第6話魔法は街より重いらしい



 目が覚めると箒を手にして、ギルドの建物の中で突っ立っていた。


「うぇ!?」


 唐突に目と耳に飛び込んで来た喧騒に思わずすっとんきょうな声をあげる。


「どうかしたか?」


 私のその悲鳴に近い声は周囲に居た冒険者達の注目を集めてしまったらしく、一番近くに居た冒険者さんがちょっとだけ心配するような顔で尋ねてきた。


「い、いえ……。あの、虫が飛び出してきまして……」


 それらしい言葉で誤魔化して、周囲の注目を剥がしにかかる。が、「そんなんじゃ冒険者にはなれねぇな」と笑われてしまった。

 ごもっとも。


 笑われた介はあったのか、冒険者の視線が外れたところで冷静に事態の把握に努める。虫云々は口から出まかせであるので置いておくとして、何故私は箒を持って突っ立っているのか?


 答えは簡単だ。

 昨日からギルド職員として働いているからだ。


 いや、それは分かっている。分かっているがそうじゃない。

 確か昼前に、何気なくマップを見ていたら街の中にモンスターの姿を見つけた。

 三日前、つまり私が街に来た初日にもモンスターが街に入り込んで、それで大騒ぎになったらしい。

 異世界のモンスターに興味があったし、あわよくば倒してレベルアップを図ろうかと思い、昼の休憩を利用してマップを頼りにモンスターの元へと向かった。


 そして負けた。

 それは覚えてる。

 あれが現実だった、ズキズキと痛むお腹が告げてくる。

 それでスライムに負けて、それからを覚えていない。

 気付いたら箒を持ってギルド内の床を掃いていた。

 わけが分からない。

 記憶喪失か、或いは夢遊病かもしれない。


 この謎の現象は今回が初めてではなく、昨日、というか今朝にもあった。

 昨日、外が暗くなり始めた頃に、私のギルドでの仕事初日は終わりを迎えた。

 それから、歓迎会と称したささやかながらも楽しい食事会が、ギルドに程近いお店にてギルド長レンフィールドさん主催で、先輩職員アイさんと私の参加という形で行われた。


 それについては、一体何の肉かは分からなかったが料理も私の舌に良く馴染み美味しかったし、二人とのお喋りも楽しかったので何の問題もない。いや……、歓迎会が終わったらまた仕事に戻らなきゃ、と言っていたレンフィールドさんがベロンベロンに酔ってしまっていたのは問題と言えば問題かもしれない。

 結局あの後レンフィールドさんは仕事をしたのだろうか?


 レンフィールドさんの仕事の是非はともかく、食事を終え、レンフィールドさんと別れた私とアイさんは、その足でギルドへと戻って来た。

 別に仕事をしに戻った訳ではなく、住み込みの触れ込みでギルド職員となった私の寝床がギルドの中だったという話である。

 私の当面の寝床は、2階立てのギルドの2階にある元空き部屋。今は簡素ながら三人用のテーブルと椅子、それとベッドが整えられている。空き部屋と言われ、多少の埃っぽさを覚悟していたのだが、塵ひとつ無い綺麗な部屋であった。

 聞けば、昼間に仕事の合間をぬってアイさんが準備していてくれたらしい。

 私に仕事を教えつつ、自分の仕事もこなし、部屋の掃除まで……。

 化け物じゃなかろうか?

 数年もたった二人でギルドを回していただけの事はある。


 一通り私に説明を終えた後、アイさんは自分の家へと帰っていった。すぐそこと言っていたのでかなり近くに住んでいる様だ。

 失礼だとは思ったけれど、練習がてらに気配探知を使用してアイさんの追跡を開始。アイさんがこの部屋を離れてから僅か2分でその自宅を突き止めた。本当に近いな。


 アイさん宅が分かった事で少しだけ調子が乗ってきたので、ベッドの上で横になりながらそのまま気配探知の練習を続行。色々といじくっていると、私の持つステータスボードにある地図とリンク出来る様になった。

 これが凄いのかどうか比べるものが無いので分からないが、かなり便利にはなったとは思う。

 マップアプリの様に拡大したり縮小したり出来て、それでいて気配探知で人の気配を探る事により、その人が建物の中なのか外なのかなど、どこに居るのかが分かる様になった。

 スキルとボードによるリンク機能の発見に調子に乗った私は、そこにプラスして神眼もリンクしてみた。

 そうすると、選択した気配の詳細が地図上で見える様に進化した。マップアプリのポイントをタッチすると詳細が出てくるみたいな感じである。

 更に、検索機能もついているようで、検索対象の名前を念じると自動でその場所までマップが動く。何だか神様にでもなって、下界でも見下ろしている様な気分。


 テンションを上げた私は、何人まで同時にマーカーがつけられるのか試してみようとして、十人程でマーカーの添付が終了した。これはマーカーの限界という訳ではなく、人見知りである私の限界である。

