第7話魔法と儀式



 こんばんは、パパです。

 誰に向けた挨拶なのかはともかく、薄暗い部屋の中でふよふよと宙を漂う今の俺の姿をもしも目にする人が居たならば、それから吐き出される言葉は例えフレンドリーで陽気な挨拶であったとしても怨霊フィルターを通す事で不気味な物に変化して、見た者は音量が増幅された悲鳴のひとつやふたつあげてしまうに違いない。


 さて、そんなお化けの目下の心配は、お化けなんてないさ寝ぼけた人が見間違えたのさと無かった事にされた上での無視でも、冷蔵庫に入れられてカチカチにされちゃう身の危険なんかでもなく、一心不乱に本を読み耽る娘の視力の心配である。


 無事に3日目の仕事も終えて、シンジュの異世界生活は、まぁ順調と言えなくもない。

 昨日の夜は、元来の寂しがり屋ゆえかちょっとホームシックの様な気持ちにでもなったらしく枕に顔を埋めて泣いていたが、今日は大丈夫そうだ。

 いや、夜更かしは美容に悪いし、暗い部屋での読書は目が悪くなりそうなので大丈夫では無いのだが、注意しようにも出来ない。なんとももどかしい上にストレスも溜まる。


 俺のあるのかも疑わしい胃に穴を開けそうな娘だが、今は仕事仲間にして先輩のアイちゃんから渡された「魔法入門書」なる本を読んでいる真っ最中である。


 仕事が終わってから、という約束通り、シンジュに幾つかの魔法を披露して見せたアイちゃんに、シンジュだけでなく俺も感動したりした。

 手品でも俺は十分驚くのだが、種も仕掛けも無いとなるとその驚きは筆舌に尽くしがたい。


 アイちゃんの見せた魔法は、昼間見せた風の魔法以外にも、手から炎を出したり、水を出したりとゲームで見る様なまさに魔法と言った感じの物であった。


 アイちゃん曰く、この程度の魔法ならば出来る人は多いらしく、アイちゃん的には、むしろそんな初級魔法すらも見た事が無いシンジュの事を不思議そうにしていた。

 アイちゃんの様子を見るに、この世界では魔法が当たり前の物としてあるらしい。

 で、あるならば、使いたくなるのが使えない者の宿命であるからして、我が娘もご多分に漏れず「どうやったら使えるのか?」「覚えられるのか?」とアイちゃんに鬼気迫るといった感じでアイちゃんに詰め寄っていた。アイちゃんがちょっと引いていた。


 そして、アイちゃんの説明で分かった事。

 それは魔法の習得方法。

 俺の知識として、魔法というものは呪文を覚えて、その呪文を唱えると思っていた。ビビデバビデブゥだ。


 だが、違うらしい。

 この世界の魔法の習得には【儀式】と呼ばれる工程をこなす必要があるとの事。


 シンジュからの怒涛の質問攻めに嫌気が指した、訳でも無いだろうが、いちギルド職員に過ぎないアイちゃんも魔法使い程に魔法に詳しくは無いらしく、魔法の説明は「もっと詳しく知りたいのなら……」と渡された三冊の本に丸投げする形になった。

 ギルドの書庫にある本らしく、ギルド外への持ち出しは禁止だが、誰でも自由に読んでいいらしい。

 シンジュはそれを受け取ると、あまりの集中力にアイちゃんが呆れるのも構わず本に没頭。

 飯も食わずにそのまま現在に至る。アイちゃんはとっくの昔に帰ってしまった。なんかごめんねアイちゃん。

  

