第3話 千夏ちゃんは不思議だなあ。
千夏ちゃんは不思議な子だと思う。でもすごく美人だ。背が小さくて、色白で目が大きくて、髪がサラサラ。
クラスが違うけど、すれ違うたびに気になってた。世界史の授業ではたまたま隣になったから、話しかけてみると、すごくそっけない。またそれも不思議だった。
あんまり人と話すのが好きじゃないのだろーか。いや、私が苦手なのかな。金髪だし。
私は真夜中に散歩するのが好きだ。学校ではみんなに囲われてるけど、一人でいるのが好き。びっくりなことに、真夜中の散歩中に千夏ちゃんに出会った。最初は偶然かと思ったけど、次の日も会えた。
物静かな千夏ちゃんは、私と仲良くしたくない?その割には一緒にいても怒らないし、ただ不器用なだけなのかな。千夏ちゃんはふつうにかわいい。
どうやら彼女はただならぬ事情を抱えているらしい。不良のわたしが夜中に出歩くのは普通だけど、いかにも清楚な優等生って感じの千夏ちゃんが深夜徘徊はいただけないな。
ただ、彼女の事情について深く踏み入ったりはしない。ただ、この子と一緒にいるのは意外と心地がいい。千夏ちゃんはあまりしゃべらなかった。私もしゃべらない。それでも二人の間を満たす空気は穏やかで温かいものだった。いや、すこし蒸し暑かったな。激しいセミの声は、私たちの抜け落ちた言葉の隙間を補完するのには十分だった。
呪文が聞こえる…火星人の言葉みたいなのがずっと頭の中でリピートしてる…?
「おい、夜見!」
「ひゃい!」顔が赤くてまるっぽいタコ型火星人は突然わたしの名前を呼んだ。
「さて、ずいぶん余裕そうだから質問に答えてもらおうか。さっき俺はなんの話をしてた?」
やばい。夢に片足どころか、半身くらい浸かっていたからなにもわからない。どうしよう。
「えー、えーと、ちょっと、一瞬待ってください。」
とっさに隣の千夏ちゃんのほうに体を傾ける。
「ウィーン体制。」
「ありがとうー…!」
「ウィーン体制のことです!!」
「お、ちゃんと聞いていたのか。よし、セーフだな」セーフだった。千夏ちゃんはふつうに優しい。「じゃあ次、夜見」
「はい……」
次って何だよ…さっきも私当てたじゃん…千夏ちゃんは心配そうにこちらを見る。大丈夫だよ。
「えっと、えーと、あ!ナポレオン3世でしたね」
「正解。セーフだ」危なかった……そもそもセーフでいいのか、私は授業中に堂々と寝ていたんだけど。
授業が終わると、千夏ちゃんはそそくさと教室を出ていく。ここは三組の教室で、彼女は一組だから。私はなんとなく、追いかけようとしたら、桂里奈が話しかけてくる。あと、凛もいた。「夜見ーーきいてよー」
有無を言わさず、いつもみたいに桂里奈のマシンガントークが繰り広げられる。
凜もまたいつも通りニコニコしている。この二人は高校に入ってからの知り合いではなく、家が近所で、小学生のころからの付き合いだ。桂里奈の話しているようなドラマは見ないし、アイドルにもあんまり興味ないけど、このメンツでいると落ち着く。たまにめんどくさいときはあるけど。
しばらくすると、さらに人が集まってくる。昔からの知り合いは桂里奈と凛だけなので、みんな高校からの知り合いだけど、自然と輪に入ってきて、桂里奈はいわゆる陽キャなので人が好きだし、凛もはあまりしゃべらないけど意外と気さくで人見知りなんてしないからみんなすぐ仲良くなってる。複数人でわちゃわちゃしてると、千夏ちゃんが教室に戻ってきた。忘れ物かな?
千夏ちゃんはちらっと一瞬こっちを見た。ちょっと睨んでいるような。私はニコッとしたけど、すぐ目をそらされた。まあ、私の周りの子は派手な子が多い。特に桂里奈は千夏ちゃんが苦手なタイプだろうな。
放課後、駅に向かう。ホームの椅子に座ると、反対側に千夏ちゃんが見えた。スマホを見ている。あ、ちらっと目が合った。あっちも気が付いたみたいで、じーっと私のほうをみている。結構ずっと目が合ったので、なんとなく、手を振ってみる。千夏ちゃんは顔を下にやって、スマホをみる。無視された…
「夜見ー、なにしてんの?めっちゃなえてるけど」
え、私そんなにがっかりしてた?桂里奈に表情を指摘されて驚く。「え、いやいや、ぼーっとしてただけ。」自分が思ったより、悲しそうな顔をしてたことにびっくりした。
「ふーーーん」
なんか疑ってる目。
「ねえ、私も真冬ちゃんのそういうところ気になる」
「いや、ほんとになんでもないって」
「えー、教えてよー」
「いやいや、ほんとに…」
「もしかして、好きな男子でもできた?」凜が珍しく私を揶揄う。
凛はときどき、こういうことをいう。本質をついてるっぽいことというか…って、本質って。私が千夏ちゃんのこと好きみたいじゃん…
「ちがうよ!まじで」
「えー、怪しいなあ」
「ほら、電車来たぞ」
ラッキーなことにもう電車がきた。千夏ちゃん、家近所なのに逆方面に行くんだ。塾かな?
流れていく景色をぼーっと見ながらそんなことを考えていた。
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