第17話 夜見とキスをした。
夜見とキスをした。夜見の唇、舌の感触がまだ残ってる。
夜見はニコニコして、私の前にいる。夜見とキスをしたら、すごくドキドキした。夜見は美人だから、仕方ない。でもそれは、私たちの関係を何も変えない。
夜見は私たちの関係を友達だといった。でも私は違うと思う。キスをするような関係を友達だとは言わない。
恋人でもない。名前を付ける必要もない。
「どうしたの?」
「ううん」
夜見に話そうと思ったけど、やっぱりやめた。私の心の中で、もやもやしたものが広がっていく。
「私以外としたことある?」
夜見をまっすぐ見つめて尋ねる。
「…ないよ?」
その一言にぞくぞくする。やっぱり私は夜見の特別だ。友達ではなく、恋人でもない。そんな関係性は普通ではない。友達とのキス、恋人とのキス。名前を付けた関係性であれば、すべて普通の行為だ。友達や恋人にどんな名前でもあてはめることができる。でも、朝比奈千夏と夜見真冬のキス。それは、他者の介在を一切許さない。
再び夜見に近づく。彼女の髪を指で梳いて、肩に手を置く。唇を重ねる。
キスの味はしない。だけど、体の奥が疼く。何度でもキスをしたい。
ドアをたたく音で現実に引き戻される。夜見が焦ったように私から離れる。
「ちなつちゃん、ごはんたべてきた?」真っ赤な顔の夜見を見るのをやめて、声のする方を向く。
夜見のお母さんがドアの隙間から顔をのぞかせる。
「あ、っ、いえ。食べてないです。」
「おっ、じゃあ真冬と二人で食べてきなよ。私今から仕事なんだけど、ご飯用意してあるから。」
夜見のほうを向き直すと、私から顔をそらすように、下を向いていた。
夜見のお母さんが来てくれてよかった。あのままだったら、私は自分を抑えることができなかった。この部屋の古いエアコンでは、真夏の昼の熱気には打ち勝てないようだ。
夜見から離れて、寝転がる。
沈黙が続く。夜見を見ると、まだ耳が真っ赤で、放っておいたら爆発でもしそうだ。
部屋を見渡す。南向きの部屋は、太陽の光をたっぷりと受けることができる。今日の日差しは強すぎるので、カーテンで閉め切っているが、隙間から注ぐ日光がまぶしい。ちょうど夜見の金髪にあたって、キラキラといっそう輝く。夜見の明るい性格はこの暖かくて眩しい部屋のおかげなのかな、とか思う。
ダイニングには、二人分の焼うどん。
夜見のとなりに座って、食べる。やっぱりおいしい。夜見の料理もおいしかったけど、夜見のお母さんの料理はさらにおいしい。
キスをした後の夜見はずいぶんおとなしい。
夏休みは忙しい。といっても前半だけで、八月からはほとんど予定はない。
夜見はどうなんだろうか。友達との予定がぎっしりなのだろうか。考えると、心の深いところから、黒いものがこみあげてくる。
本当は毎日、夜見の家に行きたい。夜見が私の知らない場所へいかないように見張っていたい。
でもそれはかなわない。「夜見、夏休み忙しい?」
「まー、うん。予定は結構あるかな。遊びに行きたいし、バイトもしよっかなって。」
何だか胸がざわめく。遊びに行くって、いつ誰とどこに行くの?
詳しく知りたい。私の見えないところにいる夜見が嫌いだ。
バイトなんかしなくていい。お金はいっぱいある。私の銀行口座には高校生が使いきれない額のお金が入ってる。お父さんは家族を見捨てた。その代わりにお金をくれる。
バイトなんかしなくても私が…頭の中によぎった言葉に寒気がした。
きっとキスのせいだ。何回もキスをしたからだ。キスは熱くて、夏の暑さの中でかろうじて形を保っていた理性を溶かしてしまう。
「…バイトってなにすんの。」
「うーん?接客かな、友達いるし。」
接客か。明るくて誰とでも仲良くなれる、その上美人の夜見は接客に向いてるだろうな。私とは真逆だ。
彼女は要領がいいから、すぐに仕事も馴染んで、その友達とやらとか、他の仲間とも仲良くなる。
その中で、夜見のことを好きになる人がいてもおかしくない。私の知らないところで、知らない人間関係ができて、夜見の特別が変わるのが嫌だ。
私たちの関係は特別だ。それでも、夜見に恋人ができるのは嫌だ。夜見のことを好きでもないし、ましてや仲良しの友達でもない私がこんなことを考える資格すらないと思うが、なぜか嫌だ。
すごくモヤモヤする。放っておいても頭に湧いてくる不快な妄想に苛立つ。
「千夏ちゃんもやる?人手不足らしくてさあー…」
「やんない。」
監視したい気持ちもあるけど、バイトは面倒だし、何より絶対私に向いてない。勉強もあるし。
「えー、千夏ちゃん要領いいから向いてそうだけど。あと小さくてかわいいからお客さんから人気出そう。」
要領は良くない。私は勉強以外でうまく行くことはほとんどない。何をしても失敗する。人間関係ですらそうだった。
あと、私は可愛くないし、小さいのは本当だとしてもお客さんに人気が出るっていうのはおかしい。そう言うお店ではないだろうし。
「向いてない。あとなんのお店なの?」
「そうかなあー。カフェだよ。普通のカフェ。変なの想像した?」
図星を指摘されてイラっとする。
「夜見、目閉じて。」
真剣に見つめると、夜見は緊張した顔になる。
「え、え、い、いきなり…?いいけど…?」
夜見の顔に近づく。
「…」
「…いたっ。」
夜見の眉間に思い切りデコピンする。
「夜見のあほ。」
「えー。なんでよ。キスしてくれんのかと思ったのに。」
キスはしたくないこともない。でも私たちは恋人じゃないし、そんな無闇矢鱈にキスはしない。キスすると変な気持ちになるし。
「変態。」
隣に座る彼女の足を蹴る。
「えぇ…」
夜見は困ったように微笑む。
「そういえばさ、夏休みどこいく?」
今思い出した。キスをしたあと、何となく気まずくて、夏休みどっかいこう。なんて言ったような気もする。別にどこか行きたいわけじゃない。ただ夜見を隣に留めておきたい。
「まだ考えてない。」
「そっかー。私も考えとくよ。」
明日からの夏休みはそこそこ楽しみだ。
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