 飯を食え、と文句のひとつも言いたいが伝えるすべが無いので早々に諦めて、折角だからと俺も横から本に目を通す事にした。

 魔法を使おうと思って読んでいる訳でもないが、使う使わないのどちらにせよ幽霊な俺に魔法は使えないと思う。


 で、魔法の話。

 魔法は儀式を行い覚える、という物だとアイちゃんの説明と本で知る。

 アイちゃんの説明と本の中身をまとめると、

 儀式を達成すれば、魔法を覚え、一度覚えてしまえば後は頭で念じるだけで行使出来る。複雑な呪文も陣も必要ない。

 どんな儀式を行うのかは魔法によって異なる。


 例えば、アイちゃんが見せてくれた初級とも言える炎を自在に操る魔法というものがある。

 工夫すれば攻撃に使用する事も出来そうだが、基本的には生活に根付いた使い方をするのが一般的な魔法みたいだ。

 炎操イグニと呼ばれるその魔法を覚えるには、やはり初級という事もあってか簡単な儀式で覚える事が出来ると書かれている。

 その儀式とは、炎を24時間絶やさず焚き続ける事。

 場所や状況に大きな縛り等もない。家の煖炉でも良いし、外でも良い。まぁ、天気なども考えれば家がオススメなんだろう。

 とにかく、24時間の間、一人黙々と火を絶やさぬ様に薪でも紙でも燃やし続ける事で習得出来るらしい。

 どうしてそういう習得方法なのかは知らないが、それがこの世界の魔法に関するルールなのだという。


 魔法がこの世界の森羅万象、ありとあらゆる法則に干渉、支配する様に、この世界のありとあらゆる事象が魔法に通ずる儀式である。


 炎操イグニの他にも当然色々な魔法があって、例を幾つかあげると、容器は樽でも桶でも何でも良いので、10キログラム以上の水を10キロメートル運ぶ儀式で習得出来る初級の水系魔法・水操ウォータ


 同じ水系魔法の中級、水刃ウォーターカット

 これは、中級である事と攻撃系という事もあってか、行う儀式内容は、張られた水を手刀で一万回切る、という、どこの格闘家だと思わず唸ってしまうような儀式で習得出来ると書かれている。

 これは水が張られていれば川でも風呂でも良い。また期間も一月以内と長い。

 とにかく感謝の手刀一万回で習得出来るようである。


 前者の水操ウォータは、アイちゃんが使った様子を見るに手の平や指先からチョロチョロと水が溢れ出るという、有れば便利だけど戦うには役に立たないものであるのに対し、本に書かれている水刃ウォーターカットは水を高出力で飛ばす事が出来るようだ。


 射程距離は手刀の回数により伸ばす事も可能。一万回なら5メートル程の射程だが、倍の二万回の手刀で射程も倍になる。

 切れ味は刃物とほぼ同等で、これも回数に応じて切れ味が多少上がる。

 手刀一万回は伊達ではないという事か。


 水刃ウォーターカットに限らず、炎操イグニ水操ウォータであっても、儀式を重複させたり条件をキツくする事で効果を高める事が出来る。

 手から溢れるチョロチョロの水がドボドボの水になったりするのだ。それが必要かはその人次第。


 この様に、この世界では儀式と魔法は切っても切れない関係にある。

 勿論、魔法の才能や魔力量によっては、儀式を行っても発動しないそうだ。

 逆に言えば、才能と必要魔力さえあれば、子供でも初級や中級程度は習得が出来てしまうのがこの世界の便利なところでもあり、怖いところでもある、とアイちゃんは言った。


 確かに、魔法の才に溢れた子供が癇癪で水刃ウォーターカットを乱発する。そんな事を考えただけでも恐ろしい。

 恐ろしいが、その辺りは周囲の大人次第とも言っていた。

 儀式の条件を知るすべに制限をかけてしまえば良いのである。教えなければ良いのである。偶然で手刀一万回というのはそうそうあるモノでもないだろう。


 魔法の数と同じだけ儀式の数もあることになる訳だが、初級魔法の様に簡単な儀式から危険なモノ、時間のかかるモノと儀式の中身は多種多様のようだ。

 本に書かれている魔法の中にも【○○を二年間身につけろ】とか、そういう長期間の時間縛りがある儀式がチラホラ見られる。

 条件が厳しい程、魔法の効果や性能も高いのだが、二年はちょっと長いな。

 

