第7話 かわいい子ならありかも

何も考えずに突っ走った。私は千夏ちゃんと仲良くなりたい!はっきり言って、私はすぐに千夏ちゃんと仲良くなった凜に嫉妬した。私にはそっけなくて、話しかけても冷たい千夏ちゃんと、凜はずいぶんと仲が良さそうだった。しかもインスタ交換なんて…そもそも千夏ちゃんがインスタやってたのに驚いた。友達に嫉妬するなんて、ただ仲良くなりたいだけにしては度が過ぎた感情なような気がして、後ろめたい。

でも、とにかく、千夏ちゃんのインスタどころか、ラインをゲットした!千夏ちゃん、絶対交換してくれないと思ってた。ラインやってないとか言ってくるかと思った。

ラインをもらったのはいいけど、何を送ろう。

ベッドにもぐりこみ、腕を飛行機の翼みたいにのばして、足をバタバタさせる。ラインをもらったのはいいけど、何を送ろうかな。よろしくはなんか違う。

この前買ったペンギンを送ろう。ちっさいペンギンのスタンプ。かわいくて和む。とりあえずこいつを送ろう。

返ってくるかな。そわそわしながらスマホをスクロール。画面の上から降ってくるバナーに一瞬で反応する。

手を振るペンギンに返事したのは、初期から入ってるクマのキャラクター。千夏ちゃんがこれを選んで送ってくるのを想像するとかわいくて、つい頬が緩む。

千夏ちゃんのことをもっと知りたいな。やっぱり私は千夏ちゃんに興味がある。千夏ちゃんともっと話したいし、仲良くなりたい。これは自然で、普通の感情だ。興味、以外の言葉は、知らなくてもいい。

今日もいつも通りの一日が過ぎる。あと二週間で高校に入ってから最初の期末テストがある。千夏ちゃんはきっとまた一位になるに違いない。私も、この見た目にしては勉強ができるほうで、2ケタ台の順位から転落したことはない。私だって、勉強するのだ。今日は凛と二人で帰る。桂里奈は勉強会と称したカラオケ会に行く。私たちも誘われたが、遠慮する。凜と二人になるのは久しぶりだ。いつもは桂里奈が好き勝手しゃべってくれるからいいのだけれど、いざ二人きりになると、話のタネが見当たらない。凜は沈黙が気にならないらしく、黙っている。

悩んだ末にひねり出したのが、恋愛の話題だ。凜はモテる。私たちの中で一番モテる。私だって二回くらい告白されたことはあるけど、その結末がどうなったかわからないくらい遠い過去の話だ。

「凜、最近私たちと遊んでくれるけど、もしかして彼氏とわかれたの?」凜がきょとんとする。あんまりよくない話題を出してしまったかな、と後悔する。凜は秘密主義なきらいがあり、あまりこういう話題を口に出さない。

「うん、つい最近別れたよ?二か月も続かなかったな。」

「へ、へえ。」

凜はモテる。ただし、恋愛が長続きしない。性格もよくて美人なのに、なぜいつもこうなのか。ただ、口振りからして凜に原因があって振られているわけではなさそう。

「最近気づいたけど、男の子とは気が合わないのかな。女の子でもいいかも?」凜がいたずらに笑って、冗談を言う。

「確かに、凜は美人だから、女の子のファンもいるかも?」凜はきれいだ。名前の通り、凛とした、といった言葉が似合う、クールビューティーって感じだ。

「うーん、かわいい子ならありだなぁ、ふふっ。」かわいい子…凜が千夏ちゃんに、もしも迫ったら、千夏ちゃんはどうするんだろう。どうするんだろうって、私はバカか。同性同士なんだ。千夏ちゃんが女の子好きな感じでもなければなにも起きないだろ。別に、もしも本当に千夏ちゃんが女の子好きで、凛と付き合ってても私には関係ない。心の深いところに立ち込める黒い霧を、理性の剣で払うように言い聞かせる。でも、気になるな。

「かわいい子って例えば?」

「えー?千夏ちゃんみたいな?」なんでだろう。すごく落ち着かない気持ちになる。凜は冗談で言ってるのに、いや、凜の冗談は冗談に聞こえない。凜は女子と距離感が近い。私や桂里奈のみならず、色んな子によくくっついてる。凜は本当に、千夏ちゃんを恋愛的な目で見てるのかもしれない。彼氏と別れたのも、もしかして。

「千夏ちゃんかぁー、確かにかわいいもんね!めっちゃ男子にモテてそう。なんならもう彼氏とかいるかも…」不快な妄想は私の頭の中をすごい速さで駆け回る。無意識に、こんなことを言ってしまう。

凜が千夏ちゃんを好きでも、千夏ちゃんがそうとは限らない。凜はそんなリスクを取らないだろう。釘をさす。

「確かに、そうかもね。」凜の顔は笑っていなかった。

駄目だ。これ以上、考えちゃだめだ。この話題を続ければ、私の思考は悪い方向にどんどん流れていく。


夜中、古い扇風機が、ががが、と音を立てながら首を振る。

なかなか集中できない。焦燥に背中を蹴られるかのように外に飛び出した。

街灯の下、見慣れたシルエットに胸をなでおろす。

千夏ちゃんだ。千夏ちゃんがいた。ぼーっと座ってるいつもと違って、彼女の周りには教科書みたいなのが散らばってる。

「千夏ちゃん、どうしたの?」

声をかけると、千夏ちゃんが手を止めてこっちを見る。「勉強。」

いつものそっけない返事。情緒が滅茶苦茶な私と対照的に、彼女はなにも変わってなくて安心する。

「どうしたの?気分を変えたいとか。」

「正解。特に理由はないけど、外でやりたい。」

多分、嘘だ。晴れが続いたあとの夜は暑い。蚊も増えてきたし、気分を変えて勉強に集中できるような場所ではない。

でも、彼女に深く踏み入ることはできない。きっと離れていく。だから私はなにも言わず、蒸し暑くて、落ち着かない彼女の隣に座る。千夏ちゃんは文句もなにも言ってこない。

色々、話したいことはあった。でもそれはたぶん、不安からくるものだろう。ネガティブな感情を彼女にぶつけるのは良くない。黙って、彼女が満足するまで隣にいた。

朝が来た。今日から母親はいない。彼氏と旅行に行くらしい。いつまでいないのかとか、どこに行くのかもしらないけど、食べ物は冷蔵庫にたくさんあるし、お金もある程度おいてくれている。

どんな人が彼氏なのかは知らないけど、お父さんみたいな人でなきゃいいな。

学校で、いつもと変わらない日常を過ごす。凜も、桂里奈もいつも通り。今日は世界史も体育もないから、千夏ちゃんの様子はわからないけど、たぶんいつも通り一人で勉強してる。

放課後、電車の中でスマホをいじってると、通知が目に留まる。目に留まったのは確かなんだけど、目を疑った。千夏ちゃんから、ラインが来た。

恐る恐るトークを開くと、『今日の夜、いつもの場所にいて。』

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