 このマーカーと検索機能、名前と顔の両方を知っていないと検索対象に指定出来ないらしく、私が名前も顔も知っているのがそれだけしか居なかったという話である。

 まぁ異世界2日目だし? と、自分で自分を慰めておく。


 知り合いの少なさ、あと部屋に灯るのが小さなランプの光だけという薄暗さも相まって、それでちょっとだけ――寂しくなって、大事な人の名前を検索してみた。

 けれど、地図は何の反応も見せず、私をど真ん中に表示するだけであった。


 心配してるだろうなぁ……。

 もしかしたら、――もしかしなくても捜索願いなんかが出されているかもしれない。

 そんな事を考えて顔を思い浮かべると、途端に心細くなった。寂しくなった。会いたくなった。


 枕に顔を埋めて堪えていると、私はいつの間にそのまま眠ってしまったらしい。

 


 で、気付くと箒を持って突っ立っていたのだ。

 訳が分からない。

 確か一昨日もこんな事があった。一昨日は知らない間に森から街へ。今日は、知らない間に働いている。

 やはり夢遊病というやつだろうか? かなり危ないんじゃないか私。この調子では知らない間に素っ裸で街を練り歩く日もそう遠くない気がする。

 考えただけで恐ろしい。乙女の危機である。


 異世界という環境変化についていけず、体に異常をきたしているのか? それとも何か能力自体に原因がある?

 早急に原因を突き止めないと大変な事である。異世界に来てまで黒歴史を築くなんて絶対ごめんだ。ベッドで身悶えるトラウマはひとつでも多いくらいなのだ。


 とりあえず掃除の途中らしかったので、何事も無かったかの様に掃除を続行しつつ、ステータスボードを頭の中で開く。

 ステータスには変化はない。

 これで、状態欄に「呪い」の一言でも書いてあったなら原因も分かりやすかったのだが、状態は良好である。まぁ、もっとも、呪いなんて書いてあったら原因は分かれど対処の見当もつかないが……。

 次にスキル欄へと頭の中の画面を動かす。

 まだ二回目(たぶん。自分では気付けないので)ではあるが、実は、この夢遊病の原因として考えられそうなスキルにあたりがついていた。


 それが、人技にあり、私が異世界に来た当初から所持している【狂】という謎のスキル。くるうと書いて狂である。怪しさは満点。

 効果の説明が無いのでどういうスキルかは使ってみないと分からない。けれど使って確めるのは怖い。

 女神様はどういう考えで私にこの怪しいニオイしかしないスキルを与えたのだろうか? 名前だけ見るならばマイナススキルであるが……、女神様が果たしてマイナススキルを与えるだろうか?


 それから、マイナススキルという事であるならば、加護欄に並ぶ【亡霊の加護】というのも怪しい。亡霊なのに加護を与える意味がちょっと理解出来ないです。呪いの間違いじゃないんだろうか?

 亡霊の加護を、亡霊の呪いと解釈したならば、これも夢遊病の原因である可能性は捨てきれない。むしろ勝手に体が動いている、という点にだけ注視すれば、亡霊に取り憑かれているとでも形容すべきこの加護が一番怪しい気もする。


 ただ加護というのは使う使わないではなく、常に発動しているパッシブ的なものなので、常時発動型なら今現在も亡霊の加護とやらは発動真っ最中のはず。つまりは、夢遊病状態のはずなのでは無いだろうか? 少なくとも今はちゃんと意識がある。謎だ。


 女神の加護もそうだけど、どうにもこの加護というのはイマイチ実感として感じにくい。

 効果の説明つけろよ!



「シンジュちゃん、ちょっと来てくれる」


 異世界仕様に頭の中で文句をつけていると、後ろからアイさんに呼ばれる。

 振り返ると、依頼書の貼ってあるクエストボードの前でアイさんがこちらに手招きをしていた。


「は~い」


 箒を持ったまま、アイさんへと小走り気味に駆け寄る。


「なんですか?」


「シンジュちゃん、文字の読み書きは出来るのよね?」


「はい。大丈夫です」


 アイさんの質問にイエスで返す。

 そうなのだ。文字の形も全然違うのに、何故か私は異世界の文字を読み書き出来てしまっているのだ。

 何故かは自分でも分からないが、多分女神様の計らいなんじゃないかと思う。でなければ、英語よりも難しそうなこの落書きを覚えるのは早々に諦めていただろう。女神様々である。


「なら、期限の過ぎた依頼書の破棄をお願い出来るかしら?」


 アイさんの言葉を聞き、クエストボードへと顔を向ける。

 全ての依頼に必ずついている訳ではないが、依頼の中には期限が付いているものが存在する。

 期限を付ける付けない、長い短いなど、特に決まりは無いらしいが、急ぎの依頼程、依頼時の値段だったり、冒険者への報酬だったりがちょっと高く設定されている。同じ内容の依頼であっても少しでも高い報酬の方が冒険者に受けて貰いやすいのだから、まぁ当然といえば当然の話なのだろう。


 依頼書の中にはギルドからの直接依頼も少なくなくて、ギルドからの依頼には大抵期限がついていない。

 例え他所から依頼が来なくてもギルドからの仕事が常にあるというのは冒険者的には有り難い話なのかもしれないけど、その依頼の大半が討伐依頼なのでランドールギルドでは受けが悪いらしい。

