第11話 夜見の心の中を隅々まで見たい。

夜見と過ごす夜は、1人のときよりも深く眠りに落ちる。私は添い寝サービスも使えるらしい。

おかげでいつもよりぐっすり眠れた。2人で同じ家を出て、学校へ向かう。なんだか懐かしい気分だ。私が高校に入る前は、よくお姉ちゃんと一緒に登校してたっけ。思い出す必要のないことを思い出す。

記憶は記憶のままでいい。

テストまで後1週間。気を抜かないように頑張ろう。


今日も暗い家に帰る。ソファには私以上に痩せこけた母親、机の上には錠剤が散らばってる。ここのところ母親の調子が悪い。ただ今日はマシだ。眠っているだけマシだ。

母親を起こさないようにこっそりシャワーを浴びる。昨日とは違い、温かい食事はない。静かに着替えて、2階へ上がる。

コンビニで買ったサンドイッチを食べても味はない。

隣の部屋から物音がする。イヤホンを耳にはめ込み、中身のない音楽を垂れ流す。


はあ。ため息が漏れる。あと2年の辛抱だ。私は絶対に、この家の人間のようにならない。父の期待に応えて、応えて、どうするんだろう。今日は勉強に身が入らない。「夜見に会いたい」

自然と頭に浮かんでくるのはこのフレーズだった。


脳は常に意思と連動することなく、勝手なことばかりする。

教科書はそのままにして、ベッドに飛び込む。夜中に時折、引っ掻く音や叩く音で目が覚める。


夜見の家は本当にいい環境だったな。

クーラーが効いていて涼しい。サイダーのおかわりがある。そこそこ大きな新しいベッドで眠れる。そして、暖かくて、柔らかくて、いい匂いの…夜見。おかしい。きっと寝ている間に魔法に呪文にでもかけられたのだ。


朝、この家に誰よりも早く起きて学校に行く。

静かな教室は居心地がいい。テスト期間なので何人か他の生徒もいるが、静かに勉強している。


今日は世界史授業は自習だ。夜見の隣の席で自習する。夜見は金髪だし先生にタメ口をきくが、意外と静かに勉強する。ただ、夜見が意外と静かなのはもう知っている。この教室の誰よりも、夜見のことを知っている。たぶん夜見の昔からの友達よりも…知っている。そう思いたいのは何故だろうか。

脳内でノイズとなり反響する思考に蓋をして勉強する。

しばらくすると、こっそり夜見が私に耳打ちする。「ごめん…ここ居眠りしてたんだよね…プリント見せてくれない?」

「…はいはい。」

夜見にプリントを手渡す。

「ありがとー!」

チャイムが鳴り、なんとなく夜見をちらりと横目で見て、教科書やらをまとめる。夜見はすぐに立ち上がる。

夜見の後ろに座っている五十嵐凛が夜見に後ろから抱きつく。

夜見は抵抗するでもなく、そのままぼーっとしてる。

胃をそのまま指で突かれたような感覚がする。むかつく。何に対しての怒りかわからない。


女同士で抱き合ったり、手を繋いだり、夜見にとっては特別なことではないのかもしれない。だとしても、だとしても夜見の私に対する感情は他の誰にも向けられないもののはずで、そうであるべきなのだ。


心臓が黒い手に掴まれ、ぎゅうぎゅうと締め付けられる。憤りを感じる。夜見に対してか、五十嵐凛に対してか、それとも何にどんな感情を抱いているかすらわからない私自身に対してなのか。とにかく夜見を視界に入れたくない。五十嵐も視界に入れたくない。夜見に抱きつく五十嵐も、それを受け入れる夜見も見たくない。


不明瞭な感情は不可解な行動を私自身に引き起こす。

『お母さんいつまでいないの?』

返信が来るまでの間はわずか3分だったが、その3分間は私の全身の細胞を焦がす。

『うーん、多分あと1週間くらい?どうしたの?』

長い半日が過ぎる。


『お母さん帰ってくるまで泊まってもいい?』

冷静になってみると、とんでもなく迷惑なやつだと思う。迷惑で厚かましく身勝手だ。

画面の上で指が彷徨う。送信取り消しを押そうとすると、返信が来る。


『全然大丈夫!!』

血液に置き換わり、体内を満たした瘴気は一気に体外へと解き放たれる。


夜見の心の中を隅々まで見たい。

覗く程度じゃおそらく満足できない。心に形があるのなら、手にとって、分解して、くまなく調べたい。

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