 もっとも、そんな危険な儀式や時間のかかる儀式をシンジュがする心配が無いのがパパとしては有り難い。

 何故なら、シンジュには魔力という物が無いからである。安定のゼロ。

 本人はもの凄く落ち込んでいるが、パパ的に、こればかりはナイスだと言わざるを得ない。

 この子の事なので、もし魔力があればとんでもなく危ない儀式にも手を出しそうだ。

 心配性のくせに自分の好きな事となると後先を省みない向こう見ずなのが我が娘なのだ。


 魔力ゼロで魔法を使うすべが無い以上、シンジュには魔法を早々に諦めてもらって、飯を食べるなり明日に備えて寝るなりして貰いたいのだが、三冊の本を読み終えてもシンジュにそういった動きはない。

 椅子に座ったまま腕を組んで何かを深く考え込んでいる。


 多分、魔法を諦めきれないのだろう。諦めきれず、どうにか使う方法を考えている、ってとこだろう。

 魔法というフィクションの中だけのはずであった存在が、手の届きそうな所にあるのだから気持ちは分からないでもない。

 が、このまま夜更かし続行ならば、明日も確実に寝坊である。今日も寝坊しかけた。

 というか、俺が体に憑依して、代わりに起きて仕事をしていなければ間違いなく寝坊していたと思う。

 元々シンジュは朝が弱い上に、今は起こす人も居ないのでほっといたら昼まで寝てるだろう。


 二回目の憑依を経て気付いたが、どうやら憑依出来るのはシンジュに意識が無い時限定の様だ。

 一度目の憑依の時は、スライムに殴られて気絶していた。

 二度目は寝ているシンジュを起こそうと色々やっていた時に、一度目の時と同じく、吸い込まれる様な感覚があったので「もしや……」と思い試したらすんなり憑依出来た。

 そして、憑依が解けるタイミングは一度目も二度目もシンジュが意識をハッキリとさせた時に、強制的に体から追い出される。


 憑依中、俺がシンジュの体で動いている間の事はシンジュ本人は分かっていないらしく、それで周囲との齟齬が生まれるので、今後は憑依をするにしてもこの辺りを注意していかないといけないんじゃないかと考える。

 寝て起きたら亀を助けた浦島さんの様に周りに置いときぼりにされる状況は困るだろう。

 周りからも変な奴と見られかねない。実際、ブラッド達には「記憶喪失の変わった子」みたいな扱いを受けている。気を付けていかないと。

 憑依の条件が分かったとはいえ、あまり憑依し過ぎて勝手するのも教育上良くないだろうし……。






 と、思っていたのに次の日、つまりギルド職員になって四日目もやっぱり俺が箒を握っていたりする。


 まぁ、あれだけ遅くまで起きていて時間通りに起きれる訳はないと思っていたので、案の定というべきところだろう。

 仕事に寝坊で遅れるというのはいただけないのだが、ついこの間まで平和な日本のただの中学生だったシンジュに、働く事への心構えとかそんな事を望んでも難しい話なのかもしれない。

