第12話神眼さん本気出す

 先手必勝と距離を詰め、悪魔に攻撃を仕掛ける。

 肉体強化のお陰か体がめちゃんこ軽い。このまま両手をパタパタしたら飛べるんじゃないだろうか?

 俺のパンチは面白い位に当たるのだが、悪魔も先程とは気構えが違うのか仰け反りこそすれぶっ飛ぶ様な素振りは無かった。

 飛んでいかないならいかないで、追い掛ける手間もなくサンドバッグに早変りなので構わないが、殴っても殴っても悪魔は血の一滴すら流さない。サンドバッグは言葉の綾だったのだが、本当にサンドバッグを殴っているんじゃないかという気になる。


 しこたま殴ったところで、流石におかしいと一旦距離を取る為、後方へと下がった。


「効いてるのか効いてないのか分からん」


 これだけ攻撃しているのだから、パーフェクトゲームでもおかしくないと思うのだが、悪魔には傷らしい傷も見当たらない。悪魔らしく血も涙も無いのだろうか?

 殴ってダメージが無いとなると勝つのはしんどい。剣の一本でも落ちていれば真っ二つにして終わりだったりするかもしれないが、生憎と周囲には小石しか落ちてない。いっそスライムでも投げようか?

 俺の考えを読んだのか、スライム達が少し離れていった。


 正直逃げたい。

 何故俺は異世界に来てまで娘を危険に晒しているのだろう?

 異世界とか、魔法とか、悪魔とか、目の前にあるそれらが夢の中でもあるかの様に、いまだ実感を伴わないせいだろうか?

 流石に数日経ってるので現実として受け止めているつもりだが、理性に感情がついてきていないのかも……。

 自分では無い他人の体に自分の意識がある、という不可思議な現象を忘れがち。危機感が足りません。

 どうもシンジュの体に入ると気が大きくなっている様に感じる。意識は無いがシンジュの感情に引き摺られている?


 そんな事を考えていたら、顔のすぐ横を氷柱が通り過ぎていった。


 悪魔がやたらめったら氷柱を飛ばして来るのがとても鬱陶しい。

 先程の物より随分小さい50㎝程の氷柱ではあるが、質より量を取ったのか数が多い。

 当たりはしないが材料が氷のせいで小さい氷柱だと酷く見え難い。


 しばらく、右へ左へと氷柱を避けながら思考する。思考しつつも安易に空中に逃げたりはしない。

 ふっ、知ってるぜ? こういう時、空中に逃げると「馬鹿めっ! 空中では身動きが取れまい!」という台詞と共に狙い撃ちにされるんだろう? 少年ジャンプで学んだ。



 それはさておき、他に使えそうなスキルってあったっけ?

