第13話三木さん
「こんな点数で恥ずかしくないんですか?」
英語で赤点を取ってしまい、貴重な高校生活の夏休みに補習、追試のフルコースを味わう様に言い渡されて項垂れる俺に、そんな嫌味ったらしい台詞を吐いて来たのが三木さんだ。
「ほっとけ」
うるさいのに捕まったと、項垂れていた気持ちが更に凹んだのを覚えている。
「私はこのクラスの委員長としてとても恥ずかしい。あなただけですよ? うちのクラスで補習受けるのは」
三木さんは、地味過ぎるという程では無いが、むしろ素材は良い方だと思うのだが、派手さに欠けた容姿に加え、夏用の制服のキチッとした着こなしと、膝まで隠れた長めのスカートが地味さを加速させている同じクラスの女子だ。
別にそれが悪い訳では無く、むしろ模範生と称すべきなのだろうが、夏の薄着だというのに「それで良いのか花の女子高生」と思わずにはいられない程に色気が無い。
折角、胸が大きいのに……。
と、ついつい目が行きがちな胸から視線を上げると、眉を吊り上げてそう憤る三木さんと目が合った。
その目力にやや怯む。
「……色々調子悪かったんだよ」
まず言い訳から入っていくスタイル。
とは言え、調子が悪かったのは事実で、バイト先で仲の良かった子が、「成績が~」「親が~」と、まぁようするに試験を理由に二人辞めてしまって、特に辞める理由も無かった俺にそのしわ寄せが及んだ。
バイト先の店長も「お前も試験だろ? 無理に入らなくても良いぞ?」と言ってくれたが、進学組とは違い高校を卒業したら就職するつもりでいた俺は、大丈夫だとそのままバイトに勤しんだ。卒業さえ出来ればそれで良かったのだ。
卒業して、施設を出て、自立する。
中学からそういう思いを抱いて過ごしていたので進学など頭に無かった。大学への支援制度なるものもあるらしいが、不況ど真ん中の日本、ひいては施設に、そこまで宛にするのもやや気が引けた。別に高尚な思想や理念がある訳でも無いが、そういうのは本当に行きたい奴に少しでも多く回して貰った方が良いだろ。どういう仕組みはイマイチ分かって無いけど。
有り難い事に就職先だけは紹介して貰えるらしいので、あとは無事に卒業するだけ。
だったのに、まさか二年生で早くも赤点とは。この一件だけで留年が決定する訳じゃないが、幸先が不安である。
先のバイトの件も加え、夏風邪を引いたのも不味かった。
むしろそれが全ての原因だと思う。
元々、贅沢な文明の機器による体の冷却に慣れていない未開人的体質な事と、バイト先のレストランが客商売ゆえかガンガンに冷房が効いている事とが相まって、見事に風邪を引いた。
夏風邪は馬鹿しか引かないらしいので俺はきっと馬鹿なんだろう。知ってた。
結局、風邪を引いたと自覚した夜のうちに熱が出て、施設の職員さんの手を煩わせるは、バイトは休むは、無理して挑んだテストは散々だはで何も良い事が無かった。
体調不良のピークである試験初日に苦手な英語があったのも不運と言わざるを得ない。
まぁ、それを抜きにして、他の科目が赤点じゃなかったのは奇跡と言える。
なんにせよ、馬鹿の極みである。いっそ清々しい。
清々しいと感じるのは風邪が治った直後だからかもしれない。
そして、そんな清々しい気分の俺に水を差したのが件の三木さんである。
「ってかお前、俺になんか用なの? まさかテスト結果の自慢をしに来たのか? それとも単に嫌味を言いに来たのか? お前」
俺の言葉に、三木さんがムッとした表情を更に堅くした。
「お前お前って、偉そうに聞こえるのでやめて下さい。同級生ですよ。そして私の名前は
知ってるよ。同級生なのに何故敬語なのかは知らないけれど。育ちか?
そいでもって、何故フルネームで自己紹介して来たんだ?
あれかな。つい最近まで、ミキさんミキちゃんとクラスの人達に呼ばれている彼女の[ミキ]という名前が、苗字ではなく下の名前だと思っていたのがバレているのかな?
