第11話3つの奇跡
この日、ランドールでもっとも最悪と呼ばれた日。ここランドールにおいて三つの奇跡が降って沸いた。
ひとつは忌むべき奇跡。
モンスターが突如として魔法を世界に顕著させ、ランドールをあわやというところまで追い込んだ。
毒を撒き散らせながら歩むそれは、半死半生で動きこそ緩慢であれど何人にも止める事の出来ない脅威の塊と化した。
必死に押し留め様とする冒険者を嘲り笑う様な緩やかな進撃は、苦痛でもがき苦しみ地べたを転げ回る冒険者を踏むしめて続く。
そこに二つ目となる奇跡が降って沸く。
最初、それを見た者は一様にしてその顔を絶望に染めた。
緩やかに迎えるはずだった終わりが加速するのを予見したからだ。
ともすれば叫び出してしまいそうになるランドールの住民達が目にしたのは、街中の道という道を埋め尽くす膨大な数のスライムの軍勢であった。その数はゆうに万を越える。これは世界の歴史を紐解いて見ても前例の無い程のスライムの大規模攻勢であった。
いくら最弱なスライムとて、これだけの数ともなればその脅威は計り知れない。
緩やかな最悪と幾万の最悪によって終わりを迎えるかと思ったランドールであったが、誰もが予測しえない事態が起きた事で状況は逆転する事になる。
人々が戦々恐々とする中、波の如く打ち寄せたスライム達は、勢いそのままに、人ではなく広場に向けて歩む
その突発的にも見えるスライムの行動に、人々は我が目を疑った。
対する
一方、止まる事を知らず、次々と襲いかかるスライムは、その触れれば割れてしまいそうな薄く小さな体で、
飛びかかっては巻き起こる風に引き裂かれ、走り寄っては鋼の様に硬い蹄によって踏み砕かれる。
数の暴力も、圧倒的な本物の暴力の前にはまるで歯が立たなかった。
羽虫がまとわりついて鬱陶しい。
しかし、その儚くも健気に散っていく小さき者の奮闘は、状況の理解が追い付かず、呆然と成り行きを見守っていた者達の心に火を灯した。
それは吹けば消えてしまいそうなポツリと灯った小さな火ではあったが、広場の奥、幼子から発せられた「頑張れ!」という声を合図に、瞬く間に業火となって広がった。
状況は未だに良く分かっていないが、
何故スライムが
分からないのは、スライムが人を敵と見なしていないらしい点であった。どころか、スライム達は冒険者達の前に列を為し、ここは任せろとばかりに陣取っている。悪食に対してあれだけ果敢に挑み、弱いながらもその暴力性を十二分に発揮しているにも関わらず、すぐそばにいる冒険者に襲いかかる素振りは全くない。
その背中?(手足も顔も無いのでどちらが前か分からない)に人々は、最悪の場面で最高の援軍(しかも大軍)を得た気持ちになった。
ここから、人間とスライムによる臨時共闘軍対悪食の攻防が幕を開けた。
もっとも、開幕とは意気込みの問題であって、毒と風に阻まれ近付く事もままならず防御一辺倒になるだろうと冒険者の誰もが予想していた。
これは消耗戦に等しい。
こちらが全て倒れるか、はたまた満身創痍である相手の体力、魔力が先に尽きるか。そういう戦い。
おびただしく群がるスライムも無限ではないだろう。自らを省みない突貫によりじわりじわりとその数を減らし続けている。
予想外だったのは毒の脅威がスライムのお陰でほぼ無効化されていた事だ。
そもそも、スライムというモンスターは粘り気のある水を固めた様なボディゆえ、物理的な外傷に大変脆く、火にも弱い。
その反面、臓器という物を全く持っておらず、その行動全てを微弱な魔力によって代行させ生きている生物だ。
その為か、スライムには
取り込んだ毒の吸収には時間が掛かるらしく、毒を取り込んだ後は体色が黒く変色し、不快感を煽る匂いを盛大に放つのだが効いてはいない。
このスライムの特性により、冒険者達への毒の脅威が格段に下がる結果となった。
それは、ある意味では毒を主軸として戦うモンスターの天敵の様な存在だが、如何せん元が弱過ぎるせいで天敵のていを為していない。他のモンスターに言わせれば、毒を使うまでも無い、という事だ。
しかしながら、相手を倒す事に拘らず、ただ毒を無効化させる浄化装置としての役割に終始したならば、いまこの場においてはその立場はとても重要なものになってくる。
毒さえ無ければ、近接を主とする冒険者もこの戦いに参加出来るという事。
