ガリ勉ひねくれJK、深夜徘徊してたらギャルになつかれる。

草壁

真夜中の出会い

第1話 家に帰りたくない。





 家に帰りたくなくて彷徨った真夜中に、彼女と出会った。

 それが全ての始まりだった。

「千夏ちゃんに興味があるんだ」


 私はギャルになつかれた。






 ————


 クラスの端っこで1人の私は、当然ながらクラスが嫌いだ。そこそこの進学校ではあるが、自由な校風のために金髪やら銀髪やらの男女がたくさんいるうえ、真面目に制服を着こなすものはほぼ皆無である。教室中どこをみても派手でキラキラしていて楽しそう。



 一方で私は端っこで存在感を消している。こういう人間は大抵どんな組織にも一定数いて、同じような連中で固まるものだが、この学校は違ったらしい。友達と呼べる存在もいるけど、あまり話すことはない。


 基本的に1人で勉強している。おかげで成績は学年トップだ。それくらいでしか自尊心を保てない。


 学校が終わって、すぐに教室を出る。



 ひとりで早歩きをして駅に着いた。改札を抜けてホームに出ると、ちょうど電車が来たところだった。



 帰宅ラッシュの電車は、自分の家の真逆の方向に向かう。家に帰る前に塾で授業を受ける。それが日課になってる。



 電車に乗って席につくと、イヤホンを耳に挿す。スマホを操作する。いつも聴いてるのは流行りの音楽じゃない。お気に入りの曲でもない。ただ落ち着くから聴くだけ。適当に選んだ曲が流れてくる。他人の息づかいとか、電車の音をかき消すために流してる。



 三駅ほど進むと目的地に着く。眠いけどどうにかがんばって90分の授業を受けて、自習して脳みそに刷り込んでから帰る。もう10時くらいなので人は少ない。席が空いていたので、座って軽く目をつむっている。心地よい振動が途切れ、聞きなじみのある地名が聞こえて目が覚める。



 駅前に留めておいた自転車をこいで家に帰る。家は真っ暗で誰もいない。買ってきたカップラーメンにお湯を注いで食べる。

 食べられればいいのだからどうでもいいけど、美味しくない。




 今日も授業を受ける。なにやら事情があって、今日から選択授業の教室が変わるらしい。


 選択授業は一組と合同だったけれど、今日からは、三組といっしょらしい。なんとなく苦手だ。特にあの金髪の…小顔ですらりと足が長く、まつげが長いギャルが苦手だ。きれいに染められた金髪はウェーブがかっている。

 派手な見た目をしている割には成績が良くて、体育の授業なんかじゃよく活躍している。運動神経が良い人はちょっと羨ましい。

 座席表を見ると、その金髪は私の隣らしい。最悪だ。


 金髪の名前は、夜見真冬よみ まふゆというらしい。もっとギャルっぽい名前かと思ってた。偏見だけど。なんとなく、私と対照的な名前の気がする。見た目はこの人のほうが、”千夏”っぽいのにな。


 やばい目が合った。じろじろ見てたから気付かれたかな。

 金髪がこっちを見つめてくる。にこっとほほえんでる。ほんとに、肌が白くて金髪によく似合う。フランス人形みたい。

「えと、よろしくねー。」

 金髪は思ったよりも柔らかい、というかふわふわした声で話しかけてきた。


「あ、ああ、っ、よろしく!」話しかけられることは予想してなかったので、焦って変な声が出る。はずかしい。


「あはは、落ち着きなよ。私、夜見真冬。君は?」

「うっ、うん、私は、朝比奈あさひな…」

「下の名前は?」

「え、え、千夏ちなつ…」


 金髪はどうやらやっぱりギャルだった。ふつうはこんな急に下の名前でよばない…と思う。馴れ馴れしくてうざい。


「へぇ~、ちなつちゃんっていうんだ!かわいいじゃん」


「あっ、ありがとうございます」


「敬語いらないよ。タメだし、仲良くしよう」


 なんでこの人はこんな私なんかと仲良くしようとしてくるんだろう。他に友達がいっぱいいるだろうに。そもそも、はっきり仲良くしたいなんて言われたのは久しぶりだ。授業が始まって、それ以上の会話はなく終わる。



 私はいつも通り塾に行ってから帰宅し、一人でご飯を食べて、お風呂に入る。珍しく、今日のことが頭の中にふわっと現れる。いや、記憶の中に無理やり割り込んでくる、のほうが正しい。