 武器技能を除くと、

【採取】LVMAX

【裁縫】LVMAX

【料理】LVMAX

【掃除】LVMAX

【気配探知】

【隠密】

【危機感知】

【超速移動】

【神眼】


 超速移動とやらはもう使ってる。なんか足が早くなるスキルだ。俊足シューズもビックリの俊足だ。

 気配探知と隠密、危機感知辺りは名前からして戦闘向きじゃないだろうな。まぁ上4つも戦闘向きじゃないけど。

 となると、神眼とやらか。心眼じゃなく神眼なところが凄そうだけど、これも戦闘向きじゃない臭いよな。名前から鑑みるに犯罪用だろこれは。覗きとか。


「うおっ!」


 考え事をしていると氷柱が飛んできた。しかしそこは俊足君。横にササッと回避してみせる。ふふふ、闘牛士の様だ。

 と、調子に乗っていたら最初の氷柱で荒れた地面のでこぼこに蹴躓いた。

 俊足からの高速ダイビング。痛い。なるほど。きっとこういうところで危機感知が活躍したりするんだろう。

 擦りむいた膝を庇いながら物は試しと気配探知と危機感知の二つを発動させると、すぐ近くから届く危険信号をスーパーキャーッチ。

 慌ててそちらに顔を向けると、俺がズッコケている隙に悪魔が特大の氷柱を作り終えたところであった。


「……家かよ」


 見たまんまの感想を述べておいた。

 大きな氷柱が悪魔の頭上の空中でピタリと静止している。

 とにかくデカイ。

 どの位? 家くらい。

 あんなものが家の軒先に垂れ下がっていたら誰もが驚くに違いない。垂れ下がる程デカイ家もどうかと思うが。


 危機感知を使っているせいか、頭の中に信号が流れて来て鬱陶しい。防犯ブザーがぎゃん鳴きしているかの如く。不愉快なので危機感知を切っておいた。

 危機感が足りないと感じながら、危機感知を切る暴挙。それ位に不愉快な音。


 感知を切った事で俺の頭の中に平穏が戻るが、悪魔から放たれた氷柱がこちらに飛んで来た事で俺の平穏が終わる。なんと短い事か。


 とんでもなくデカイ氷柱だが俊足仕様の今ならば避けるのは訳無いだろう。

 だが避けない。

 避けてやらないひねくれ者。


 右足を一歩分下げ、腰を落として構える。


「実は大きなツララを拳で叩き割るのが子供の頃からの夢だったんです」


 氷柱を注視しながら、そう嘯く。


「どんな夢やねん!」


 雄叫びにも似た一人ノリツッコミで氷柱へと拳を繰り出した。力の限りぶん殴る。

 拳は氷柱に突き刺さり、刺さったそこから亀裂を全体へと広げ、瞬く間に爆散した。


「ははっ」


 自分でやっておいてなんだけど、現実感が無さすぎて乾いた笑いが飛び出してくる。別にノリツッコミが面白かった訳ではない。


「スライムさん、任せるよ!」


 砕け、キラキラと周囲に舞い散らばる氷柱の霧の先、悪魔を見据えたままスライムに合図を出す。

 一番近くに居たスライムがポヨンと体を揺らして応じ、それと同時に少し離れた場所に立っていた建物の扉が勢い良く開いた。

 建物の中から出て来たのは数匹のスライムと、それらに担がれる様に運ばれる小さな男の子が一人。

 スライムは男の子を担ぎ上げたまま、一目散に避難所の方へと走り去っていった。


 それを背中で見送って逡巡する。

 危機感知とやらは五月蝿くて使い物にならないが、同時に発動させた気配探知は中々に良い仕事をしてくれる。

 気配探知を使った途端に、感覚で周囲にいるモンスターや人の気配が鮮明に感じ取れる様になった。

 達人にでもなった気分。今なら瞬間移動とか気功派とか撃てそうだ。


 発動させた気配探知の結果、すぐ近くの建物の中に人がいる事が分かったので、まさか出来るとは思ってなかったスライムとのアイコンタクト(目が無いのに)によって、見事に男の子の避難を成功させる事が出来た。

 別にあのまま建物の中に居てもらっても良かったが、氷柱はともかく、建物が崩れでもしたら流石に助けられそうに無い。


 こうやって色々とスキルを使って思ったが、スキルというのは何とも便利なモノである。

 使おう、と思うだけであとはスキルが勝手に効果を発揮して頑張ってくれるのだ。


 格闘技能にしても、俺は格闘技なんてブルース・リーの物真似でしかした事もないが、何をどうすれば良いのかが反射的に理解出来る。体が覚えているかの様に動く。

 こんなに便利ならバンバン使ってやろうかと考えを改めた今日この頃。


 例えば、掃除スキルを使えば、悪魔のせいで、、荒れたこの場所もきっと綺麗に出来るだろう。今は忙しいのでしないけども。


 そうして、掃除スキルの使用を自重する代わりに、神眼スキルを試して見る事にした。多分アレだろ? 弱点が分かるとかそんなんだろ?

 と、予測を立てる。名前からしてそんな感じだからそう思っただけである。


 悪魔は悪魔で何か考え込んでいる様で身動ぎひとつしない。それならそれで都合も良いので放っておく。もしかしたら俺と同じでチュートリアル中かもしれないし。


 無いか。


 どういう状態だろうと、チャンスには違いないので悪魔に向けて神眼を発動させる。

 途端、頭の中に悪魔の詳細が伝わってきた。

 種族名悪魔から始まり、使える魔技やらが覗き見えた。

 興味はある。なんせ本物の悪魔なのだから。でも俺が知りたいのは、いま求めているのはそういう情報ではないので読み飛ばす。


 弱点……弱点……。

 ―――無いな。


 あれれ~! 神眼さん? おたくもしかして使えない感じ? 悪魔の詳細を見れるのは良いけど、俺が知りたいのは悪魔の弱点なんですが? 悪魔の魔技やらを知れたところで、そもそもそれがどんな物か見当もつかない今の俺には何の価値も無い訳ですよ。

 神眼(笑)。名前負けしてませんかね?


 するとアラ不思議。

 悪魔についての詳細が更に詳しく表示された。

 神眼さんの意地だろうか? 煽ってみるもんである。


 新たに出て来た説明を読むに、悪魔というのは精神生命体と呼ばれるモンスターに分類されるらしい。


 はい出ました。謎の単語、精、神、生、命、体。

 だからそれが何かといった説明は無い。

 無いのだが、続く説明に、魔力によって構築された思念を元に生み出された器を媒介とし、それを肉として活動する。とある。


 分かりません。

 なんで知ってて当然みたいな書き方するかな?

 異世界では常識だったりするんだろうか?


 と言ったところで観察終わり。

 自分から終わらせた訳ではなく、悪魔がこちらへの攻撃を再開させたので強制終了だ。


 しかも今度は氷柱じゃなくて、当たったら熱いでは済まなさそうな真っ赤な炎を放ってきた。

 流石にこれは拳で殴る訳にもいかず回避に専念する。


 かわした炎が背後の地面か建物にでも当たったのか、周囲が一気に焦げ臭くなった。


 あんなものをぽこぽこ放たれては街が消炭になってしまう。

 であるならば、俺が取れる行動はひとつ。放つ前に殴る蹴る。


 幸い、炎も先程までの氷柱と変わらないスピードで放たれているらしかったので、それらを避けながら突き進むのはさほど難しくもなかった。俊足万歳。

 至近距離まで間を詰めると、おもいっきり殴りつける。悪魔が激しい衝突音を轟かせながら地面に突き刺さった。格闘漫画の様だ。ギャグ漫画ならば地面に悪魔と同じ穴が開いていた事だろう。


