第17話:さぁ、デートしようヤ

「―――き、ゆーき!」

「んんっ……」


 誰かに体を揺すられて目が覚める。


 目を開けてみてみれば……いつも通りの永遠がそこにいた。

 手を伸ばせば届く距離。彼女の顔に触れようとして……


「おはよ、永遠」

「んっ!おはよ、ゆーき」


 そのまま手をおろし、体を起こす。


「今日の朝ごはんは何?」


 永遠は少し前から我が家で朝食を食べている。お父さんとお母さんが忙しいらしく、朝、永遠が起き出す前に出発してしまうからだ。


「ふっふっふ、聞いて驚け見て笑エ」

「え?笑っていいの?」

「え?なに言ってんダ、だめに決まってるだロ」

「どっちだよ」

「ニャハハ!」


 全く、彼女はいつもこうだ。

 どこかか飄々としていて、掴みどころがない。そこが面白くて、楽しくて。


「おばさーん!ゆーき起きたヨ〜」

「ありがとー永遠ちゃん。いつもごめんねぇ〜」

「いえいえ〜!ほら、早く行くぞゆーき。今日の朝ごはんは豚汁だゾ!」

「おぉ!」


 急いでパジャマから着替える。その最中も永遠は俺の事を見ていた。


「……なんだよ」

「いや?別に?早く着替えたらどーダ?」

「……むぅ」


 うーん、なんかみられてるとどうもムズムズしてくるというか。

 まぁ今はそんなことどーでも良くて。

 テキパキと永遠に服を出すのを手伝ってもらいながら着替える。

 永遠の選ぶ服は毎回着こなしが良くて気に入ってる。

 今日選んでくれたのは白のシャツに黒色の薄手の上着にジーンズと言ったもの。いいなこれも。


 その後リビングに降りて母さんにおはようを言う。

 前まではママと呼んでいたが、もうそんなのは卒業した。


「うん、やっぱり永遠ちゃんに呼んできてもらうと早いわね。それにきめて来るし」

「永遠の服選びのセンスがいいんだよ」

「ニャハハ、ほら、ゆーきの分」

「ありがとう」


 メインの豚汁を一口すする。豚の脂がくどくないくらいに溶け出していて、味噌の量も完璧。油がほんのり甘く、野菜のうまみも染み出していて、青臭さもない。完全に俺好みの味になっている。ご飯が進むんだこれが。

 そしてセットの卵焼きをパクリ。ホロホロ崩れてしまいそうになるくらい繊細に焼き上げられた卵焼きは、少し砂糖が使われてはいるものの、しっかりとした卵本来の甘みと、おそらく隠し味だろうほんのちょっとのバターの風味が朝の胃袋に重くなく、きれいに収まってくれる。最高。


「母さん、この豚汁最高、今まで食べた中で一番好きかも。卵焼きも完全に俺好み」

「へぇ〜〜〜?」


 そういった途端、急に永遠がニマニマしだした。


「なんだよ、気持ち悪いな」

「祐希、その豚汁と卵焼き、とわちゃんが作ってくれたのよ」

「え゛ぇ゛」


 え、あの永遠が?これを?


「にゃっふっふ、驚いたカ」

「……驚いた」


 いやだって味が完全に俺好みなんだもん。


「すごいわね永遠ちゃん。正直ちょっと悔しいわ。私の卵焼きより美味しい、ですって」

「いやいや、実家の味が一番ですっテ。私はおばさんの卵焼きと豚汁、好きですヨ」

「あらぁ〜〜〜」

「わぶ」


 母さんの料理を褒めた永遠が母さんに抱きつかれた。

 恥ずかしいからやめてほしい。


「永遠ちゃんはいいお嫁さんになれるわねぇ」


 その一言に、俺はピクリと反応した。

 確かに、永遠は最高の奥さんになれるだろう。だけど、誰かと結婚する未来が見えないというか、見たくないというか……


「ニャハハ、嬉しいでス」

「……」


 ポツリと、母さんの言葉に笑顔で返事をしたその声は、どこか寂しそうで……


 いつか、いつか消えていなくなってしまいそう、そんなふうに聞こえた。






 ◇◇◇◇◇






「行ってきます」

「ちょっと待っタ」


 俺を静止した永遠が、手ぐしで俺の寝癖を治す。


「別にいいのに」

「ゆーき、こういうのはエチケットっていうんダ。身だしなみだヨ」

「はいはい」


 少しの間されるがままになっていると、ようやく満足したのか手を下ろす。


「あらあらぁ」

「……母さん、深い意味はないから」

「そうそう、ただ、ゆーきのだらしなさが気になっただけデ」

「わかってますよ〜」


 ほんとにわかっているのだろうか。この母親は、俺たちの関係を勘違いしている節がある。


「行ってきます」

「「行ってらっしゃい」」


 一足先に俺がショッピングモールに向かう。

 同時に向かったらいいじゃないか、といったが、「女の子には準備ってものがあるんだヨ」と言われてしまった。女の子でくくってよかったのか。


 それから30分、今か今かと待ち続け、イライラして一度家に帰ろうかと思ったその時。


「お、お待たセ〜」

「おい!遅い……ぞ……永遠……?」


 永遠がいた。いや、本当に永遠だろうか。

 いつもの袖が余っているパーカーではなく、白いワンピースに身を包み、黒色の日傘を差している。

 俺の知らない、彼女の一面。


「……きれいだ」

「?なんか言ったカ?」

「いやぁ!?なんでも無い……」


 目を合わせられない。おい、どうした俺、なんか変だぞ。


「ほら、早く行こうヨ」

「あっ……」


 自然な動きで手を握られて、一瞬硬直した後に動き出す。


 心臓の音がうるさい。もしかして永遠に伝わってしまっているのだろうか。

 手汗がすごい。不快に思われていないだろうか。

 顔が熱い。いつも通りの表情でいられているのだろうか、俺。


「? どうしたゆーき?」

「いやっ!?にゃんでもっ」


 かっ、噛んだぁ〜〜〜だせぇ〜〜〜。


 落ち着け、落ち着け、ステイクール。


 心のなかで俺がそんな葛藤をしていることはつゆ知らず、何を思ったのか。


「……てい!」


 いきなり俺の頭を叩く永遠。


「あで!何すんだよ!」

「ニャハ、ニャハハハハハ!!!あ〜おもしロ!」


 ひとしきり笑った永遠は、最後にニヤリと笑みを浮かべて。


「楽しみすぎて眠れなかったのカ?ほんっと、まだまだガキだなァ〜ゆーきハ」

「はぁ?そんな事言うんだったらお前の方だって目の下の隈やばいぞ」

「えっ!?ほんと!?」

「嘘だよ、ぶぁぁぁかぁぁぁ!!!」

「っ!この!」


 うん、やっぱり永遠は永遠だ。


「ったク……早く行くゾ」


 そう言って不敵な笑みを浮かべたかと思うと。


「さぁ、デートしようヤ」


 そう茶化してきた。


「おう!」


 その誘いに、俺は返事をして笑い返す。


 そして俺たち二人は同時に歩き出した。


 あぁ、きっと楽しい一日になる。


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 あくまで祐希はいつもとは違う永遠の姿にドキドキしただけなのです。


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