第18話 千夏ちゃんが可愛いのが悪い。


 夏休み初日に千夏ちゃんと何度も唇を重ねた。1週間ほどすぎたけど、思い出すだけでドキドキしてくる。

 でも不安もある。このままこう言うことを続けていっていいのかな。こういう行為を続けると、私たちの関係が曖昧になってくる。

 千夏ちゃんの考えが知りたい。


 私のことをどう思っているんだろうか。

 それがわからないまま、踏み出すのは怖い。

 だから、まだ暫くは、この曖昧な関係のままでいい。


 テキストを開いて、ペンを持って考えていた。私は意外にも課題をコツコツやるタイプだ。朝の涼しい時間に集中して課題を進める。でも今日は集中できない。どうしてもこの前のことがちらつく。


 スマホを手に取ってぼーっと眺める。タイムラインには毎日、毎分、毎秒、膨大な情報が流れ込んでくる。人が死んだり生まれたり、ロケットが旅立ったり、有名人が逮捕されたり…世の中はめくるめく変わっていく。片手に収まる広大な世界の中では物事が高速で流れていく。ちっぽけな私の心の中のことでさえそうだ。変わらないものはない。

 千夏ちゃんとの関係も、少しずつ変わっていく。夜中に出会って、遊びに行って、キスをして。それから。それから…


 無意味な思考のループを断ち切ったのは通知の音だった。

 桂里奈からの合コンのお誘いだ。近くの男子校の生徒を集めたらしい。

 凛も誘ったけど断られたそうだ。


 うーーん。興味ないな。恋愛そのものに興味がないわけじゃない。凛とか桂里奈の恋愛話を聞くのは楽しい。中学2年生くらいまでは、私もイケメンな彼氏が欲しいとか言ってたと思う。いまでもかっこいいと思う人もいる。いるけども、その人どうにかなりたいとか、思ったことはない。そもそもどうにかなるってなんだ。付き合って、手を繋いでデートして、それでキスして…あれ?これって…


 ……あーーもう。全部千夏ちゃんが悪いんだ。千夏ちゃんが可愛いのが悪い。

 かわいいものにはキスしたくなるものだ。おばあちゃんの家にいる猫ちゃんによくちゅーしてた。もちろん私は動物に恋愛感情を抱く人ではない。ただ、猫ちゃんがかわいいからだ。かわいいものにキスをして嬉しくなるのは普通のことだろ。


『ごめんーぱすでー』


 トーク画面を開いたまま放置してた。あぶね。


 夜ご飯を食べて、テレビを見てた。今日はお母さんもいる。

 画面に映し出される入道雲と海。夏を感じるなあ。


 夏のデートプラン…ちょっと気になるな。本来そんなに気合を入れなくていいはずだけど、あんまり遊びに慣れてなさそうな千夏ちゃんが外出に誘ってくれたから、とびきり楽しんでもらいたい。

 プール…海…もいいなあ。千夏ちゃんはどんな水着を着てくるんだろ。

 でも、ナンパとか怖いな。私にとって海のイメージは飢えた男たちと金髪のお姉さんが溢れている場所だ。私も金髪だけど。


 やっぱりお祭りかな。近所のお祭りは今年からまた花火を打ち上げるらしい。お金を払って観にいくようなド派手なものじゃないけど、小さい時は窓から見えた時にとても嬉しくなった記憶がある。


 うん。決めた。千夏ちゃんと一緒にお祭りに行こう。


「お母さんはどっかいくの?」

 何となく聞いてみた。

「あー、うん。またしばらく家を空けるけど、平気?」

「うん。」


 別に構わない。

 家が空いてるなら千夏ちゃんを誘える。

 あ、でも家に2人きりだとまずい気がする。私が調子に乗って、よくない感じになってしまうかもしれない。


 とにかく。

 お祭りは1週間後だ。何着て行こうか。やっぱり浴衣かな。千夏ちゃんも浴衣を着てくるのかな。色白で小柄な千夏ちゃんは浴衣似合いそう。ちょっと気が早いけど、楽しみだ。ワクワクしながら眠りについた。


 翌朝、私たちと違って大人は仕事だ。昼間、家には誰もいない。バイトは8月からだし、やることがない。

 何となく外に出て、アイスを買い込む。ジュースも買っとく。


 千夏ちゃんに電話をかけてみる。

「なに」

 この前と違って千夏ちゃんはすぐに出てくれる。

「あ、えと、今日暇?」


「暇だけど…どうしたの?」


「あの!うち来ない?今ちょうどアイスとか、ジュースとかあるし…」


 めっちゃ嘘をついた。アイスとジュースは最初から、うちの冷蔵庫にやってくる理由が決まっていた。

 幼女を誘拐する変質者みたいな口上で千夏ちゃんを家に誘い込む。

 ただし千夏ちゃんは純粋な幼女じゃない。私より遥かに知能が高くて、ひねくれものだ。


「ん。行く。」

 千夏ちゃんは簡単に釣られた。アイスとジュースの効果なのか、それとも普通に会いたいって言うだけでも来てくれたのかはわからないけどとにかく嬉しい。


 20分くらいして、千夏ちゃんが来た。

 外はすごく暑いようで、千夏ちゃんは汗だくだ。


「外、めっちゃ暑かった。」

 千夏ちゃんは顔を手で仰ぎながら、少し不満そうな声で言う。

 暑い中でもくる価値がある場所だと思って欲しい。だから、ジュースやアイスなどのサービスは充実させてある。


「だよね。アイス食べる?」


「うん。」


 千夏ちゃんをソファに座らせて、アイスとジュースを準備する。トレーにはグラスが2つと、アイスも2つ。


 トレーはちょっと小さくて、グラスが落ちないかが不安だ。でもまあ落ちたとしてもまた注げばいいし、平気か。

 ギチギチなトレーを持ってダイニングへ向かう。


 サイダーを飲む千夏ちゃんをみる。

「あっつ。」

 繊細な指でボタンを外す。いつもは校則を守り、きっちり上までボタンを閉めている千夏ちゃんが、無防備に、胸元を大きく開けている。思わず視線がいく。

 すごくドキドキする。しかしたぶん、私は女の子の胸を見て喜ぶ変態な訳ではなくて。


 いや、わからないな。私が変態かどうかがわからないのではなくて、私が千夏ちゃんの裸を見たらどう思うのだろうか。

 キスした時みたいなドキドキを感じるんだろうか。普通は同性の裸を見ても何とも思わない。中学の修学旅行とかで友達の裸は見てるけど何とも思わなかった。いや異性でも何も思わないかもしれない。みたいとも思わないけど。


 千夏ちゃんをこっそりみる。髪は汗のせいかいつもより艶があって色っぽい。

 胸元が開いていて、頑張れば下着が見えそう。がんばらないけども。

 細くて白い足がスカートから伸びている。

 座っているから、いつもよりふとももが見える。千夏ちゃんの私服はこの前の美術館で見たけど、生足が出ないやつだった。ジーンズだ。


 …もしも仮に千夏ちゃんと一緒にお風呂に入ることになったとする。

 そしたら当たり前だけどお互いに服を脱ぐ。

 千夏ちゃんの裸を見て、ドキドキしない自信が…ない。


 サイダーと一緒に、邪な気持ちを飲み込む。

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