先生方までミキミキしていたので、随分フレンドリーだなと思っていたが、なんの事はないまさか三木が苗字とは……。
「で? 結局、三木ちゃんは俺になんの用だ?」
「いきなりちゃん付けですか!? こわっ!」
ドン引きしたとでも言いたげに三木さんが自分の体を両腕で抱き締めて半歩引いた。
温和に定評は無いけれど、短気とまではいかない流石の俺も少しばかりイラついて来たので、からかうつもりで「……三木成美って逆から読んだら」と口にした瞬間、もの凄い目付きで睨まれた。
そのあんまりな表情に最後まで言葉にする事なく押し黙る。
おそらく、今までにも俺が口にしかけたものと同じ内容でからかわれた事があるのだろう。だからこその今の反応。特にそういった事は小学男子なんかは嬉々として食らい付く生き物であるし。
睨み殺す、というのは案外言葉の綾ってだけでは無いのかもしれない。そんな事を思いつつ、いまだ睨みを利かせる蛇女の呪縛から逃れ為に話題を本筋へと戻す事を試みる。
「え~……っと、なんの話しだっけ?」
なんの話というか、俺が嫌味を言われているだけだった気もするけど。
俺が問うと、三木さんは少し言葉にするのを躊躇う様な仕草を見せた。
なんだ? 口にするのを躊躇する様な酷い事を言うつもりなのか? 躊躇う位ならわざわざ言わなく良くない?
「……補習って英語だけですよね?」
「え? ―――うん。赤点だったの英語だけだし」
「でも、他の教科も赤点ギリギリなのがありましたよね」
「……馬鹿で悪かったな」
「別に馬鹿だなんて言ってません。体調悪かったみたいだし、まぁ仕方ない面もあるのかな、と」
「熱で頭回んなかったからな~。―――ってか、そんなに体調悪そうに見えた? 折角学校来て帰らされるのも嫌なんで体調悪いの隠してるつもりだったけど」
「……先生方は気付いてなかったみたいですけどね」
「だろ? なんも声とか掛けられなかったし」
「それはそれで寂しい気も」
「ははっ。まぁ三木さんくらい優等生だったなら先生達も気に掛けてくれたんだろうけど……俺だしな」
「ですね」
自分で言っておいてなんだけど、そこで納得されると悲しいんですけど?
三木さんは、それから少しだけ間を開けて、
「それでなんですが……」
「うん?」
「今回成績の悪かったあなたには英語の補習だけでは足りないと思うんですよ」
「……」
「それで、ですね。良ければ……夏休みの間、私が他の科目も教えてあげよーかなー、なんて思った次第でして……」
「いや、いい。バイト」
バイトがあるからとバッサリと断った。
まさか断られるとは思ってなかったのか、三木さんは眉間に皺を寄せ、口を半開きにして驚いていた。
しかし、三木さんの驚きは僅かな間だけで、驚きから素早く立ち直った三木さんは、今度は眉をキツく上げて憤った。
「馬鹿なんじゃないですか!?」
知ってる。みなまで言うな。つい最近、それを改めて実感したところだ。
だが優先すべきはバイトだ。補習のせいで「夏休みの間にいっぱい稼ぐ」という目標が早くも破綻しかけているのに、そこに更に勉強時間なぞを設けたら一気に瓦解してしまうではないか。
「勉強が大事なのは分かる。だが、夏休み中はバイトに明け暮れようかと思っていてね」
「意味分かりません! たった三年しかない貴重な高校生活の夏休みをバイト!? いや、全然意味分かりません! 他にやる事あるでしょ!?」
「……例えば?」
「……例えば……。そう、例えば友達と「これ新しく買った水着なの? 似合う?」と言い合う為に海やプールに行ったり、お祭りに行って異様に高い出店のあれやこれやに高いと文句をつけつつドカ食いしたり、打ち上げ花火を見て「た~ま~や~」と言ったら自分だけしか言ってなくてちょっと気恥ずかしかったり、そういうイベントが盛りだくさんなんですよ!?」
「……勉強は?」
「……………勉強も勿論します」
先に比べて明らかにトーンダウンしているが、まぁ触れないでおこう。三木さんは真面目な委員長ではあるが、ガリ勉という訳でも無いらしかった。
それより、三木さんの話で頭の隅に追いやっていた「課題」なるものの存在がむくむくと沸き上がってきた。夏休みの友とも呼ばれるソイツとは、小学生の時に絶交宣言を出した。
にも関わらず、ソイツは毎年夏休みになると帰郷する親戚の様な顔をして俺の前へとやって来やがる。
1人でソイツの相手をするのは非常に面倒臭い事この上ない。
だが三木さんがいればその煩わしさから一気に解放されるかもしれない。
「1教科千円でどうだろう?」
三木さんに向けて人差し指を一本立て、そう提案してみた。
科目の数を考えれば中々の痛手だが、課題に何日も時間を取られるよりはこっちの方が効率は良いはずだ。
「え? なにがですか?」
「課題の丸写し」
「自分でやれ!」
「千五百」
「いや、値段の話じゃなく、自分で――。いえ、じゃなかった。私も手伝いますから。だから、課題は一緒にやりましょ?」
そうか、三木さんは育ち良さそうだもんな。きっと千円程度の端金では駄目なんだろう。しかし、これ以上となると何の為に払うのか分からなくなってしまう。本末転倒だ。
三木さんの課題の丸写しは断念する。
かと言って、仲の良い友人達も期待は出来そうにない。馬鹿の友達は基本馬鹿なのだから。
ただ、三木さんが課題を一緒にやってくれると提案してくれている。優等生な三木さんが課題攻略のブレーンになってくれるのであれば、俺が1人で頭を悩ませながら取り組むよりもずっと早く終わるに違いない。
是非もない。
「よし乗った。課題、一緒にやろうぜ。俺と三木さんの二人で」
「え?」
「ん?」
あれ? 何故か三木さんが固まってしまったぞ? そういう話じゃなかったのか?
