第14話 想像以上に甘い。

千夏ちゃんを美術館に誘った。


千夏ちゃんは少し驚いたようだ。

「美術館か。ちょっと意外だね。もっとギャルっぽいところに連れて行かれるかと思った。」


美しい風景画に心を奪われる。

絵は目に見えるものを時間から切り離して、とっておくもの。写真と違うのは、映し出されるものがただ物理的な世界の現象ではなく、描き手の主観が入るということ。その瞬間の何が美しいか、どう美しいかをより詳細に伝えることができる、と私は目の前の絵画に比べて遥かに余白の多い脳みそで考える。広い世界のどこかのいつかの一瞬はたった18x24インチの額縁の中で永遠になる。


この、ぶる、ブルターニュ?の景色は、きっともうこんな姿をしていない。だが、額縁の中でだけは、永遠にこの時間がループする。


「その絵、好きなの?」

千夏ちゃんが平坦なトーンで尋ねる。

「そうだねー、結構好きかも。」

色々な絵を見て回る。ちょっと日本の浮世絵っぽいものや、いわゆる印象派?ってやつ。私は美術に詳しいわけではないので深いことはわからないけど、綺麗な絵がたくさん展示されていて、意外と楽しめた。

千夏ちゃんは猫の絵を気に入ったようだ。暖かな色彩で描かれるふわふわの猫。絵の中の猫の瞳を覗き込むように見ていた。

「猫好きなんだ?」

「好き、なのかな。」千夏ちゃんは絵から目を離さずに言う。

なんだそりゃ。猫に似てるって言われたから、重ねてるのかな?


お腹が空いたので、美術館を出ておしゃれなお店に並ぶ。

千夏ちゃんは不満そうだ。近くのファストフード店を指さして、「あっちでよくない?」とか言ってる。実のところ私も少し緊張する。


桂里奈に引っ張られてこう言うおしゃれなところに何回かきたことあるけど、システムがわからなくてあたふたしてた。

この類の店は席にモニターがついてるようなところはないみたい。


店に入ると、やっぱりおしゃれな内装だ。

メガネをかけた品の良さそうなお姉さんが席へ案内してくれる。千夏ちゃんはそわそわしていて、一言も発さない。わかりやすく緊張していてかわいい。


席に座って、小さな声で話す。「これ、どうやって注文するの?」千夏ちゃんがそわそわした様子で言う。

「うーん、どうするのかなー。」

「夜見が誘ったんだから、頑張って。」

そう言われて、私はキョロキョロする。店員さんと目が合って、思わず目を逸らす。恥ずかしい…

すると、すぐに店員さんが私たちのテーブルにやってきた。穏やかな口調で、注文を訊かれる。私は、ミートソースのスパゲッティと、青いソーダの上にクリームが乗っかってるやつを頼む。


千夏ちゃんは、コーヒーとフレンチトーストを頼む。

ほどなくして料理は運ばれてくる。

「おいしそー。」

「そうだね。」

うん、おいしい。普通のミートソースな気がするし、ソーダも普通の味だけどなんか美味しい。さっき見たロココ?絵画みたいな暖かな照明のおかげだろうか。それとも千夏ちゃんが目の前にいるからだろうか。


「そのクリームソーダ、おいしい?」

「ん、おいしっ、い!」急に話しかけられて、急に答えようとしたので唇を噛んでしまった。いたい。

「あは、ドジ。」

千夏ちゃんが、笑ってる…!


千夏ちゃんと出会って結構経ったけど、こんな自然な笑顔は初めて見た。

一瞬だったから写真は撮れない。ただ写真では、この瞬間の私の喜びと、千夏ちゃんの可愛さは表現できない。この一瞬の千夏ちゃんを、笑顔を絵画に閉じ込めたい。


「おいしい、から、一口食べてみる?」

「いいの?じゃあ、もらう。」

千夏ちゃんがクリームソーダを一口、飲む。

「おいしい。思ったより甘いね。」


千夏ちゃんが口をつけたストローを見る。

間接キス…「どうしたの?」千夏ちゃんが不思議そうに首を傾げる。

「なんでもないー。」何でもない。

ストローに口をつけて、冷たいクリームが少し溶け込んだサイダーを飲む。いつも飲むサイダーよりも甘い。想像以上に甘い。


喫茶店を出ると、とにかく暑かった。私の真上にいる太陽は、烈しく照り付ける。

「涼しいところ、いこ。」千夏が私の手を引き、歩き出す。そのひと時だけ、暑さなんてどうでもよかった。繋がれた手から電流が走って、心臓がとくんと跳ねる。

周りの景色が、眩しすぎて見えない。千夏ちゃんに導かれるままに歩く。

建物に入ると、ひんやりした空気が肺を満たす。

「ここは?」

「ゲーセンじゃない?」

千夏ちゃんが選んだ涼しい場所は意外な場所だった。千夏ちゃんは優等生に見えて、意外とこういうところで遊ぶのかな。私のプランではこれから烈日の下にさらされながら人でごった返す商店街を歩くことになっていたので、まあ悪くないかな。

「結構くるの?こういうとこ。」千夏ちゃんに聞いてみる。

「ううん、入ったことない。」

「じゃあ、どうして?」

「それは…夜見が…いや、なんとなく。」言いかけて、険しい顔をする。無粋な質問だったなー、と後悔する。


千夏ちゃんは私との短い付き合いのなかで得た私のイメージから必死に、私の喜びそうな場所を見つけようと頑張ってくれた。さすが千夏ちゃんだ。大正解だ。中学生のころ、学校が終わって、帰っても誰もいないので、無駄ににぎやかだけど、一人でいられるゲーセンに、必死で自転車をこいでよく来たものだ。

さすがに奇抜な動きでドン引きされたくないので、リズムゲームはスルーだ。

二人で歩いて、クレーンゲームがいっぱいあるエリアに行く。フィギュアだったり、お菓子のいっぱい入ってるやつとか、ぬいぐるみとかがケースの中に並んでる。

千夏ちゃんはきょろきょろして、獲物を見つけた狩人のようにぴくんと動きを止める。


視線の先には、へんてこな招き猫みたいなポーズをとった黒い猫のぬいぐるみ。

「あれ、気になる?」

「いや別に…」千夏ちゃんは意外とわかりやすい。中学時代に消えたお小遣いは浪費じゃなくて、投資だったってことを証明するチャンスが来る。

台にお金を入れて、スイッチを押す。



アームが降りてきて、猫を掴む。

「あっ、取れた。」

「え、すごいじゃん。」

「ほらー。」

千夏ちゃんに猫を渡す。

「…ありがと。」

意外とこういうので喜ぶんだ。素直な反応はすごくかわいい。


「あ、電車乗るのに、恥ずかしい?」

「いや、平気。」千夏ちゃんは変な顔とポーズの黒猫を抱えたまま、私のあとをついてくる。

不思議なぬいぐるみだなあ。謎の感性だ。

千夏ちゃんは意外にもリズムゲームに興味を示した。おぼつかない手つきがかわいい。

気が付いたらもう外は茜色に染まっていた。

二人、隣り合って電車に乗る。千夏ちゃんは黒猫を両腕に抱えている。


クリスマスか誕生日に、プレゼントをもらった幼い少女のような無垢さがある。

「それ、気に入ったんだ?」

「…普通だし。」

口をつぐんでそっぽを向いてしまった。こういう反応もかわいいと思う。

本当に、幸せな一日だったな。

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