 放って置いてアイちゃんにでも怒られれば改善の余地はあると思うが、まだ四日目だし、ただでさえ少ないギルドの職員の手をそんな事で煩わせてしまうのも気が引ける。

 まして、住み込みの仕事を紹介までしてもらってここにいるので心証が悪過ぎる。

 甘やかせ過ぎなんだろうな……。


 そんな事を思って大きなため息をついていると、笑顔のアイちゃんが声をかけてきた。


「何だか今日は元気無いわね?」


「……いえ、そんな事は……。あ、昨日はすいませんでした。本に夢中になってしまって、お礼も言わずに」


 俺、もといシンジュの言葉にアイちゃんがクスリと笑う。


「気にしないで。それより、凄い集中力だったわね? どう? 魔法の勉強の方は」


「お陰様で。――あ、それでちょっとお聞きしたいんですけど」


「なにかしら?」


「魔力についてなんですけど……。魔力というのは、レベル……成長すると変化したりするものなんですか? 増えたり減ったりとか」


「ん~、そうね~。成長すると魔力は増えるけど……、でも増えるって言っても、魔力というのは生まれもった才能が全てって言うから。魔力の成長っていうのは体の成長と同じで、子供の頃はまだ魔力も成長途中で全て発揮されてない状態? 説明が難しいんだけど、大人になれば体も魔力もようやくピークを迎える、って考え方が普通かな」


「素質が全てって事ですか……」


 アイちゃんの説明を聞き、心の中にて「これは朗報」とほくそ笑む。

 魔力というものが素質で決まるという代物であるならば、魔力が全くないシンジュはこれからの成長も全く期待出来ない訳だ。で、あるならば、危険な儀式とは無縁の生活はほぼ確定。初級魔法くらいならあってもいいが、無くては生きていけないという類いの物でもない。むしろ、下手に魔力があるよりも全く無い方が諦めも早かろう。

 娘に才能が無いと分かって喜ぶ親もどうかと思うが、将来活かせる才能はひとつかふたつあれば生きて行くには十分だ。



「だから、子供の時に魔力が低い子は、大人になってもやっぱり魔力は低いのよ。まぁ、爆発的に増えるって事もあるかもしれないけど、私もその辺はあんまり詳しくは無いの。その辺はイーリーに聞いてみるのが良いんじゃないかしら? イーリーはこの街じゃ1、2を争う魔法使いよ」


「イーリーさん?」


「イーリーだけじゃなく、ブラッドさんやトエルさんもこの街の冒険者の中じゃ有望株よ。そんな人達に気に止めて貰ってるんだから、あなたは自分で思ってるより恵まれてると思うわ」


「……はぁ」


 曖昧な返事が返す。

 胸中は複雑であった。


 イーリーというのは、このギルドに所属する腕の良い冒険者。

 有名人や有望株など、それ自体と知り合えたのは恵まれているのかもしれないが、シンジュにとっては、彼らの存在はまた違った意味を持ってくる。

 何故ならば、シンジュが冒険者に憧れているからだ。

 憧れが近くにいて、そんな彼らと親しくすれば、その憧れというのは得てして大きくなっていくものである。

 冒険者になって欲しくないパパとしては、それは看過出来ない問題だ。

 だからと言って、悪い人達という訳でもない、むしろシンジュを気にかけてくれるこの世界では数少ない知り合い。

 そんな人達と距離を置くのもおかしな話である。

 でも悪影響は確実。

 近くても悪影響。遠くても不利益。如何ともし難い状況に、ヤマアラシのジレンマの様なものかと、パパは頭を悩ませた。



(昨日はあんなに楽しそうだったのに)

 そうとは知らず、眉根を寄せて悩むシンジュを見て、アイが不思議そうな表情をしていた。


「冒険者になりたいのなら、少なくともこの街ではオリオンの三人と親しくなって損は無い様に思うのだけど……」


「え? あ、はい。それはそうだと思います。ただ……」


 シンジュとアイがそんなやり取りをしている時であった。

 ギルドの扉が音を立てて大きく開いて、血相を欠いたひとりの冒険者が駆け込んで来た。


「大変だ! 街が!」


 その冒険者の発した大声は、眠るシンジュの意識を覚醒させるには十分過ぎる程に大きく、気付いた時にはシンジュの体から追い出されていた。

 寝ボケ眼では無いけれど、寝起きで頭の動きが悪い中、状況が理解出来ないとばかりに挙動不審に辺りを見渡し頬をひきつらせるシンジュの近くをふわふわと漂いながら、俺は、続く男の言葉に耳を傾けていた。

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