第8.5話 千夏ちゃんが私の家にいる。
千夏ちゃんがうちにいる。
千夏ちゃんが目の前にいる。
千夏ちゃんが私のソファーに座ってる。
やっばい。ドキドキする。凛や桂里奈がここにいてもこんな気持ちになることがなかった。千夏ちゃんがここにいることに慣れていないからかな、いやでもおかしいぞ。緊張するべきなのはお客さんである千夏ちゃんであるはずなのに、私がドキドキしてしまっている。千夏ちゃんはどう思ってるんだろう。私と同じかな。勉強がひと段落したみたいで、千夏ちゃんは腕を伸ばして休憩する。
彼女の目の前には空のグラス。さっきまで並々に注いであったサイダーは千夏ちゃんに飲み干された。
そこそこの大きさのグラスだったのに、目を離した隙に一気飲みしたのか。
「千夏ちゃん、サイダー好き?」
「…まあ、好き。」
ちょっと恥ずかしそうに言う。
「おかわりいる?」
「じゃあ、お願い」
溢れないように少しずつ、サイダーを注いで、千夏ちゃんの前におく。
「ありがと。」
千夏ちゃんを見る。
細い指。真っ白く、きめ細やかな小さな手から伸びる細い指。
それが透明なサイダーで満たされたグラスを掴む。
持ち上げられるグラスを目で追う。赤く柔からそうな唇を見る。
サイダーが口の中に流し込まれ、千夏ちゃんのか細くて折れそうな首を見る。喉が動く。透き通った流動体は口の中で消えたわけではなく、彼女の喉を通り、胃に流し込まれる。
「何?」
グラスを置いた千夏ちゃんが眉間に皺を寄せる。
「いやあ、なんでもないよ?ちょっと眠くて。」
焦りを隠すように、不自然にゆっくりと言う。
千夏ちゃんは何も言わず、再びペンを手に取る。
それから数時間経ち、時計の針はぴたりと重なっている。こんな時間まで勉強したのは久しぶりかも。千夏ちゃんは家に帰らなくて大丈夫なのかな?いくら仲が悪いとはいえお母さんが心配するでしょ。
「千夏ちゃん、そろそろ帰らなくて大丈夫?」
そんなに深刻にならないように、あえて手を止めずに聞く。
「もう12時…そうだね、ごめん。長居しすぎだ。さっきから眠そうだし、帰るね。」
「いや!眠くはない、けど、お母さん、流石に心配するんじゃないかな?」
「いい。心配してない。」千夏ちゃんの声が低くなる。
そのまま千夏ちゃんは無言で教科書をしまい、去っていく。「夜中までありがとう。じゃあね。」
小さくなる千夏ちゃんの背中を見送る。
もっと千夏ちゃんと一緒にいたいな。こう思うのは、母がいない寂しさからだろうか、いや。違うのはもう知ってる。
結局あまり眠れなかった。そわそわして日が出る前に起きる。
『うち来る?』
悶々とした1日を過ごした。多分、高校受験の合否よりも落ち着かなかった。
千夏ちゃんからの返信は
『今日は泊まってもいい?』
吊り革を掴む手に力が入り、思わず声を出しそうになった。千夏ちゃんが、うちに泊まる…!
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