第2話 夜見の手は暖かい。
今日は金髪……夜見真冬と同じ時間の授業がある日。昨日のこともあって、少し緊張する。
教室に入ると、夜見がこちらをちらりと見る。目が合うと、にっこりと笑いかけてきた。しかし、周りに座る友達に話しかけられているから、彼女はすぐに視線を外した。私も自分の席に座って教科書を机の上に出して準備する。
チャイムが鳴り、先生が入ってくる。授業が始まると、夜見が私の方を見ていることに気づく。黒板を写してるふりをして横目で隣に座る彼女を盗み見る。すると、夜見も私の方を見て微笑んでいた。驚いて目をそらす。意味が分からない。なんで私のほうを見てくる?
そんなことを考えていると、いつの間にか授業が終わってしまった。ちょっと焦る。
昼休みになり、周りの子たちが昼食を食べ始める。私も鞄の中から弁当箱を取り出して、中学からの友達のところへ行く。さすがに一人で弁当を食べるわけにもいかないから、誰かと一緒に食べたい。
「千夏ー、一緒に食べようぜ」
「うん。」彼女は玲奈、高崎玲奈。一年生の時からの友達。他愛もない話をしながら食べる。
正直言って楽しいわけではないけど、さすがに一人ぼっちで浮くのは嫌だ。男子はぽつぽつと一人の人がいるけど、さすがに女子ではいない。かといって、私はこの子がいないときは一人になってしまう。
夜見はそんなことないんだろうな。毎日、友達に囲まれて。午後の授業が始まる。次は体育だ。憂鬱だ。
着替えを終えて体育館に向かう。体育はまた夜見がいる三組と合同。今日の種目はバスケットボールだ。私はあまり運動が得意ではない。というより嫌いだ。バスケは特に苦手だ。ドリブルとかシュートとかできないし、そもそもルールもよくわからない。
試合形式になってみんながそれぞれチームを組んでいる中、私は壁際でじっとしていた。
ボールを持った夜見がコートの中を走り回る。きれいだと思った。華麗で無駄がない動きで、ボールをゴールに運ぶ。チームメイトとハイタッチしている姿が眩しい。
輝いてる人や、目立つ人を見るのは好きじゃない。だから私は夜見が視界にいることが嫌だった。
時間が終わり、教室に戻る。むかつく。
放課後に塾に行く。いつも通り、静かな教室に講師のよく通る声が響く。すごく眠いけど、がんばった。隣の人を見ていると、競争心が燃えてくる。その間は眠気に勝てる。
授業が終わり、家に帰る。珍しく家の電気がついている。空いた窓からテレビ音がかすかに聞こえる。母が起きているようだ。あまり母と話したくない。
ドアノブに手をかけたけど、ドアを開くことはなく、夜の闇に向かって踵を返す。
気が付くといつもの、私のお気に入りの場所へ…夜見とあった場所へ向かっていた。また夜見にあったら嫌だな…不安からか、足の力が抜ける感覚がする。地面から切り離されているかのような不安定感。落ち着かなくて、結局その場所を離れることにした。いつもの街灯の下から去ろうとすると、
「あ、千夏ちゃん。」
距離感がつかめない相手と話すのはストレスだ。特に夜見と話すのは。
心拍数が上がる。自分の唇が震えているのがわかる。知らない人のふりをして切り抜けようか。そう思って速足で彼女とは逆の方向へ向かう。
「あー、待ってよー」
すぐに追いつかれる。彼女はあろうことか走って私を追いかけてきた。勘違いだったらどうするんだろう。そういう何も考えないところとか、嫌い。
「なに。夜見さん…」
「真冬でいいよ。」
「いい。夜見さん。」なれなれしくて、胸がざわざわする。むかつく。私は一人でいたかったのに。
「あはは、しょうがないなー。制服で深夜徘徊?まあなんも聞かないけどさ。」
夜見は、いつもは降ろしている前髪を上げていて、だぼだぼのスウェットからは細長くて白い足がすらりと伸びている。こんないかにも不良少女な見た目の人に注意されたくない。
「いいじゃん。家帰りたくないだけ。」口が滑った。
「へえ、そっか。」
夜見は特になにか聞くわけでもなく、私の隣を歩くだけ。意外だった。もっとずけずけと詮索してくるかと思った。
「何?」
「一緒に歩いてもいい?」夜見は腰を曲げて、私の顔を覗き込み、目を合わせて微笑む。満月の光に照らされて、いつもより青白くて、本当に血の通っていない人形みたい。顔はすごくきれいだと思う。
「…す、好きにすれば…」また、宙に浮いているような感覚がして、口ごもる。好きにすればいい。夜見は特になにも聞いてこないし、話しても来ない。
いつのまにか夏の入り口。街灯の数が減っていくのにつれて、蝉の声はうるさくなる。
結局私たちは特に会話をすることもなく、数十分歩いていた。それでも不思議と嫌な気持ちはなかった。きっと蝉の声のおかげだ。絶対にそう。
「うわ、もうこんな時間。私そろそろ帰るね。勝手に付きまとってごめんねー。」謝るくらいなら最初からやらなきゃいいのに。
「別にいい。じゃあね。」
正直、家に帰りたくない。お母さん、もう寝てるかな。あんまり話したくない。顔も合わせたくない。夜は私の逃げる場所。でも所詮は逃げ場でしかない。
そんなことを考えてたからか、暗い顔だったようで、夜見がおせっかいを焼く。
「あ、そうだ。家まで送ってくよ。」
「一人で帰れる。」夜見に背を向けて歩き出す。私は振り返らないけど、夜見が後ろをついてきてるのがわかる。「時間やばいんでしょ?さっさと帰れば?」ちょっとキツイ言い方をしてしまったことをすぐに後悔する。夜見なりの優しさに対して返す言葉ではなかった。後ろめたくなって歩く速度を上げる。
後ろから聞こえる足音の間隔が狭まる。夜見も早歩きで近づいてきてる。
結構強めに、ぎゅっと手を握られた。心臓がきゅっと締め付けられた気がした。暗闇の中で突然手を握られたら誰でもそうなる。
きっとそう。
「お願い!正直私も心細いっていうか…暗いの怖いから一緒に行っていい?」
本当に予想もしてなったセリフが飛んできた。正直ちょっとかわいいと思ってしまった。私より全然背が高いのに、どこか幼い雰囲気の表情で、腰をかがめて、上目づかいで言ってきた。平気でこんなことができる夜見は本当に苦手だ…
そんなことをされたらもう手を振りほどくことはできない。夜見の手は背のわりにそんなに大きくなくて、ぷにぷにしてて、暖かい。
手は握ったまま、歩いていく。
「私と手を繋ぐの嫌だったりする?」
「べつに……」
「よかった。」夜見が笑う。
「千夏ちゃんの手冷たいね。」
「うん……」心臓の鼓動が早くて、血液が体中をめぐるのを感じる。そのせいか、うまく舌が回らない。
夜見の手は暖かくて、心地がいい。まだ放したくないと思うのは風のせい。この季節でも、深夜の風は少し冷たい。だから、手は離さなくてもいい。
気が付くと家についていた。手を繋いで歩いている間の記憶は夜風に吹き消された。
「それじゃあ、また明日。」夜見が私の手を放す。
「あっ。」思わず声を出した。
「え?」夜見が不思議そうな顔をする。
「なんでもない。じゃあね。」
家は真っ暗で、人の気配がしなくなっていた。
夜見の手の感触がまだ残ってる。
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