天上よりその名を拝命致しました」


「あ、はい」


「ミキサン……。ミキサン。――はぁ」


 自分の名前を噛み締める様に呟いたかと思ったら、突然、三木さんは胸を押さえてフラフラと力なくよろめいた。


「だ、大丈夫か!?」


「申し訳ありません。あまりの感激に意識が飛びかけてしまいました。我が君に心配をかけてしまうなんて――どうぞ、踏んでくださいまし」


「うん。踏まないけど?」


「……恐れながら申し上げますが、では何故、わたくしは我が君の下僕として存在するのでありましょうか?」


「少なくとも踏む為では無いと思うけど……」


 言うと、本気で困った様な顔を向けられてしまった。どんだけ踏まれたいんだ。俺に、人を踏んづけて悦に入る趣味など無いし、そうで無くとも見た目子供にしか見えない三木さんを踏むなど、虐待以外の何物でもない。そんな事をして誰かに見られた日には俺の人格を疑われてしまう。


 踏まれたい三木さんと踏みたくない俺のやり取りは横に置いておいて、ちょっと状況の整理をしてみよう。


 三木さんの態度から察するに、これは完璧育成マスターテイムがキチン仕事をしたという事だろう。

 つまり、使役。

 悪魔こと三木さんが俺の配下として加わった訳だ。

 それにプラスして、三木さんのこの劇的ビフォーアフターな姿。

 完璧育成マスターテイムの説明によれば、使役された者は種族の限界までパワーアップする、という事らしい。


 確かにパワーアップしている。

 見た目は勿論だが、先程、街中でバトルを繰り広げながら神眼で見ていた三木さんのステータスが、驚異的なまでに上昇しているのが、同じく神眼で確認出来た。



名前:ミキサン (0)

種族:魔王

レベル:150

体力:3500/3500

魔力:6000/6000

魔法適性:全属性


スキル

魔技:

【マカの五色鳥】

【拒絶の壁】

【ヘカト】

絶対魔王主義サタンルール

【空間転移】

【魔力探知】

【魔具創造】

【暴視】

【ミラージュ】


体技:

【格闘技能】LVMAX

【気配探知】

【危機感知】

【鑑定】

【超速移動】

【指揮者】

【調教】

【拷問】



パッシブスキル:

[毒物完全耐性]

[石化完全耐性]

[睡眠完全耐性]

[物理完全耐性]

[魔法耐性]

[痛覚軽減]

[精神攻撃完全耐性]

[生命力吸収]

[自然治癒力上昇]

[限界突破]


【加護】:

・神徒の寵愛


【称号】

・ヒューマンキラー


 うん……。

 うん。


 俺は何処からツッコミを入れていけば良いんだ?

 名前か? ミキサンか?

 確かに、三木さんって呼んで良いかと尋ねたのは俺で、三木さんもそれを了承したけども、サンは違うだろ。それは敬称であって名前じゃないからね? どうしてそこを名前に組み込んじゃったの?

 俺はミキサンさんと呼ぶの? おかしいよね? どう考えても。


 年齢の0歳、と言うのは、世に生まれ落ちばかりと自己申告していたし、まあ分かるとして――


 ――種族:魔王ってなんだよ。


 三木さん、改めミキサンって魔王になっちゃったの? 完璧育成マスターテイムを使用する前は、確かに種族:下級悪魔となっていたはずだ。昇進おめでとうございます?

 そして、流石魔王というべきかLVが150もある。体力や魔力も、そこらの冒険者の何十倍も高い。


 使える魔技も多い。

 いくつか気になった物を詳しく見てみると、【マカの五色鳥】というのが、【四色蜥蜴の吐息】の上位互換であるらしいと知った。四色蜥蜴の火、水、風、土に闇が追加されたのが【マカの五色鳥】。


 それから、俺が個人的に一番気になった魔技、その名も【絶対魔王主義サタンルール】。なんとルビが振ってありますよ。

 ルビまで振ってありますが、説明は至ってシンプルに「万象の改変」とだけ書かれていた。

 全然説明になってない気がする。俺が使える訳では無いので、深く理解する必要も無いのだろうけど、もうちょっと詳しく教えてくれても良いんじゃない? 


 やや不満に思いつつ、視線を下に動かす。


 体技は……。

 体技? 人技じゃなく? 人じゃないからかな? モンスターもこの部分は体技になっていた。こんな美少女であっても、ミキサンは人ではなくモンスターに分類されるらしい。まあ角とか生えてますし?


 肝心の体技の中身については、軽く流すだけであまり触れないでおこうと思う。明らかに怪しい趣味に使いそうなモノが見受けられるからだ。

 ミキサンってば、「踏んでくれ」と当たり前の様に言うドM気質だけでなく、正反対なドS気質も兼ね備えているようだ。恐ろしい子。


 ミキサンの性癖は華麗に見なかった事にするとして、次は加護だ。

 ここ数日をランドールで過ごして気付いたが、一般的に加護を持っていないのが普通らしい。シンジュ以外に加護を持っている人は、少なくともここランドールの街には居なかった。LV50を越えているレンフィールドでさえ加護は持っていなかった。


 シンジュは、女神の加護なるものを持っている。他に亡霊の加護とスライムの王という加護も合わせて三つの加護持ちだ。どれもどういう効果があるのかは、神眼さんをもってしても見る事は出来なかったので、いまだ効果不明のまま。ミステリー。


 そんな所有自体がレアな加護であるが、魔王ミキサンは「神徒の寵愛」という加護をひとつ持っていた。

 魔王なのに神と名のつく者から愛されている意味がちょっとわからないが、持っているので仕方ない。こちらも効果は不明。


 そして最後に【称号】。

 ヒューマンキラー……。

 まあ悪魔だって事を考えれば、この称号を持っていても不思議じゃないのかな。

 称号も加護と同様に効果は不明だが、「多くの人を殺した者に与えられる称号」という説明書きがされていた。



 強くない?