 あのなれなれしいギャル…夜見真冬が浮かんでくる。思い出すといらいらしてくる。夜と朝は出会えない。彼女と私はまじりあうことはない。


 翌朝、いつも通り授業を受ける。

 今日は金髪と一緒の授業はないから、平穏な心持で一日を過ごせる。

 廊下にでると、ひときわ目立つ生徒…夜見真冬がいた。なんとなく見てしまう。


 夜見と目が合う。目を伏せるけど、彼女が手を振ってきたのはみえた。気が付かないふりをして、そのまますれ違う。なんでわざわざ私に…


 私はその日、ずっといらいらしていた。帰りの電車の中、スマホの音量を上げる。脳内に直接入り込む音楽は心のノイズをかき消す。わけでもない…



 家に着いたけど、玄関の扉は開けない。



 ドアノブに手をかけて、そして離す。回れ右。家を飛び出した。初夏、新月。空は星で彩られていた。薄暗く蒸し暑い家で一人でいるよりも、まだ涼やかな夜風に当たって、カエルの合唱を聞きながら星空を眺めていたかった。




 住宅街からそれて、あぜ道を歩く。田んぼには水が張られていて、鏡のように空を映している。穏やかな風できれいに揺らぐ鏡面とは対照的に、私の心では不安という嵐が吹き荒れている。




 唐突に襲い掛かる爆発的な感情に気分が悪くなった。古臭い木の街灯に寄りかかって座り込む。涙が出る。先が見えない不安からか、単に親の期待への反発か、それとも。

 足音が聞こえる。しかし、そんなことを気にする余裕はなかった。



「ねえ、君、大丈夫ー?」



 聞き覚えのある声。驚くべきことに、私に声

 をかけたのは夜見だった。


「え、すみません…」

 反射的に謝る。

「いやいやー、女の子が夜中に泣いてたら心配になるよ。どうしたの?…千夏ちゃん?」


 夜見がびっくりした顔でのぞき込む。街灯の明かりで顔が良くみえる。整った顔をしている。

「なんで私の名前……」

 なんで私なんかの名前を憶えているの?たまたま隣で、ちょっと話した…というより言葉を交わしただけの、私の名前を。色んな人とかかわってそうなこの人が。


「え、忘れちゃったの?話したじゃん、えっと、世界史?の授業の時…私のこと忘れた??」

 私は確かに覚えていた。そうじゃない。私のことを覚えていることに驚いた。



 授業中の一言二言で忘れられるような関係だと思ってたのに。

「うそ、おぼえてたの」

 つい口に出してしまった。




「え、逆になんで忘れられると思ったの!?」

「だって、私なんかと喋っても面白くないし」

「ええー、面白いよ!それに、隣の席だし、気になるじゃん!」

「それだけ?」

「えっ、うん」

「ふーん」

「あー、もしかして、もっと他の理由がほしいとか」

「べつに」

「むー」


 夜見が頬を膨らませて抗議してくる。こんな表情をするんだ。


「ほら、もう暗いし、送っていくよ」

「いいよ、べつに」

「だめー、ほら、立って!」

 手を差し出される。どうしようか迷っていると、「早く!」とせかされる。

 仕方なく、彼女の手に自分の手を重ねる。

 ぎゅっと握られると、引っ張られて立ち上がる。


「さ、いこっか」

「……うん」

 手をつないだまま歩き出す。なれなれしくてうざいけど、まあいっか。

「ねぇ、千夏ちゃんはどこに住んでるの?」


 私は中学から私立だから、夜見が近所に住んでいたことを知らなくてもおかしくはない。「えっと、光陽町って知ってる? 」

「ああ、あの辺かぁ。意外と近いね」

「そうだね」

「ところで、どうしてあんなところにいたの?」

 聞かれたくないことを聞いてくる。


「別に、散歩してただけ」

「ふぅ~ん、まぁ、そういうときもあるよね」

「そう、かも」

「ふふ、千夏ちゃんってかわいいね。お人形さんみたい」


「は?何言ってるの?」夜見が急に変なことを言い出した。


「あっ、ごめん、いきなり失礼だよね。でも、本当にお人形みたいに可愛いから。綺麗だし。うらやましいなって思うよ」

「……はぁ、あんまりうれしくないんだけど。っていうか、夜見さんこそなんでこんな時間に歩き合わってるの」


「……真冬でいいよ。あはは、それは秘密かな。でも、女の子の一人歩きは危ないから、私がいてよかったでしょ」

「はあ、そうかもね」

「あー、もっと感謝してほしいんですけどぉ」

「はいはい、ありがとー、夜見さん。これで満足?」


「えへへ、どういたしまして」

 そんなくだらない会話をしているうちに私の家についた。

「じゃあまた明日学校でね」と言って帰ろうとする。


「待って」


 私は思わず引き留めてしまう。


「どうしたの?」

「いや、その、なんでもない」

「そう? ならいいけど。じゃ、バイバーイ」

「ばいばい」

 夜見の後ろ姿を見送る。


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