防矢の風は健在ではあるものの、それは元々守る為の魔法であって攻撃に使用するものではない。攻撃っぽくなってしまっているのは、単にスライムが脆過ぎるという話。
とは言え、剣も槍も止めてしまう鋼の風によって、冒険者の刃は
届く必要もない。
これは相手の自滅を念頭に置いた消耗戦。ただその場に敵を縫い付けるだけの遅滞戦闘。
こちらより先に相手を疲弊させれば勝利なのだ。無尽蔵の魔力を持つ生物などはいないのだから。
魔法発現直前まで相手の体力を大幅に削れていたのも大きい。分は冒険者にある。
あとは焦らず、じっくりと時間を掛けていく。
勝利は目前であった。
☆
広場から少し離れた居住区では、三つ目となる最後の奇跡が起きようとしていた。
しかし、それは奇跡と呼ぶにはあまりに人為的過ぎるものであった。だがもしも、奇跡を人為的、かつ意図的にもたらす事が出来たならば、それは他を凌駕する圧倒的な奇跡となるであろう。
(さて、どうしたものか……)
沢山のスライムに囲まれて失神してしまったメンタルの弱い娘の体に憑依してはみたが、俺の心配とは裏腹にスライムがこちらに襲いかかって来る様な気配は無かった。
どころか、地面にあぐらをかいて座るこちらの膝で寛ぐ始末。ちょっと可愛いくて癒される。触るとひんやりしているのも好印象だ。
どうしてこんなに懐かれているのか不思議に思い「オープン(照)」してみたところ、とりあえずレベルが106なのに驚いた。
いつの間にか凄く高くなってない? 一体何があったんだろう……。あれかな? ちょっと前に遭遇した雑音大会。
レベルが上がっているというのは良い事だと思うが、不安になるので勝手にそういう変化を付与するのはやめて欲しい。スキルも凄くいっぱあるし。相変わらずどのスキルにどんな効果があるかはさっぱり分からんけども。
ひとつだけわかった。と言うか、推測だが、スライムに好かれているのは【スライムの王】とかいう加護の効果なのだろうと考える。まさかスライムという名称がついていて違ってるって事はあるまい。
好かれている理由が判明したところで、いま話題沸騰中で絶賛進行中の問題の解決に向けてどう動くべきかを思案する。
ランドールの街がモンスターに襲われているらしいよ?
普通なら「避難だ!」となるのだろうが、どうも俺に問題解決を求められている気がしてならない。
まぁ、少ないゲームの知識を掘り起こしてみても、レベルが100以上もある俺がモンスターをバッタバッタと薙ぎ倒し、街を救ってハッピーエンドを迎えるのが正しいのだろう。
正義の味方じゃないけど、強者とはかくあるべき。みたいな?
異世界って糞だな。
ゲームと違って異世界の人々は生きている訳だから、それを助ける事自体は当然だとは思うのだが、こういうのはお巡りさんとか自衛隊とか、しかるべき組織にしかるべき対応をして貰いたいのが本音である。見た目14才の女の子にさせる事ではない。
しかし、無い物に助けを求めても仕方無いので、オープンしたままになっているステータス画面とにらめっこをしながら、何が出来るのかを考える。
名前:工藤 真珠 (14)
種族:人間
レベル:106
体力:6300/6300
魔力:8000~
魔法適性:全属性
スキル
神技:
魔技:
【異界渡り】
【輪廻調伏】
【遺産継承】
【四色蜥蜴の吐息】
【拒絶の壁】
【大沼蛙の腹袋】
【世界樹の蜜】
【クリミアの葉巻】
【眷族召喚】
【水操作】
【魔力探知】
【分裂体創造】
【麻痺毒生成】
【猛毒生成】
【暴視】
人技:
【狂】LV1
【短剣技能】LVMAX
【剣技能】LVMAX
【格闘技能】LVMAX
【槍技能】LVMAX
【弓技能】LVMAX
【杖技能】LVMAX
【盾技能】LVMAX
【投擲技能】LVMAX
【斧技能】LVMAX
【採取】LVMAX
【裁縫】LVMAX
【料理】LVMAX
【掃除】LVMAX
【気配探知】
【隠密】
【危機感知】
【超速移動】
【神眼】
パッシブスキル
[毒物完全耐性]
[石化耐性]
[物理耐性]
[痛覚軽減]
[精神攻撃耐性]
[生命力吸収]
[自然治癒力上昇]
[肉体強化]
[肉体超強化]
[肉体限界突破]
【加護】
・女神の加護
・亡霊の加護
・スライムの王
剣やら槍やら武器関係のレベルがMAXとある。
これは有用だと思ったが、そもそも武器を持っていないという話である。
ただ、格闘技能とやらはいけそうだ。これってようは素手でしょ?