 ギルドからの討伐依頼、これはようはモンスターの間引きが主な目的らしいのだが、古株の冒険者さん曰く、この街は女神様に守られているのでそんなに必死こいて間引かなくても何とかなる、との事。


 むしろ、仕事を残しておく事で、仕事にあぶれた他所の街の冒険者の生活資金確保に役立ち、のみならず、冒険者がこの街に来る事で、宿屋や飯屋、雑貨屋なんかが潤って一石二鳥。そういう理由だから、ギルドからの依頼を受けてはいけない、とまで言われた。


 なるほど、と思ったが、その話をしている古株さんの背中をアイさんが怖い顔で睨んでいたので、今の話は古株さん達が働かない為の口実なんだろうと思い直した。

 危うくぐうたらに丸め込まれるところだった。


 そんな事を思いながらクエストボードに貼られた依頼書を眺めていて、ふと、意識の中に何か引っ掛かる様なものを感じた。

 別に依頼書に気になる部分があった訳ではなく、スキルの限界を知ろうという名目で朝から使いっぱなしだった気配探知に妙な違和感があったのだ。

 気付いた時は、「スキルの限界かな?」と長時間使用によるものかと考えたが、どうもそれとは違う。

 違和感の正体を探るべく、探知に意識を集中して精密にしていく。

 唐突に、頭の中で開かれたマップ上の街の中に赤い点がピコンと浮かび上がった。


 この赤い点は見覚えがある。

 昼間見たあれだ。モンスターを表示する為の赤い点。


(またモンスターが街の中に? どうしていきなり街のど真ん中に現れるんだろう?)


 唐突に街の中に現れたモンスターの気配にシンジュが眉根を僅かに寄せる。


「何か分からない事があった?」


 じーっとクエストボードを見て何やら考え込む様な素振りを見せていたシンジュが、少しだけ難しい顔を覗かせ、その様子をすぐ隣で静かに見ていたアイが、仕事に分からない点があったのかと尋ねてくる。


「あの、モンスターが……」


 そこまで口にして、アイの方へとチラリと目を向けたシンジュの言葉が止まる。

 その顔は目を見開き、驚きと共にあった。


「ん?」


 驚くシンジュに、僅かに首を傾げるアイ。

 そのすぐ眼前にふわふわと宙を舞う数枚の紙切れと羽根ペン。


「――それ!?」


 その不可思議な現象に、シンジュは意図せず声がはね上がった。


「? ――ああ、ごめんなさい。行儀が悪かったかな? 便利だからつい癖で」


「それ魔法ですか!?」


「え? うん、そうだけど……」


「初めて見ました! 凄い!」


 アイの言葉にシンジュが目をキラキラさせて、興奮した様子で感嘆の声を上げた。


「ええ? 子供でも扱える初級の風魔法よ?」


 アイは不思議そうに首を傾げる。

 ある程度の魔法の才が有りさいすれば誰にでも使える様な物にここまで驚いた顔をされても――と、そこまで考えて、アイの頭の隅にレンフィールドから受けた説明がふと浮かび上がる。


 レンフィールドの説明によれば、シンジュに身寄りと呼べる存在は居ないらしい。どころか、自分がどこで生まれ育ったのかも彼女は知らないのだそうだ。細かくは説明されなかったので、どういう事態に陥ればそんな事になるのか分からないが……。

 奴隷だった?

 に、しては身なりが綺麗過ぎるし、難しい読み書きが出来るところを見るに奴隷だった線は薄い様にも見える。

 とにかく、正体不明、の彼女ではあるが、まさか他国からの間者という訳でも無いだろう。

 間者だとして、こんな辺境の街に来るなら首都にでも行っているという話である。のんびりとしていて何処か懐かしさを覚えるランドールの街に、全く魅力が無いとまでは言わないが、王国での立ち位置としても、便の悪さを筆頭に、むしろどちらかと言えば他から毛嫌いされている。

 王国の中にあって、ほぼ独立した地方自治にも近い不思議な土地。それが加護の街ランドール。 


 そんなランドールに、ほぼ無意識に引き寄せられた目の前の少女シンジュ。彼女に常識というものを当てはめてはいけないらしい。


「……魔法に興味があるの?」


 目を輝かせてこちらをまじまじと見つめ続ける少女に向けてアイが尋ねた。

 声には出さず、シンジュは何度も大きく(首の骨が心配になるくらい)に頷いて見せる。

 その様子にアイが苦笑する。


「じゃあ、今日の仕事が終わったら教えてあげる。と言っても、私が使えるのは生活に役立つ魔法だけだけど」


 アイの言葉に、周囲で様子を伺っていた冒険者達の間から「ランドールギルド始まって以来」と形容される程、太陽みたいにきらっきらに輝いた少女の満面の笑顔が花開いた。


 そんな少女の頭の中に、街に現れたモンスターの事など、一欠片だって残っていなかった。

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