 実はラスボスなんじゃないだろうか? 今の内に踏んどく? いや、自分から望んだくせに「あの時はよくも足蹴に」と過去を掘り返されて逆恨みされても大変なので、やっぱ止めておこう。

 

「我が君、恐れながら少し宜しいでしょうか?」


「あ、はい。なんでしょうか?」


「……わたくしに敬語など不要にございます。どうぞ、普通に、――なんなら罵ってくださって結構です」


「……普通で」


「……はい」


 残念そうな顔をするのやめてくれんか?


「話を戻しますが。周囲に、特にこの先、西側の辺りに多くの人間共か集まっている様に見受けられるのですが、殺しますか?」


「逆だから。俺――じゃない、私は人間側だから」


「ああ……、そうでございました。では、その人間達と争っている上位のモンスターの方を処理なさいますか?」


「ああ、うん。そうだね。ミキサンショックが大き過ぎて、やるべき目的を完全に見失っていたね。早く助けに行かないと」


「それでは微力ながらわたくしめが」


「その前に確認なんだけど……」


「なんでしょうか?」


「ミキサンは魔王だけど……味方って事で良いんだよね?」


「広義的に解釈するならば違います」


「違うの!?」


 てっきり完璧育成マスターテイムで仲間になった物とばかり思っていたが。これは、ルート次第ではラスボス待ったなし。こんな化け物に勝てる気がしない。意地でもラスボスルートは回避せねば。


「僭越ながら、言及致しますと。我が君のおっしゃり様は含みが広過ぎますわ」


「と言うと?」


「『人間の味方か?』と問われれば、わたくしは違うと愚考致します。―――ですが、『我が君の味方か?』と問われた場合、わたくしは、例え何があろうとも我が君のお味方であると、その様に確信致すところにございます。わたくしの血の一滴から魂の一欠片まで、全て我が君の為に仕え、我が君を尊び、我が君の覇道の為に勇往邁進する事をお約束致します」


「そ、そう」


 とんでもなく迫力があるミキサンの眼力に思わず頬がひきつる。

 本物の三木さんも大概眼力は強かったが、こちらはそれ以上である。歳に似つかわしくない、というギャップのせいもあるのかもしれない。


 迫力負けは別にして、人間の味方では無いが、俺の味方ではあるらしい。

 魔王が味方というのも不思議なものであると思うが、これ程に頼りになる味方も早々居ないんじゃないか? ラスボスが仲間になったみたいなものだし。


「まあ何はともあれ宜しくね? あと、さっきも言ったけど敬語はほどほどにね?」


 右手を差し出した。

 ミキサンは少し戸惑う様に手と顔を交互に見てから、恐る恐る握手を交わした。


「はい。お世話になります我が君。――あ、いえ。宜しくお願い致します」


 互いにしっかりと握り、微笑み合う。


 うん。まあそれ位の敬語なら良いかな。流石に堅すぎる言葉使いは対応に困ってしまう。ミキサンはああ言ってるが、今後のラスボスルートを回避する為にも、厳格な上下関係より、もっと砕けたフレンドリーな感じが良いはずだ。

 何より、見た目少し年下だがシンジュに友達が出来るかもしれない。ミキサン賢そうだし、きっと良い友達になる。


「と、挨拶はこれ位にして早く助けに行かないと」


「それでしたら、わたくしに先行してのモンスターの排除をお任せ下さい。必ずやご期待に添えてご覧にいれますわ。」


「え? 出来る?」


「はい。なんの問題もありますせんわ」


「じゃあお願いしようかな」


「畏ま――んんっ。――お任せあれ、ですわ。我が君は、後からゆっくりとお越しを」


「うっす!」





 そのあとは、スライムと戯れつつ体を休めて時間を潰した。

 可愛いなぁスライム。一匹くらいなら飼いたいなぁ。ひんやりとしていて弾力のある触り心地が最高。


 プニプニとスライムを愛でながら、スキル気配探知で街の状況を確認していく。


 気配探知によれば、広場のモンスターは悪食魔馬ランタンジャックというかなり高レベルのモンスターの様だが、魔王ミキサンならば多分問題なく片付けてくれるだろう。


 また、街を襲ってきたモンスターは悪食魔馬ランタンジャックを除いて、全てスライムによる数の暴力によって一掃されてしまっているらしい。

 スライムだけを、気配探知から外す、という新しい使い方を覚えていなければ、それも分からなかった事だけど。


 そうして、気配探知でモンスターが討伐された事を確認してからミキサンの元、広場へと向かった。


 思えばこの時、もっと配慮というモノをしていれば、こんな大問題に発展していなかったかもしれない。

 具体的に言うと、ミキサンに魔王だという事を隠してくれとお願いするとか、面倒臭がらずに自分で倒してしまうとかだ。


 まあ……今更だよなぁ。


 ミキサンと一緒に、レンフィールドに連れられてやって来たギルドの扉をくぐりながら、そんな事を思った。

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