第14話悪魔の花道
「敵は大きく疲弊している! もうひと踏ん張りだ! 気を抜くな!」
「「オオォ」」
レンフィールドの怒号に冒険者達が雄叫びで応える。
友好的であるらしいスライムとの共闘をもって、Aランクの怪物・
(――しぶとい)
満身創痍の
立ち止まっているとはいえ、これだけ長く常に魔法を展開し続けるのは相当に魔力を消費するはずだ。
だが、まだ
こちら側、冒険者達にも疲労の色が見てとれる。
ただ、幸いにして、
(スライムに狩られたと見るべきか……)
他のモンスターが消えた事をレンフィールドはそう推測していた。
ランドールの街に攻めいったモンスターは、ざっと見た限りでも、ウッドウルフや火吹きオオトカゲ、ジャイアントベアや大蜘蛛アラクネ。どれも普通ならばスライムには到底倒せるはずもない相手ばかりであるが、それを圧倒するだけの数が居たならば、そういう逆転劇が起こりうるのかもしれない。
しかし、それだけ膨大な数のスライムをもってしても、
この一時間の間に、一体何匹のスライムが死んだのか分からない。次々と現れては散っていくスライム達。
(こいつらは一体何故こんな行動に出ている?)
レンフィールドが不安を抱え始めたのは、共闘が開始されてから10分程が経った頃であった。
一時はスライムの奮闘により、危機を脱し、諦めすらも乗り込えたレンフィールドであったが、時間と共に別の不安が頭を出し始めたのだ。
それは、仮に
後には、いまだ姿を見せていないが
と、同時に、かなり減ったとはいえ未だに大通りを埋め尽くす程のスライムが残る。
今は味方かもしれない。しかし、それは一体いつまで?
この疲弊した状態で、悪魔と膨大なスライムの両方を相手取るのは不可能だ。
どちらか一方だけでも手に余る。
願わくば、悪魔を退けるまでは――。
そう願うレンフィールドの視界の中で、スライムが今までとは違う動きを見せた。
その様子にレンフィールドの中で緊張が走る。
そうしてそれは、突然やって来た。
冒険者達もスライムの様子にはすぐに気付いた様で、 スライムが別の動きを見せ始めた事を境に
スライムの異変に反応したのはレンフィールド達だけではなかった。
――いや、
スライムによって埋め尽くされた大通りの先。
まるで地面が割れるかの様に、スライムの群れが2つに割れていく道の先。
そしてそれは、スライムで構成された花道の奥に居た。
それを認識した途端、レンフィールド達の顔から血の気が引いた。背筋に悪寒が走り、えもいわぬ冷たい汗が流れた。
レンフィールドや冒険者達が正体不明の危機感に戦々恐々とする中で、ソイツはゆっくりと言葉を紡いだ。
「どこの子飼い達か知りませんけど気が利きましてね。褒めて差し上げますわ。まぁ、わたくしが通る花道としては些か気品に欠けてますけれど」
コツコツと足音を立てて、スライムを割って現れたのは五、六歳前後とおぼしき1人の少女であった。
それを眼にした誰ひとりとして、その場違いな少女から視線を反らす事が出来なかった。
少女は、黄金よりも輝く金色の髪を持ち、そのやや後ろめに纏めた短かめのツインテールを避ける様に、頭部の両側面から大きく湾曲した二本の角が生えていた。
眼は髪色に負けない程に金色に光り、自信に満ち溢れた口元からは僅かに笑顔が溢れている。
(この魔力……。これほどの――。これはSランクどころではない……。更に上の……化け物だ)
優雅に歩む少女に目を奪われながら、レンフィールドはきつく刀を握りしめた。
最も恐れていた事態が遂に幕を開けてしまった。
出来ればこうなる前に、目先の厄介者である
時間でカタがつく消耗戦。それは裏を返せば、悪魔が到着するまでの時間稼ぎにもなってしまっていたのだ。
「と、止まれ!」
少女の最も近くにいた冒険者が、手に持った槍を向け少女を制した。その腰は完全にひけていて、少女に向けた槍の矛先も大きく震えていた。
(よせ!)
