第5話 知らなくていい気持ち。
千夏ちゃんに手を振ったけど、無視されちゃった。うーん、ちょっとは仲良くなれたと思うけどな。友達といたから、恥ずかしかったのかな。
凜がからかってくる。「あれ、今誰に手振ったの?」
「いや!友達だと思ったけど、人違いだったみたい!」必死でごまかした。なんとなく、深入りされたくないし、なにより無視されたのがちょっと恥ずかしい…
「ん?あの子かな、世界史で隣の朝比奈さん、?」
絶対わかって言ってる。
凜はときどきこういうことがあって少し怖い。めっちゃ美人なんだけど、なんていうか、ミステリアス?
「いや、違うよ!あんま話したことないし。」
「まあ、そうだよね。」
危なかった。いや、別にいいでしょ。ふつうに隣になってちょっと話すから手振ったっていってもよかったじゃん。
なにしてんだ私。なんだろう。凜が、というかみんなが千夏ちゃんに興味持つのが嫌というか…いやいやいや!それはおかしい。絶対におかしい。
「ねーみんなー、今日カラオケいかない?」
桂里奈が私の思考のループを断ち切ってくれた。
明日は休みだし、ちょうどいいかな。
「おー、いくー」
「りょー」
放課後の予定が決まったところで授業が始まった。
授業が終わると、クラスメイトたちは続々と教室から出て行った。私は先に教室を出て、凛と桂里奈が遅れてやってくる。
家とは反対の方向の電車に乗る。家のほうは田舎すぎてカラオケなんてないし、マックまでですら駅から徒歩30分。
反対方面は地方都市で、何でもあるように思う。駅前は煌びやかで、塾とかがいっぱい…塾。千夏ちゃんと会うかも。
電車に揺られること10分。三駅ほどで一気に景色が変わる。
窮屈そうにビルが林立する。夕日がガラスに反射して眩しい。ひとでごった返す駅からでて、狭い路地のちいさなビルに入る。こういうところに入るの緊張したな。今はもう慣れてるけど。
三人でエレベーターに乗り、六階に上がる。「ねえ桂里奈近い。」桂里奈が凜に寄りかかって、押しのけられる。「凜ひどい。せまいからしょうがないじゃん。」
「そんな狭くないでしょー。」よくわからないやり取りをしていたら、六階に到着。
久々だなー。高校に入ってから、この三人で遊ぶことはあんまりない。でもやっぱりこの二人といると退屈はしないな。
だいぶ歌いつかれた。くたくたになって電車に乗る。もう10時だ。電車が動き出すまでまだ結構時間があるので、席が空いてる。席に座って、ぼーっとする。桂里奈は壁に体を預けて寝てるし、凜は桂里奈の肩に頭を乗っけて寝てる。電車の発車時刻が近づいて、乗客も増える。帰宅ラッシュはとっくに過ぎたので、車内はだいぶ余裕がある。まばらに乗ってくる乗客の中に、見慣れた顔だ。白くて、小さくて、かわいい。千夏ちゃんだ。
まあでも千夏ちゃんは私に気づいてくれないだろうな、なんか避けられてるし…あ、目があった。
えええ!