 魔法というファンタジーを使っているのを見ると羨ましくもあるのだが、魔力が無い俺というかシンジュには使えない代物である。

 神秘と魔法の世界で肉弾戦の格闘漫画ってどうよ? 世界に逆行してる時代の風雲児みたいでそれはそれで有りかもしれない。


 まぁでも、折角魔法のある世界に来たのだから一度くらいは使ってみたい。

 悪魔とまではいかなくとも、アイちゃんみたいに手から火なんか出したり――


 そんな事を思いながら、「ボディがお留守だぜ!」と穴から這い出て来た悪魔の腹を殴りつけたら腕から炎が吹き出した。


「ぅあっつ!」


 驚き、慌てて悪魔から距離を取り、炎に巻かれた腕を数度振る。

 熱くはなかった。火傷をしている様子もない。


 なんだったんだ?

 悪魔の反撃か? そんな感じでも無かったが……。

 悪魔に視線を向けると、向こうさんも何やら驚いた顔をしているので悪魔が使ったという線は薄そうだ。


 まさか、手から炎が~なんて考えていて本当に自分で出したのか?

 でもこの体に魔力は無かったはずだ。

 そう思い、だんだん口にする事に羞恥も薄れてきた「オープン」を呟いて、もう一度ステータス画面を開く。うっすら向こう側が透けてはいるが、視界が極端に悪くなる為、出来れば戦闘中は使いたくないステータス画面。邪魔な画面。


 ――あれ? 魔力あるじゃん?


 ステータスには確かに魔力8000と書かれていた。

 いつから? さっき見た時はどうだったかな? スキルにばかり目をやっていたので気付かなかった。適性とやらも全属性になっている。


 ――不味い。

 魔力があるのは不味い。

 魔力がある事を知れば、確実にシンジュは怪しい儀式に手を出すだろう。魔力0で適性も無しと安心していたのに……。


 そんな不安を覚えながら何気なく魔技一覧に目を動かすと、


【異界渡り】……世界を渡る為の大魔法。膨大な魔力を必要とし、失敗すると世界の狭間に落ちる危険性がある。


 という説明文が追加されていた。


 ――どうして突然追加されたんだ?

 さっきは無かった。これは間違いなく無かった。


 他の魔技にも目を向ける。


【輪廻調伏】……死の超越者に与えられる禁魔法。肉体を捨てる事で新たな生を受ける。


【遺産継承】……他者の力を受け継ぐ事が出来る禁魔法。対象の同意が必要。対象が死亡後に効果が発動する。


【四色蜥蜴の吐息】……火、水、雷、土の四属性魔法を操る者に与えられる統合魔法。任意の属性魔法を発動可能。


【拒絶の壁】……攻撃から身を守る為の結界を構築させる事が出来る。結界の耐久力は使用者の魔力に依存する。


【大沼蛙の腹袋】……魔法生物・大沼蛙の体内にアイテムを収納、保管する事が出来る。


 と、ある。


 上の3つは、死とか危険とか禁とかあって危なそうなヤツだった。なにより説明が大雑把。これで俺に何を分かれと?


 で、四色蜥蜴の吐息。

 さっき手から火が出たのはコイツの仕業くさい。

 ちょっと試してみようか?


「え~っと、――なんだけっけ? あ、炎操イグニ


 腕を伸ばし、手のひらを何気なく開いたまま、アイちゃんに見せて貰った火魔法を思い浮かべながら炎操イグニと唱えた。

 途端――

 

 手のひらがキャンプファイアになった。


「あっちぃ!」


 それは一瞬の出来事であったのだが、手から吹き出したのは大火事と言って差し支えない程の巨大な炎であった。

 炎は向けた大空目掛けて燃え盛り、俺の前髪を僅かに焦がした後、たちまちのうちに消えた。


 詐欺だ。

 アイちゃんに見せて貰ったモノと全然違うではないか。アイちゃんが使った炎操イグニは精々がちょっと大きめな蝋燭の火程度だった。なのに、まさかキャンプファイアが目と鼻の先で行われるとは思ってもみなかった。


 目の前で起こった惨事にドキドキしていると、目を見開いてこちらを見る悪魔と目が合った。

 自分の魔法で自爆した俺に、おそらく呆れていらっしゃる。


 コホンと小さく咳をして、それから呆れる悪魔に向けて取り繕う様に言う。


「今のはイグニではない。俺のイグゾーマだ」


 いつかの漫画で見た台詞を真似する。ニュアンスが逆だったかもしれない。でももう口にしてしまったのでやり直せない。後の祭りというやつだ。

 キャンプファイアだっただけにな!!!


 誰も笑ってくれないかと思ったが、意外にも悪魔が、――いえ。悪魔さんが笑ってくれた。ゲラゲラゲラと。悪魔みたいに醜悪に。

 その目尻と口元を盛大に歪めた表情を見て思った。


 とりあえず、悪魔を三木さんと呼ぼう、と。

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