第12話 夜見の特別。


「お邪魔します。」

「はーい!」

玄関の扉を開けると、光が漏れるドアの奥から元気な声が聞こえる。同時に、食欲をそそるいい匂いが漂う。


ソファに腰掛け、しばらくすると夜見がきちんと盛り付けられたチャーハンを持って来る。

「おいしそう。」

「えへへー、ありがと。練習したんだ。」

夜見は照れくさそうに前髪を指でいじる。

夜見の作ったチャーハンに口をつける。少し熱くて、おいしい。

「おいしい。」

久しぶりに、心の声をそのまま音にする。

「よかった、うれしいよ。」

夜見の作った料理は美味しい。この前のオムライスも美味しかった。私はあまり料理をしたことがないからそれらの料理を作る難易度は知らないけど、多分夜見は料理が得意なんだろうな。


不安は夏の雲みたいに急に現れる。

誰か他の人も夜見の料理を食べているんだろうか。

「料理すんの、好き?」

他の人にも、例えば五十嵐にも同じように料理を振る舞うのだろうか。原型がないほどに婉曲して尋ねる。

「んー、普通かな。」

煮え切らない答えにムカムカする。


「へえ、料理好きなのかと思った。美味しいから。」

それ以上は突っ込まないでおく。自分の心の健康が保てなさそうだから。嫌な事実を知るよりは、無知であることを選んでいたい。


「あ、あのね!千夏ちゃんがまた来る時のために…練習したんだ。チャーハン。」

心に晴れ間が訪れる。

「真面目なんだ?意外と。」

「うーん、失敗したら恥ずいじゃん?」

期待したような答えは得られない。

早く、夜が深まってほしい。隣に夜見を感じたい。

夕食を食べ終わり、教科書を広げるけど、落ち着かない。

「わかんないとことか、ない?」

向かい合う夜見に聞く。

「え、えっと、えっと、ここがわかんない、なあー。」

「どこ?やりづらいから隣行く。」

立ち上がって夜見の隣に座る。お風呂上がりでまだ温かくて湿った肌をぴたりとくっつける。夜見の少し浅くなった呼吸を感じる。

夜見の柔らかな肌の感触も、透き通る声も、甘い匂いも嫌いじゃない。ただ、ひとつ、不満なのは彼女の心を見透せないことだ。


私が夜見に対して向ける感情はなんだろう。

夜見は私に興味があると言っていた。その興味が他の誰かに向けられるものとは大きく違うということを私は知っている。


そして、私は夜見にその他大勢とは違う感情を向けられるのが心地いい。みんなに愛される夜見が、誰にも愛されない私を、特別に思ってる。それがとても心地いいんだ。


だから、ずっとそうでありたい。私以外他の誰も夜見の特別であってはならない。


だけど最近、わからない。ハグするのも、一緒に寝るのも夜見にとっては特別なことではなくて、普通のことで、私が勝手に勘違いしているかもしれない。私が夜見を特別に思っているかもしれない。

いや、それはおかしいぞ。絶対にない。


私が夜見をどう思ってるかがわからない。夜見が私をどう思っていて、それによって私がどう感じるか知っているのに。


人間の心というのは時折こう言った不和を生じさせる。積み上げた思考の山は軽く息を吹きかけるだけで簡単に吹き飛ばされる。




難しい問題を解いているわけでもないのに、脳が焼き切れそうだ。

ペンで紙に文字を書く音と、時計の針の音が聞こえる。ふと隣をみると、夜見が私の視線に気がつく。それでもなお視線を送り続ける私に対して困ったように微笑みかける。


彼女は自分の前髪を触って、私に微笑みかける。


やっぱり夜見は美人だと思う。この微笑を時間から切り離して、ずっと見ていたくなるような美しさがある。これもみんなに好かれる理由の一つだろう。ならば尚更、独り占めしたい。


誰に対してもこの可憐な笑顔を見せるのだろうか。

モヤっとした、言葉に表せない思いになる。


いくら考えてもわからなかった自分の、夜見に対しての思いが、闇を伴って顔を出した。ような、気がする。


通知音で現実に引き戻される。

夜見のスマホだった。夜見はすぐにスマホを開いて、少しニヤニヤして文字を打つ。

なぜか腹が立つ。私のときより返信早いじゃん。

そんなどうでもいいことで腹を立てた自分を恥じると同時に不思議に思う。


そして、それらの感情と似ているがまた別のものが湧き上がる。誰と話してるの?なんで笑顔なの?私といるよりスマホの方が楽しいの?全部聞きたい。全部知りたい。でも、そしたら夜見は、私から離れていくだろう。


あー!もう!自分の感情がわからない。夜見が誰と話してたって私には関係ない。なぜ笑っていようと関係ない。

でも、やっぱり私は彼女の特別でありたい。1番に興味を持たれる存在でありたい。


夜見の指を引っ張る。

夜見はきょとんとした顔で私を見下ろす。

「眠い。」

「もう、寝る?」

夜見がまだぼーっとした顔で聞く。

「足貸して。」

「膝枕ってこと?」

夜見の顔がぱあっと明るくなる。今だけはこの顔を独占できる。


「誰かにしてあげたこと、あるの?」

「ない…これが初めて…」

夜見が頬を真っ赤に染める。夜見の白い肌は感情を隠すのには向いてなさそうだ。

夜見のふとももに頭を乗っける。すこしひんやりしていて気持ちがいい。


「…ど、どうですか?」

「気持ちいね。夜見の足、すべすべ。」

夜見の健康的な太ももは折りたたむと枕にちょうどいい大きさになる。


心臓がうるさい。でもこれは多分夜見の音。私じゃない。手と手、腕と腕よりも近く夜見を感じる。


この場所は私だけのものだ。

首を回して、夜見の顔を見上げる。

夜見は口元を抑えて横を向く。

「下から見られるのって恥ずかしい…」

「こっち見てよ。」

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