第9話 夜見の感情の名前を知っている。
即座に返事が来た。
答えは最初からわかってた。だから今日のリュックは重い。
駅を出て、家には向かわず、むわっとした不快な空気が充満する、いつもの場所へ向かう。
遠くからでも夜見の金髪は目立つ。ほのかな街灯の光に照らされてキラキラとしている。
夜見がうろうろしているのがわかる。
「千夏ちゃん!」夜見と目が合うと駆け寄ってくる。ついこの前まで、ギャルに駆け寄られるなんて思ってもいなかった。この感じは嫌じゃない。
「ありがと、夜見。」
こくん、と軽く頭を下げる。
夜見が私の斜め前をいく。
「いやぁ、びっくりしたな。私の家、居心地よかった?」質問には答えない。
「本当は迷惑?」少し意地悪してみる。
「えっ!いやそんなこと全然ない!!」夜見が急に立ち止まるので、顔からぶつかる。夜見は気がついてないみたいだ。夜見の匂いが鼻腔を通って脳を刺激する。夏の日を1日過ごしたのに、いい匂いがする。ギャルは不思議だ。胸がとくんと鳴る。
再び夜見は歩き出す。
「全然、迷惑とかじゃないからね…?」夜見が言い切る前に、手を握る。夜見は黙ってしまった。
夜見の手はいつでも暖かい。夜見に手を引かれるように歩く。指が絡められる。ただ、これは彼女にとって普通のことだ。夜見は友達ともこんなふうに手を繋ぐ。あの美人の五十嵐凛ともこう言うふうに手を繋いでいた。
夜見の指の柔らかな感触にそれを思い出し、
手を離そうと力を緩める。
しかし、夜見の手は私を逃さないように、強く握り込まれる。「痛い。」
「わっ、ごめん。」だが夜見は手を離さない。その手の握力は、私の懸念を覆す。
夜見に手を引かれて、家に着く。
「ご飯が先?お風呂が先?」
今日は夜見の家に泊まるので、夜見の家のルールに従おう。
「んー、お風呂かな。汗がベタベタして気持ち悪いし。リビングで待ってて。クーラーのリモコンはテレビの前にあるよ。」
「わかった。」
「あ、お風呂沸かす?私はシャワーだけでいいけど、入りたいなら沸かす。」
流石にそれは申し訳ないかな。
「ううん、シャワーだけでいい。」
「おっけー。」
夜見は玄関からリビングに入る前に制服のボタンを三つほど外し、パタパタと手で仰ぐ。気崩されたシャツ。肌色の面積がいつもより大きい。思わず見てしまう。
着替えを取り、夜見は浴室へ向かう。
「じゃあ、さっとシャワー浴びてくるね。」
汗で濡れて、気崩されたシャツと、シャワーというワードで良くない妄想が頭に浮かんでくる。鼓動が早まり暑くなる。頭を振って脳内の靄を吹き飛ばす。しかしなかなか離れない。
リビングに入り、単語帳を眺めても落ち着かない。ぺらぺらとページをめくっていると、夜見の声が聞こえる。
「お待たせー。」夜見がドアを開けるとシャンプーの甘い匂いが部屋の空気を伝って鼻に入り込む。
夜見の色白な肌は赤みを帯び、なんというか、エロい…
私はなるべく彼女を見ないようにして浴室へ向かう。シャワーを浴びて、シャンプーをする。夜見と同じシャンプー。少しドキドキする。
浴室から出て、リビングに入ると美味しそうな匂いがする。
「千夏ちゃん、オムライスつくちゃったけど、食べる?嫌だったら他の、カップ麺とかあるけど…」
まだ顔の赤い夜見が体を捻らせ、ソファーの背もたれに手をつきこっちを向いていう。
「いや、オムライス食べる。ありがとう。」
夜見はこんなに気遣いができるんだ。少し尊敬する。でも多分ここまでの気遣いは、私にしかしない。
「夜見は、他の人にもこんなに優しいの?」
「や、あっ、優しいなんて初めて言われたよ…??」目が泳いでる。絶対嘘。だけどそんな嘘をつく理由は私にはわかる。
夜見が私を特別扱いしてくれるのは気持ちがいい。
夜見の隣に座り、彼女が作ったオムライスを食べる。味は普通だ。だけど、夜ご飯をされかと一緒に食べるのはすごく久しぶりな気がする。
二人とも食べ終わり、夜見が食器を片付けてくれた。
「千夏ちゃんが寝る部屋なんだけど、クーラーがあるの私の部屋かここだけなんだよね。」
ソファーで寝るのは体が痛くなる。選択肢は一つしかない。
「夜見の部屋でいい?」
「えっええ、うん、別にいいけど!でも汚いよ?」
「気にしないよ。」
予想通りの反応。心臓がうるさいけど、これは楽しいからだ。夜見のリアクションが予想通りで面白いから。
2階に上がり、夜見の部屋に入る。
綺麗な部屋だった。本棚があって、聞いたことあるような作家の本がびっしりと詰まってる。上段には、知らない漫画がたくさん。
夜見は落ち着かないようで、ベッドに腰掛けて床に座り込む。
「漫画読んでいい?」
「?いいよ。」
適当に一巻を手に取り、ページを捲る。古い絵柄の、少女漫画?夜見はこう言うのを読むんだ。へえ。あまり漫画を読むイメージはなかった。しかも、最近流行ってるやつとかじゃない。
漫画を読みながら、横目で夜見をみる。
そわそわしてる。私は夜見に寄りかかってみる。夜見は一瞬ビクッとしたけど、何も言わない。そして硬直する。心臓がドキドキする。そして、夜見の鼓動も聞こえる…気がする。
私は夜見の感情の名前を知っている。
みんなの人気者の夜見が私に抱く感情が、そのみんなに対するものと180度違うと言うのはとても気持ちがいい。優越感と高揚を覚える。高揚は脈拍を上げる。
「一緒に寝てもいい?」
私は高揚しているから、こんなことを言っても許される。私の意思ではなく、勝手に舞い躍る心臓の仕業であり、仕方がないから。
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