第9話自信過剰は波に揉まれるⅡ



 一方その頃、モンスターひしめくランドールの街を一人の少女がさ迷っていた。

 周囲からは時々、人の声やモンスターの咆哮が聞こえてきていたが、少女は声のする方向には足を伸ばす事はしなかった。


 何処にいるんだろう?


 頭の中に気配探知とリンクさせたマップを展開させながら、シンジュはお目当てを探して当てもなくただ走り回る。


 気配探知を使えば直ぐに見つけられるだろうと踏んで、アイによって強引に押し込められた避難先を抜け出すまでは良かったが、マップを展開した途端に見通しが甘かったと項垂れる羽目になった。


 なんせマップにはところ狭しと至るところに赤い点が広がり街中に散らばっている。

 点をひとつひとつ確認してみたものの、こんな数を総当たりしていては日が暮れてしまう。それでも根気と運さえあればその一体、目当てである悪魔を探し出せなくは無いのだろうが、モンスターも生き物ゆえ当然なのだが、マップ上の点が動き回って、一体どれが確認した点でどれが確認していない点か、分からなくなってしまう。


 そんな訳でシンジュはマップでの捜索を早々に諦め、悪魔がいそうな雰囲気の場所を探し回る事にした。

 話に聞く様な強いモンスターならば、きっと目立つはずである。という根拠のない予測の上で。


 根拠がない、という点では他にもある。


 単純に悪魔に勝てるのか、という事だ。

 なにせスライムにも負けた女子である。普通ならば悪魔なんかに勝てるはずもないのだが……。


 街を駆け回りながら、シンジュは頭の中でオープンと唱えて、頭の中でステータスボードを開いた。

 ステータス画面を見ながらボソリと呟く。


「一体いつの間にこんな事になっちゃったんだろう……」



名前:工藤 真珠 (14)


種族:人間

レベル:106

体力:6300/6300

魔力:0/0

魔法適性:無し


スキル

神技:完璧育成マスターテイム


魔技:―――

NEW

【異界渡り】【輪廻調伏】【遺産継承】【四色蜥蜴の吐息】【拒絶の壁】【大沼蛙の腹袋】【世界樹の蜜】【クリミアの葉巻】【眷族召喚】【水操作】【魔力探知】【分裂体創造】【麻痺毒生成】【猛毒生成】【暴視】


人技:【狂】LV1

NEW

【短剣技能】LV5【剣技能】LV5【格闘技能】LV5【槍技能】LV5【弓技能】LV5【杖技能】LV5【盾技能】LV5【投擲技能】LV5【斧技能】LV5【採取】LV5【裁縫】LV5【料理】LV5【掃除】LV1【気配探知】【隠密】【危機感知】【超速移動】【神眼】


パッシブスキル

NEW

[毒物完全耐性][石化耐性][物理耐性][痛覚軽減][精神攻撃耐性][生命力吸収][自然治癒力上昇][肉体強化][肉体超強化][肉体限界突破]



【加護】

・女神の加護・亡霊の加護

NEW

・スライムの王



 気付いたらこのステータスになっていた。

 それゆえ、スライム戦の時はまだチートを貰う前だった、だから負けたのだ――と、シンジュは自己完結させた上で、自信満々に悪魔退治に繰り出した。

 遅れてやって来たチートのせいでシンジュは調子に乗っていたのである。

 魔力が0なのは非常に落胆したが、それは後で考えようと気を取り直した。


 異世界に来て数日、シンジュはいまだスライムの一匹すら倒した事もないのに、チートを貰ったというだけでこの自信なのだ。もしも保護者が見ていたならば、始末に負えないと嘆いていた事だろう。


 そうやって、チートとそれによって付加価値として沸いて出た自信を武器に意気揚々と街を走り回っていたシンジュであるが、今はちょっとだけ後悔し始めている。


 と言うのも、気配探知による悪魔捜索は諦めたものの、来たばかりで街の地理に詳しくないという事で開きっぱなにしているマップが異様な状況に陥っていたのだ。


 シンジュはマップの範囲を街が丁度収まる範囲に留めて使用していたのだが、そんな中で、最初の変化はマップに映る街の東側、街の出入口である大門で起こった。


 マップに映る大門上にポコリと浮かび上がったのは、赤い点の塊であった。初め、シンジュはそれを、モンスターの群れが侵入したのだろうと、さして気にも留めなかった。街の中には既に夥しいまでのモンスターが跋扈しており、今更十や二十増えたところで状況は変わらない様に思ったからだ。


 妙だと思ったのは、そのすぐあとであった。考えを改めたと言った方が正しいかもしれない。

 大門に浮かび上がった赤い塊は、最初に目にした時から途切れる事なく広がり、シンジュがその奇妙さにポカンとしている短い間に、マップ東側の全てを飲み込んでしまった。

 それは真っ赤なペンキでゆっくりと地図が塗り潰されていく様な感覚。


 シンジュが慌ててマップを拡大すると、凄まじいまでに無数の点がマップの中でゆっくりと、しかし確かに蠢いていた。

 その内のひとつに照準を合わせ見ると、スライムの詳細が表示された。

 それを確認すると、同じ様にして別の点へと照準を合わせ直す。

 やはりスライムの詳細が表示された。


 まさか……これ全部? と眉根をキツく寄せながら他の点もいくつか確認してみたが、そのどれもが全てスライムであった。


 一体どれだけの数のスライムがいるのかは分からないが、今やマップに赤々と映るスライムの波は街の半分を覆い尽くしている。このまま際限なく広がれば、いずれはランドールの街全てを呑み込んでしまうだろう。


 自分はどうするべきか。何が出来るのか。

 

 あれやこれやと思考を巡らせるシンジュの視線の先で、正面から3人の冒険者が必死の形相で走ってくるのが見えた。


「おい! そこで何してる!? さっさと海岸に逃げろ!」


 シンジュに気付いた冒険者の一人がこちらに向けて駆けつつ声を張り上げた。

 その後ろ。

 いよいよ肉眼で目視出来る距離にまで近付いて来た沢山の青い球体。スライム。

 スライムは、ポヨンポヨンと音がしそうなウサギ跳び、ならぬスライム跳びを披露してこちらとの距離を確実に詰めて来ていた。


 そんなスライムの姿を視認した途端、シンジュの体にえもいわれぬ恐怖が走り抜けた。

 それは幻痛を伴う程の恐怖であった。

 シンジュの頭の中でフラッシュバックするのは、スライムによって強烈な一撃を浴びせられた記憶。痛くて、苦しくて、死んでしまうのではないかとさえ思った忌まわしきトラウマ。


 甦った記憶と共に、シンジュは足が石にでもなったかの様に硬直し、動けなくなった。事もあろうに、この世界では最弱に位置するモンスターにただの一撃で絶望を植え付けられたのだ。


 逃げる冒険者達がすれ違い様、シンジュに向けて言葉を発していた様だが、今のシンジュには届きそうもなかった。


 こうして、一人逃げ遅れ、取り残されたシンジュは、瞬く間に無数のスライムに囲まれてしまう。

 ランドールの大通りを覆っていた筈の石畳は、隙間なく敷き詰められたスライムの薄く透けた青っぽい体に隠れてハッキリとその姿を見る事は出来なくなった。


 スライムに囲まれ、恐怖の色を全身に塗りたくったまま身動ぎひとつしないシンジュに、勢いのついた後続の波に押されたスライムのヒンヤリとしていてグミの様な体が触れた。


 その感触を肌で感じた瞬間、耐えきれなくなったシンジュが白目を向いて失神した。

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