そう叫びたかったが、少女の気迫に呑まれ、レンフィールドの喉から言葉が飛び出して来るも事はなかった。
代わりに、少女が口を開く。酷くつまらなさそうに。
「わたくしに何かご用でして?」
「き、貴様何者だ!? その角! 人間ではないのだろう!? 貴様をこの先に通す訳には――」
「お黙りなさい」
震える冒険者の言葉を遮り、少女がピシャリと言ってのける。
「口の聞き方も知らない人間ですことね。――今度わたくしにそんな口を聞いたら、タダじゃ済ましませんわよ?」
少女がそう言った。
言っただけ。
少女が何をした訳でもないが、それだけで冒険者は槍を落とし、腰を抜かしてその場に崩れ落ちた。
少女はその様子に、口元に手をあてクスクスと小さく笑った。
「心配なさらずともあなた方には何もしませんわ。あなた方はそこで好きなだけ尻餅でも何でも黙ってついていなさい」
そうして、少女は震える冒険者を一瞥すると、また歩みを再開させた。
その足の先には一体の馬。
「駄馬のくせにわたくしと張り合うおつもりですの?」
少女がクスクスと笑う。
「よござんす。かかっていらっしゃいな。駄馬は駄馬らしく、馬肉にして差し上げます事よ?」
挑発する様に少女が指で「かかってこい」と動かしてみせる。
少女はその様子を愉快そうに眺めていたが、ふと、何かに気付いた様な顔つきをして、そのまま片手の平を
「……そう言えばあなた――臭いんでしたわね」
少女はポツリと呟いた後、ひどく冷めた眼を自身を目掛けて駆けて来る
「《お座り》」
少女がそう言った途端、明らかに周囲の空気が一変した。
駆けていた
少女の声を聞いた者全てが少女に跪いた。
「あらあらあら、なんて見事なお座りだこと。あなた、お座りの才能がありましてよ?」
悪魔が笑う。
不敵に嗤う。
屈辱感で全身を滾らせながら、それでも頭を地面へと付けたまま立上がれない
と、不敵に笑う少女の魔力が増大する。
そのあまりの魔力の大きさにレンフィールドが目を見開き跪いたまま少女を見た。
「馬肉は変更ですわ。そのまま灰におなりなさい」
少女の言葉と共に、
少女の発した魔力によって拘束された
レンフィールド達が見守る中、
そうして、その場に赤い丸だけが残った後、少女が指を鳴らして魔法を発動させた。
それは、人智を超えた魔力の持ち主のみが扱える究極の火属性魔法【
扱い方次第では小さな街すらひと息に呑み込んでしまうその凶悪な魔法を、少女はたった一体の駄馬処理の為だけに用いた。
赤い球体の中で地獄の業火が渦を巻く。
その中にあって原形を留める物は無いに等しい。
それは、見ている者にとって、神話の世界にでも迷い込んでしまったのかという錯覚すら覚える程、恐ろしくも神秘化な光景であったという。
もう一度少女が指を鳴らす。
と、赤い球体は何事も無かった様にスッと空中へと霧散して消えた。そこには何もない。
代わりに周囲に立ち込めたのは、高温を前にした様な焦げ臭さ。
「灰も残りませんでしたわね」
口元に手をあてがい、クスクスと少女が笑った。
一時の戯れ事に目を細めた後、少女が「さて、」と口にした。
その言葉で、その場に居た者達がようやくにして現実に引き戻された。
果たしてこれは現実か……。正気に戻ってなお、そう訝しむ者が居てもそれは仕方のない事だったかもしれない。
少女の魅せたモノはそれ程に常軌を逸脱していた。
自分達とスライムが命がけでやって足止めしか出来なかった
あまりに実力が違いすぎる。冒険者の誰もがそう思った。
これには勝てない、と。
誰もが何度も諦めかけ、それでも折れてしまいそうな気持ちを奮起させた気持ちを、絶望を背負った少女はいとも簡単にへし折った。
ただ1人を除いて……。
「待て」
少女の前に立ち塞がったのはランドールのギルド長にして元Aランク冒険者レンフィールドであった。
この場で唯一、心が折れなかった者。諦めなかった者。
否。
少女の前に立ち塞がった時、レンフィールドは既に諦めていた。
この少女には絶対に勝てない。
だからレンフィールドは勝つ事を諦めた。
次いで、自分の生を諦めた。
レンフィールドを冷たい目をした少女が、さして興味も無さげに見つめる。
見た目は少女にしか見えないが、近くにいるだけでどうにかなってしまいそうだった。
少女の視線と気迫に、今にも逃げ出したい自分を理性で必死に押し留めると、レンフィールドは持っていた剣を地面へと落とした。
金属のぶつかる甲高い音が、静かな周囲にやけに大きく響いた。
「抵抗はしない。俺を殺したければ好きにしてくれ。その代わり、寛大な御心でこの街を見逃して欲しい。頼む。――この通りだ」
少女の前であぐらをかいて座ったレンフィールドは、そう言って深く頭を下げた。
深く頭を下げたままレンフィールドは思う。
この少女には絶対に勝てない。
だから、自分にはこうする事しか出来なかった。
こうする以外に街を救う手立てなどあるはずもないと考えた。
「あなた……、悪魔相手に命乞いが通じると本気で思っているのかしら?」
下げたレンフィールドの頭の上に、少女の囁きが降り落ちる。
「……思わない。 ―――それでも頼む。街を見逃してくれるなら、俺の体でも魂でもなんでも好きなモノを好きなだけ持っていってくれて構わない」
レンフィールドとて、悪魔相手にこの取引のていすら為していないただの命乞いが通るなどとは露程にも思っていなかった。
それでもレンフィールドは、この理性ある悪魔ならば、という思いがあった。
悪魔に人への慈愛の心があるとは思えないが、少なくとも、この少女には言葉が通じる。会話が出来る。意思の疏通がはかれる。
(それすらも悪魔の策の内なのかもしれない)
深く考えれば考える程、悪魔の術中に引き摺り込まれていくような気がしてくる。
しばらく沈黙が続いた。
長い静寂の中、少女の深いため息がレンフィールドの耳に微かに届いた。
のち、
「よござんす。あなたの願い、この魔王ミキサンが聞き届けて差し上げますわ」
レンフィールドの頭上に魔王の言葉が降り注いだ。
(魔王!!? 魔王だとっ!? この少女がっ!?)