俺は三木さんの知恵を借りササッと面倒な課題を終わらせる。
三木さんは三木さんで、たぶん委員長的な責任感からか出来の悪い俺の成績を夏休み中に少しでも良くし、クラスの平均点を上げようとしているのでは? ひいてはそれが自分の内申点にも反映されるかもしれないという打算的な意味も含め。
持ちつ持たれつ。
と、そういう話では?
そんな事を考えていたら、三木さんの顔がグニャリと歪んだ。
いや……なんていうか……。喜びと驚きが同時に爆発したみたいな、なんとも言えない複雑な表情。正直、醜悪。
ブサイクとまで言うつもりはないけど、いつもの委員長然としたキリッと擬音が聞こえて来そうな表情を見慣れているせいか、その時の三木さんの顔はとても異質な、別人の様に見えた。
☆
悪魔が見せた先程の表情はまさにあの時の三木さんに良く似ていた。
だから、悪魔に三木と名を付けた訳だけど――
今の回想必要?
まぁ、向こうの三木さんとの思い出に耽っている間にもこっちの三木さんとの死闘(?)は繰り広げられており、そのお陰で四色蜥蜴の吐息の扱いにも慣れて来た。
とは言っても、使っているのはほとんど手の平でキャンプファイアを開催する
もうひとつ、
でも、それがいけなかった。
そうして、安易な気持ちで振り下ろした手刀と共に放たれた刃は、斜線上にいた全ての物を切り裂いた。
それは、悪魔の片腕だったり、ランドールの街に並ぶ建物だったりだ。
止まる事を知らない刃は真っ直ぐ真っ直ぐ、途中にある物全てを切り裂きながら突き進み、家の十軒程を真っ二つにした辺りで消えていった。目測で50メートル程。……もっとかも。
正直、横凪ぎではなく縦切りで良かったと心底ホッとした。
少し距離がある、という理由でほったらかしになっているランドールの住民の何人かが、まだ建物の中には残っている。
飛距離、切れ味共に申し分もない
初めて悪魔にダメージらしいダメージを与えられたのは良いが、こんなものを連発しては悪魔の前に俺が街を壊滅させてしまう。
なんと危険な魔法なのだろう。
そんな訳で、こちらも現在は使用を控えている。
他にも魔法書にはいくつかの魔法が載っていたが、
そんな訳で、俺はただひたすら手から炎をボゥと出して三木さんと戯れている。火遊びだ。ワイルドだろう?
色々魔法を使って分かったが、四色蜥蜴の吐息という魔技は、使ったら何らかの効果が出る魔法ではなく、
つまり、この魔技を持っていれば、火、水、風、土の魔法はどれでも好きなのを使える。
と、神眼で見た四色蜥蜴の吐息の説明文に書いてありました。
神眼さん有能やな。役立たずとか思って申し訳ない。
もっとも、各属性の魔法を知っていないと結局使えない。「火よ。出ろ~!」と言っても魔法の火は出ないのだ。ちゃんと
また勉強かと落ち込んでいる場合でもない。
当面の目標は、今も力いっぱい暴れている三木さんをどうにかする事である。
とは思うが、どれだけ殴っても倒れず、
他の手は無いかと、三木さんの放つ氷柱(神眼で見たところ
三木さん、もとい悪魔に物理的なダメージは通らない。
かと言って、魔法は使い慣れていないから街に被害が及ぶ可能性が高い。
気配探知で見る限り、何やら避難所の方も大変そうなので、このままだらだら時間をかけるのも不味かろう。
困った。
――やっぱり、困った時は神頼みだろうか?
スキル一覧の神技という名称に意識を向けながら、そんな事を思った。
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