千夏ちゃんは私の隣に乗ってきた。
学校は隣の席といっても離れてはいるし、こんなに近くに座ったことはない。自分で言ってて気持ち悪いと思うけど、いい匂いがする。
「夜見さん、なにしてたの?」
千夏ちゃんはこっちを向いて話しかけてきた。
「カラオケ行ってたんだー!」
千夏ちゃんが話しかけてくれたことがうれしくて、声が高くなった。誰かに話しかけられてうれしいなんて久しぶりかも。
「へえ。」
千夏ちゃんは興味なさそうに反応する。
「千夏ちゃんは塾?」
「うん」
千夏ちゃんはお疲れのようで、声色から眠気を感じる。ふわふわした声で答えた。いつもは結構隙が無い感じだけど、眠そうだと本当に妖精みたい。
というか本格的にロリっぽい…
横目でちらっと千夏ちゃんを見ると、ウトウトしてる。ほんとに眠そうでかわいい。
凛と桂里奈は爆睡してるから、私は眠るわけにもいかず、スマホを眺めてぼーっとしていたら、左肩に重さを感じる。
千夏ちゃんの頭がのっかってきた。
千夏ちゃんの頭は軽い。だけど私はぴくりとも動けなくなってしまった。やばい、ドキドキする。なぜかわからないけど心臓がばくばく。千夏ちゃんの匂いがたぶんそういうやつなんだろう。
凜も私に密着してるけど、別にドキドキしない。美人だけど、ドキドキしない。そりゃそうだ。
千夏ちゃんがくっついてると、めっちゃドキドキする。私は美人系よりかわいい系が好きなのかななんて頭の中をぐるぐるしてみるけど、これはまずいかもしれない。
無視されたと思ったら自分から隣に座ってきて、しかも寄りかかってきて、本当にこの子は不思議だ…
胸がバクバクしすぎて、心臓の音で千夏ちゃんが起きてしまわないか心配になるほどだった。
眠っている千夏ちゃんの手にこっそり触ってみる。やっぱり冷たい。ただ、柔らかくて気持ちがいい。
私、女の子好きなのかな…
そうじゃない。答えはさっきからずっと、心臓が叫んでる。
気が付くとあと一駅で目的地だ。
千夏ちゃんは目を醒ますと、頭を上げて、私の逆の方向に首を傾げる。寝違えてしまったのかもしれない。まだぼんやりしているようで、小さく、吐息交じりに「うぅ…ん」って聞こえた。かわいい。
凛と桂里奈を夢の世界から連れ戻すと、目的地だ。みんなで一緒におりる。
千夏ちゃんは目覚めてからずっと無言だった。眠っている時と違って、すこしピリついた感じだった。
駅の連絡通路で別れる。桂里奈は西口、私と凜は東口だ。千夏ちゃんはどっちだろう。彼女はトイレにいったらしく、まだいない。友達と一緒にいる私と会うのが気まずかったのかな。
桂里奈と軽く言葉を交わして
「じゃあ、またねー。」
「うん、また明日。」別れる。
凜が「お母さんに連絡するー。」といってスマホをいじりだしたので、私は隣で手すりに寄りかかって待ってた。
改札を抜ける千夏ちゃんと目が合う。千夏ちゃんは一瞬びっくりしたような顔をしたけど、すぐにそっぽを向いてしまった。「千夏ちゃん、また明日!」
私はすかさず、手を振る。今度は名前も呼んだ。これで知らない人のふりはできない。千夏ちゃんは私を見て、軽く会釈した。千夏ちゃんは私たちと同じく東口を出るらしい。やった!初めてリアクションをもらえた。ただ、私は凜がすぐ隣にいることに気が付かなかった。
「あー、あの子、千夏ちゃんっていうんだ。朝比奈千夏ちゃん。」
凜がニコニコしながら私を見る。
「最近仲良くなったんだね?」
「え、うーん、仲良くなったっていうか、まあ、そうだね!」
仲良くなったわけではないかもしれないけど、そういうことにしておこう。そうであってほしいというか。
「へえ、だいぶ夜見と雰囲気違うのにね、気になる。私も仲良くなりたいなー。」
最後の言葉にチクリと刺された。あれ、なんかおかしいぞ。友達と友達は仲良くしてほしい。だけど、凛と千夏ちゃんが仲良くなるのはなんか嫌かも。確かに、凜は誰とでも仲良くできるし、モテる。
千夏ちゃんも凜にならすぐ心を開くのかな。想像するとなんだかつらくなってくる。
「え、え、でも千夏ちゃん、勉強で忙しいみたい…」とっさに口に出たのはこれだった。どうやら私は本当に、凜と千夏ちゃんが仲良くなるのが嫌らしい。
凜はそれ以上何も言わなかった。
駅から5分くらい歩いて、凛と別れる。「じゃあ、また明日。」
「うん。また明日ー!」
蚊柱を避けながら川沿いの道を歩く。
家に帰って、ソファに倒れこむ。「真冬、おっそ。不良じゃん。」
母親が言ってくる。「しってるし。不良だし。」開き直ってみる。
まだもやもやする。千夏ちゃんの重さ、手の感触は心地よかった。
でも、凛と仲良くするのは嫌だ。「むーーーーー!」クッションに向かって叫ぶ。
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