第4話 夜見はひとりじゃない。

夜見はやっぱり人気者だ。学校でも、いまも友達といっしょにいる。手を振ってきた。私は目をそらしてスマホを見る。特にやることもないし、画面に映る情報をただ、眺めているだけ。なんだかむなしい。



夜見は私みたいに、一人でいることなんてほとんどないんだろうな。でも、私は、勉強しなくちゃいけない。遊んでる暇なんてない。お姉ちゃんみたいになったらダメ。



塾の授業が終わり、家に帰る。今日もお母さんがいるみたい。でも今日は逃げなかった。ドアを開けて、家に入る。


今日はあったかいごはんを食べた。

「学校はどう?」

めずらしく母は学校について尋ねてきた。

「友達はできたの?」



意外な質問だった。

「え?ま、まあ。玲奈もいっしょだし…」「そっか。無理しないでね。」疲れた顔の母はそういうと二階に上がっていった。



風呂から上がって、部屋に戻り、塾のテキストを開く。全く集中できない。母の行動もそうだし、なにより今日は学校で夜見とかかわる回数が多かった。私のもやもや、ストレスの原因。



テキストを放り投げて、熱帯夜に飛び込む。また夜見がいるかもしれない。月は雲で隠れていて、ぼんやりとしている。夜の空気は時々、わたしと世界の境界をぼやかす。

悩んだときはここに来ると落ち着く。夜見が来なければ。例の場所にいくと、心臓がどきどきする。不安感だ。



やっぱり夜見は現れた。夜見が来ることに対する不安は、夜見が現れたことで消え去る。はずなのに心臓はおとなしくならない。それどころか鼓動は激しさを増す。

「やっほー、千夏ちゃん。」

私は無言で夜見を見つめる。「また会ったね。今日、授業の時助けてくれてありがと。」

「別に……」

夜見にお礼を言われるなんて思わなかった。というか、覚えてたんだ。そんなこと。

「今日もさ、一緒にいてもいい?」

「はあ…好きにすれば。」

「やった、ありがと。」

夜見は私の隣に座ってくる。心臓は激しく動くまま。これはきっと夜見が金髪だからだ。ギャルがこわいからだ。しょうがない。きっとそうだ。



「千夏ちゃん。」夜見は距離を詰めてくる。耳の近くで名前を呼ばれる。息が浅くなる。

「…なに。」「えっとねー、なんでこんな時間に出歩いてるのか聞いてもいい?」警察の職質みたい。というかもう聞いてるじゃん。

「もう聞いてるし。ただのリフレッシュ。勉強の休憩。」



「へー、千夏ちゃん、勉強がんばってそうだしね。この前も一位だったよね?確か…」

テストの順位なんて気にしてなさそうな授業態度の夜見が、テストの順位を覚えていたことが不思議だ。ただ、”勉強頑張ってそう”ってなんかむかつく。



「…夜見こそなんでこんな時間にいるの。」ひとりの時間を邪魔されたことに対する若干の怒りを含ませて尋ねる。

夜見は一瞬黙る。私を見つめていたその顔は斜め上、叢雲がかかる月を見つめていた。風が走り抜け、月が顔をのぞかせる。月の光に照らされて、彼女の輪郭がはっきりする。

彼女の横顔はきれいで、息をのむ。



「…一人が好きだから。」おかしなことを言う。そんなわけないでしょ。

「じゃあなんで私にからんでくるの。」なんでかわからないけど、緊張する。



「千夏ちゃんに興味があるからかな。」

「……」

「あれ、もしかして引いちゃった?」

「……べつに」

「ごめんね、冗談だよ。」

「勝手にすれば。」

むかつく。やめてほしい。脈が上がって、息が苦しい。ここにいるのにいないみたいな。ふわふわする。



人気者の夜見は、いつも友達に囲まれてるくせして、一人が好きなんて言って、私の隣に来る。人気者だけど一人が好きな夜見は、私に興味がある。

なんか変な気持ちになってきた。

でも、なんかいやではない、かも。

「じゃあ、またねー。」

一応、夜見に手を振り返す。家に帰ってベッドに入ると、すぐに眠った。




今日は夜見と一緒の授業はない。

四限は情報なので、玲奈と一緒にパソコン室へ向かう。授業が終わって、廊下を歩いてると、夜見とその仲間たちとすれ違う。すごく楽しそうに笑ってる。昨日の夜見が言ってたことは嘘じゃん。

ひとりが好きなわけないでしょ。夜見を見てたら、目が合ってしまった。夜見は手を振ってくる。私は目をそらす。「なんか、金髪の子、こっちみてるけど友達?」

玲奈が聞いてくる。友達じゃない。私は夜見のことが嫌い。確かにお互いの名前を知ってるし、最近はよく会うけど特に話してるわけじゃないし、お互いのことを何も知らない。

「ううん、知らない。」


「えー、まじ?手、振ってるけど。」


玲奈は夜見のほうを見る。夜見は私たちのほうを見ていた。

「ほかの人でしょ。」


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