第13話 友達のその先かあ。

千夏ちゃんの小さな頭が私の足の上に乗っかってる。心臓が爆発しそう。

頭は軽くて、もうずっとこのままでもいいと思える。


千夏ちゃんに言われて、目を合わせる。二つのまんまるく開いた大きな瞳が、私を見つめる。じーっと見てる。恥ずかしくて、つい手で自分の目を覆い隠す。

「私たちってさあ、友達だよね。」

自分の鼓動が聞こえる。私の膝の上で猫のようにまるくなる千夏ちゃんは、学校で見るやさぐれた少女の面影はなく、幼い子供のように見える。

おしゃべりして、家に遊びに行って、泊って、一緒に寝て…膝枕をして……まだ、友達の範疇だろう。って、まだってなんだ。まるでこの先の未来に友達の範疇を超えるといったような妄想をした私自身に恥じて顔が熱くなる。ただ、わざわざ確認するということは、千夏ちゃんはまだ私の間に壁をつくっている、或いは、むしろその逆で…先に進みたがっている。

今はなにもわからない。千夏ちゃんのことも、私のことも。だから、こう答える。

「友達だよ。すごく大切な友達。」

千夏ちゃんはふうん、と無関心な声を出し、首を回転させ、そっぽをむく、のではなく私の太ももの間に顔を埋め込む。彼女の吐息が漏れて、それを肌に、直接感じる。

思わずびくん、と足に力が入る。


友達のその先かあ。


もし異性であれば友情の先にあるものは容易に見ることができる。そして、それを手に取って自分の物にもできるだろう。だけど、同性同士である私たちにとって友情の先を見るのは難しく、そして、感じ取ることさえ困難だろう。

私は明確に、千夏ちゃんとの友情の、その先のものを見たい。ただしそれが何なのか、たどり着いた先が本当に望むものなのか、そもそも私の望むことは何なのか、わからない。


私の望むこと…


「あ、あのさ、」

「なに?」

千夏ちゃんはくぐもった声で答える。声は振動となって私の肌を刺激する。

「頭、撫でてみてもいいかな…って…」

「…いいけど。」

声色から、すこし困惑してるのがわかった。


千夏ちゃんの髪に触れる。一回も染めたことがないであろう真っ黒な髪。

手に取ると、指の間をするすると抜ける。春の微風に形があったら、きっとこんな触り心地なのだろうか。日常の一動作として触れる私自身の髪の感触とは違う。

ずっと触れていたい。なめらかな絹糸は、指に絡みつくことはなく、指の間にただ、流れていく。

「楽しい?」

「…ん、楽しい。」

感覚が一極に集中しすぎて、反応が遅れる。


「眠くなってきた。」

千夏ちゃんがあくびをしながら言う。膝枕をして、頭を撫でていると、本当に小さい子みたいで、とてもかわいい。

「寝たらベッドまで運んであげるから。」

「ありがと。」千夏ちゃんは無防備すぎる。私を繋ぎとめる理性の糸は、ちょっとした弾みにぷちっと切れてしまいそうだ。最近の千夏ちゃんはおかしい。でも、それ以上に私はもっとおかしい。

時計の音と、昼間は小さすぎて聞こえない換気扇のかすかな音だけが響く。

結局、今日はあまり勉強できなかった。時計の針は12時を指している。

ちいさな声で千夏ちゃんに声をかける。反応がない。私の膝の上ですやすやと寝息を立てている。妹がいたらこんな感じなのかな。


千夏ちゃんの頭を持ち上げて、クッションの上にのっける。立ち上がると、足がびりびりする。結構な時間、膝枕してた。

眠っている千夏ちゃんを見る。鼓動が早くなっていく。千夏ちゃんを抱っこして、ベッドまで運んでいけるのかな。きっと千夏ちゃんはとても軽い。でも、心臓が持つかわからない。

千夏ちゃんを抱きかかえる。私よりもはるかに小さいその体を持ち上げるのは容易だった。肩を抱き、膝の下に手を潜らせる。お姫様だっこだ。本当に千夏ちゃんはお姫様みたいだ。目を閉じていてもわかるくらいまつげがながくて、陶器みたいに白い肌。健康的に潤っていて赤い唇。

わたしと同じシャンプーの匂い。

千夏ちゃんをゆっくりとベッドに降ろす。何も言ってなかったけど、私のベッドでいいよね。


そっと隣に寝転がる。ほっぺを指でつつく。起きない。なにも反応しない。もう限界だった。ぷちっと、理性の糸が切れた。

千夏ちゃんの唇にくぎ付けになる。柔らかそうだ。もしもあの唇にキスしたら、私はどうなっちゃうんだろうか。

そぉっと、指で触れる。柔らかい。ぷるぷるしている。


千夏ちゃんの頬にそっと口をつける。本当は千夏ちゃんが起きていて、それでもなお私のすることを赦してくれるのなら、私はどんなに幸せだろうか。

いまは、夜という魔法にかかり、夢をさまようからっぽの千夏ちゃんに触れることしかできない。でもそれでいい。

私の思っていることを千夏ちゃんにぶつけたら、きっと彼女は戸惑ってしまう。戸惑って、私のもとを去ってしまう。だからこのままでいい。

ただ、隣にいられるのが、今は幸せなんだから。この先を見る必要はない。

テストまであと三日。千夏ちゃんは三日間私の家に泊まる。幸せな時間はまだ続く。いまは難しいことを考えなくていい。


次の日の授業は身が入らなかった。当たり前だ。下校のピークを過ぎて、人が減った校門の前で待っている千夏ちゃんに手を振る。

「遅い。」

「ごめんー!」

二人で並んで歩いて同じ家に帰る。なんか同棲してるみたいだな。

「あ、ネコ。」

千夏ちゃんがめずらしく口を開く。指さした先には、やせっぽちで、体の小さな黒猫。ベンチの下で涼んでる。

「ほんとだ。なんか千夏ちゃんっぽい。」

「私ねこっぽい?」

近づいてきたと思ったらまたどっか行って、そしてまたくっついてくる千夏ちゃんは猫みたいだ。

「ねこっぽい。」


あっという間にテストは終わって、テストが返ってくる。

今回は中間よりも結果がよかった。千夏ちゃんにつられて私も結構勉強したからかな。

結構順位は上がってた。友達との間で点数の話題になると少し誇らしい。

「うそ、夜見点数たっか。私と同じくらいだと思ってたのに―。」桂里奈が残念そうに返却されたテストで私をたたく。

「まあまあ、いいじゃん。終わったんだからさ。二人とも今週末空いてる?」

「あいてるー。」桂里奈が間の抜けた声で答える。

「夜見は?」

「あー、ごめん!私はだめかも。」

「どっちも?」

「どっちも。」

むっとした桂里奈の声にこたえる。

「最近付き合い悪いぞー?彼氏?」凜がいたずらっぽく私をつついていう。高校に入ってから彼女は口数が増えた。それはうれしいんだけど、彼女の言葉にはなんとなく、不安になる。全部見透かされてるような、まるでこれから起こること全部知ってるみたいな。いや、本当に彼氏はいないけどさ。

「ちがうー。お母さんが空けとけって。」


お母さんは旅行から帰ってきたけど、また家にいない。冷蔵庫に用意されたご飯をあっためて、食べる。

また誰もいなくなった家。

千夏ちゃんにメッセージを送る。

『土日どっちかあいてる?』

脚をバタバタさせたり、ベッドの上に座ったりして待つ。

『空いてる。』


『どっか遊びに行かない?』

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