思わず下げ続けていた頭を上げて、レンフィールドは目の前の少女を見た。
魔王を見た。
目が合うと、魔王と名乗った少女は、レンフィールドから視線を外す事なく不敵に微笑んでみせた。
「代わりに―――約束通り、あなたから好きなモノを好きなだけ頂いていきますわ。その覚悟はおありかしら?」
「勿論だ。――ありがとう」
礼を言うと、レンフィールドは静かに目を閉じた。その表情には、今から殺されかもしれないという恐怖の色など微塵も存在せず、ただ満足そうに微笑みだけが張り付いていた。
魔王はその表情を一瞥すると、間を空けてから小さく息を吐いた。
「………………………つまらないですわ」
「……どういう意味だ?」
「意味も何も、そのまんまですわ。つまらない。それ以上でも以下でもありませんわ」
「約束を――」
「先程別の方にも言いましたが、街をどうこうするつもりなど最初からありませんのよ? まぁ、あなたがどうしても街の代わりに自分を踏んでくれと言うならば、踏んで差し上げない事もありませんが」
守るつもりは無いのか? とレンフィールドが問い質すより先に魔王が口を開いた。
魔王の言葉に、レンフィールドは顔から険が取れて、心底ホッとした表情を浮かべた。
しかし、続く魔王ミキサンの言葉に、レンフィールドはその表情を驚きに染め、絶句する事となる。
「これから同じ街に住む隣人として、お互いに仲良くしましょう?」
「―――――――は?」
魔王の言葉に呆けるレンフィールド。
それを見て、魔王がフフンと小粋に鼻を鳴らした。その表情は、悪戯を成功させた子供の様に得意気が顔の全面に張り付けてあった。
「ミキサーン!」
静まりかえる広場に、場違いと思える程に間延びした声が響いたのは、魔王の言った言葉の意味が理解出来ずレンフィールドが非常に難しい顔つきで困惑している最中の事であった。
「終わった?」
「終わりましたわ。つつがなく。我が君のお望み通り」
「流石ミキサン。やっぱ勉強が出来る人は仕事も早いなぁ」
ウンウンと両腕を組んで、満足そうに頷いてる少女に、レンフィールドは目が釘付けになった。ついでに言うと、ますます混乱した。
訳が分からず、魔王と少女を交互に見て、どうにか状況を把握しようと努めるも上手くいかない。
レンフィールドの混乱は続く。
「レンフィールドさん、大丈夫ですか?」
呆けているレンフィールドの目に、心配そうな顔をした少女の顔が映り込む。
良く知っている顔だ。レンフィールドはそう思った。
まだ付き合いは数日と浅いが見間違える訳は無い。それでもレンフィールドは確認せずにはいられなかった。
「……シンジュ、か?」
「え? はい、そうですけど……」
「え? 魔王?」
シンジュの返事を耳にした後、レンフィールドは魔王へと目を泳がせた。
この時のレンフィールドは、見ているシンジュが可哀想だと思う程に激しく狼狽していた。
「魔王ミキサンですわ」
魔王が答える。
何回言わせるんだと言いたげに、少し鬱陶しそうにして。
「ど、どうなってる? 何故、シンジュが魔王とそんなに親しげなんだ?」
レンフィールドの心の底から絞り出した様な切実な質問に、シンジュと魔王ミキサンが顔を見合せた。
そして、二人同時にその答えを口にした。
吐き出された答えこそ同時ではあったが、両者の表情は対照的な物であった。
シンジュは少し困った様に。
魔王は何処か誇らしげに。
言った。
「友達です」
「
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