肉体強化っていう、なんだか闘えちゃいそうなスキルもあるのでいけるだろ? ―――いけるよな?
―――あ、もしかして、この間、狼をギッタンギッタンにしたのもこのステータスのせいか?
なるほど。ありそうだ。
パンチしたらミンチ、などという非常識極まりない事態に陥って不安だったが、それだけ今の俺は強いという事だな? 俺の体じゃないけど。
狼をワンパン出来る位なら案外楽勝で街を救えてしまうのでは? 今ならヤムチャくらいには勝てる気さえする。天津飯はちょっと厳しいかもしれない。あいつ光るし。
よろしい。ならば戦闘だ。
試して駄目なら逃げよう。
そうと決めたら善は急げ。
と、膝のスライムをどけて立ち上がり、ふと後ろを見た時だった。
ソイツと目があった。
赤く鋭い眼光、山羊の様な角、尖った耳に、それより更に尖った牙が口からチラリと覗き、背中には蝙蝠に似た羽も生えているっぽい。
悪魔だなぁ。
絵に描いた様な悪魔だわ~。
悪魔の脅威が迫っている事についてはレンフィールドの話で知っていたが……。
これってつまりは―――
「ボスだよね?」
尋ねてみたが、何の反応も得られませんでした。
無視ですか?
「あのね、ボスなんだったら、こっちが行くまでジッとしてて貰えないかな? どうして乗り込んで来ちゃうの? アクティブすぎない? こっちにも段取りって言うか、準備体操? 的な? そういうの必要なんですよ? チュートリアル終わってない内に、しかもアポ無しで来られても困ってしまうんですよ?」
思った不満をこれでもかと一気に捲し立てると、悪魔はしばらく無表情で突っ立っていたが、唐突に酷薄な笑みを浮かべた。
笑顔が汚い。
とりあえずそう思った。
「とりあえずここで待っててくれる? チュートリアルだけ終わらせるから」
多分伝わってはいないだろうと承知の上でそう言い、踵を返す。
あんな笑顔をする生物とは関わりたくない。
大体、まだ闘えるのかも確認していない。やっぱ体験版してから製品版だよね?
そんな事を考えながら足を一歩踏み出そうとした途端、背中が凍える程の冷気を感じ取った。
驚いて振り返ると、悪魔がさも楽しそうな笑みを浮かべたまま右手を真上に掲げて立っていた。その頭上に2メートルはありそうな氷柱を浮かべて。
「――分かった。投げるんだろ? それ」
俺が言い終わるのとほぼ同時に悪魔が右手を下に振り下ろし、案の定、氷柱をこちらに向けて放り投げてきた。
「ふざけんなお前マジで!」
予想通りとはいえ賞品は出ないのでハズレて欲しかったが、俺の予想と鼻垂れ悪魔(垂れてない)から放たれた氷柱はハズレそうにも無い。
悪態と共に横っ飛びで避けて、すぐに体勢を立て直す。
肉体強化とやらのお陰か動体視力がすこぶる良くなっていなければ串刺しだっただろう。地面に深々と突き刺さる氷柱を見てゾクリと背筋が震えた。
そんなこちらの危機など知った事かと、悪魔は邪悪で汚い笑顔を更に歪ませて、再び氷柱を空中でせっせこと作り始めた。今度は五本も。
一本で駄目なら複数で、という単純な思考が気にいらない。的確過ぎて腹が立つ。図星を突かれたみたいな気持ち。
流石に五本避けるのはきつそうだったので、相手の準備が整う前に潰してしまおうかと、地面を強く蹴りだし、悪魔に向けて駆ける。
反撃されないとでも思っていたのか、はたまた単に避けられなかったのか、悪魔の頬に体重を乗せた良いパンチが炸裂、悪魔が大きくぶっ飛んだ。
三十メートルくらい。
そのあまりに見事なぶっ飛び様に殴った自分でビックリする。
トラックにでも跳ねられたのかよ!
トラックに跳ねられた事があるので分かるが、トラックに跳ねられると痛いらしいよ? 死ぬ程。
凄まじい一撃で悪魔一発撃破。
かと思ったが、視界の先の悪魔はまるで昼寝から起きましたとでもいわんばかりの顔付きでむくりと起き上がってくる。
あれで全然堪えないのか……。悪魔半端ないって。
しかしだ。
一発K.O.とまではいかなかったが、十分に戦えている気がする。気がするだけかもしれないが、自分を信じようと思う。信じた結果酷い目に合いそう。
何はさておき、こうして了承した覚えも無いけれど(なんか流れで)、悪魔対シンジュ(中身は俺)の第一ラウンドが開始された。
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